08.強制!王族の命令権③
――――場が、ピシリと凍ったのが分かる。
シズルが、眉を顰める。
「理由を」
「スカウトです」
覚えたばかりの言葉を使うカイに、オレは冷や汗が止まらなかった。
そもそも交渉の時、相手の機嫌が悪いタイミングを選ぶのは悪手だし、交渉と言いながら妥協点を探るでもなく、ストレートな物言いしかできていない。
カイは、相手に何かを主張するのが苦手というか、下手なタイプなのは間違いない。想像が確信に変わってしまう。
何故そんな無茶をするのかと問い質したいが、王子二人の話に割って入ることはできない。
「ハヤテは未だ、正式にシズル兄様の側近となった訳ではないはずです」
「先日話した通り、今は仕事を学びながら、返事を待っているだけだ。この件は、承諾すれば王立学園卒業後のことも自ずと決まるような選択となる。私はそれを無理強いしたくない」
シズルの言い分は、至極真っ当だ。
「俺は、王族の命令権により、ハヤテを側近に迎えます」
「なっ……言っている意味が分かっているのか?」
「分かっています。初めて使うので、調べてから来ました」
部屋で共に話を聞いていたキリシュとフィデリオは、蒼い顔をしている。
シズルもそのまま固まって、何かを考えているようだった。
そんな中、カイだけがオレの方へ視線を向けた。
「――――王族として、ハヤテに命じる。カイ=ヒーリスの側近となり、王立学園卒業まで仕えるように」
真剣な表情なのは伝わってくる。
以前フィデリオが言っていたように、王族には命令権がある。これは強いもので、人の職業や結婚、養子縁組なんかについても口を出せる権利だ。
ただし命じられた方は、不服があれば裁判で異議申し立てが出来る。裁判は公開されるため、あまりの無茶や、非人道的な命令を出したとなれば、王族の権威に傷が付く。
実際、片想いの人妻を後宮に迎えようとした王子の裁判記録なんかも残っていると習ったばかりだ。
「カイ。これは兄として言うが、取り下げろ。今ならこの部屋の人間だけだし、聞かなかったことに出来る。平民の同級生を側近にするために、命令権を使うなど前代未聞だ。何より、ハヤテが私の側近見習いとして屋敷に入ったことは王宮にも伝わっている。お前の立場を考えてくれ」
シズルの声からは、弟を心配しているのが分かる。しかし、カイは引かなかった。
「前代未聞なのも、立場も、俺にとっては今更のことです」
「どうしたんだ。この間話した時は、納得していただろう?」
「あれは納得ではなく、打つ手がなかっただけです。平民を側近に迎えられることも、ハヤテであれば王宮側にも話が通せることも、俺には知る術がなかった」
この前と言うのは、オレがシズルの屋敷に来ることになった直前などの話だろうか。
シズルは、ヘレネの集いより前から、学内で側近候補を探していた節がある。
優秀な側近二人も暗躍していたのなら、カイが利用されたような状況になるのも、仕方ないことに思える。
当事者のはずだが、オレは妙に冷静になり始めていた。
――――オレって、そんなに側近に向いてるか?と。
確かに、前世での経験値や、そもそもこの世界の主要人物について情報を持っているという点では、平民の割に条件が揃っているのは間違いないと思う。
しかし側近は、必要性の高い職務でもあるため、複合的判断で決まると言う。貴族や王族の親戚筋に利害関係があっても、程度問題でクリアになるらしいと聞く。
つまり、本当にオレ以外に適任者がいないのかと言うと、そんな訳がないという話になる。
サラサ程じゃなくても頭の良い生徒はいるし、シズルには信望者も多い。
側近見習いをしてみて改めて、貴族社会を知らないオレを教育する手間が大き過ぎるのでは、という疑問が日々浮かんでいた。
それでもやってみるかと思えていたのは、オレが使えない側近であっても、シズルにはキリシュとフィデリオが居るから安泰だと思えたからで。
「兄様も、側近が減って困っているのは分かります。ただ近々、王宮側で側近候補の用意があるらしいです。俺はハヤテを側近に迎えるので、兄様にはそちらの候補をお譲りします」
「――――なるほど。命令権を行使するにも、新たな側近候補を迎えた直後や、ハヤテが正式に私の側近となった後では分が悪くなると思って、このタイミングか」
呆れたように、シズルが笑う。
カイは、緊張を解かずにいる。
「もし命令権を行使するなら、以前伝えたように、ハヤテが拒否をするのは難しい。裁判で申し立てたとしても、だ。ただ命令権とは本来、雇いたい人間を獲得しようと、早い者勝ちのために使うようなものじゃない。元を辿れば、国家の危機があった時に強制力を持ってスピーディに人民を動かすためのものだ」
「それは、分かっています……でも、」
「――――ハヤテは、どうしたい?」
急に水を向けられて、一瞬喉が詰まった。
向き不向きはアヤシイものの、時間を掛けて覚えていいと言うのなら、王子の側近は死ぬほど嫌な仕事ではない。
シズルは第二王子で、この人について行けば将来安泰なのではと思わせる。
頼りになる先輩達もいる。
でも、オレに選択肢があるのなら――――。
「これは不敬だと思いますが、お赦しを。オレはシズル様より、カイ様の方が心配です」
「ハヤテ……」
「オレみたいな側近でも、必要なんじゃないかと思うのは、カイ様です。だって、普段あんなに大人しいくせに、こんな夜中に上位王子の屋敷に乗り込んで来てしまうんですよ?心配になるでしょう」
スルスルと、言葉が出てきた。
シズルは、分かっていたような、呆れた顔を見せる。
「確かに、予想外の無茶だな。もしカイに付くというなら、キリシュからの講義はこれまでになる。側近として、やっていけると思うか?」
「どうですかね。でも、なんとかすると思います」
前任者がトんだ部署に異動したり、新しいプロジェクトを急に任されたりしたことは何度もある。全てで成果を出せたわけじゃなかったが、それでもやっていく内に、目の前が開けていくことがあるのを知っている。
「こう言う時に尻込みしないのは、ハヤテの側近の才だと思ったんだがな。本当に残念だ」
カイの表情を見ると、どうやら話の転がり方が意外だったらしく、困惑したような顔をしている。
確信があって乗り込んできた訳じゃないのだと伝わり、改めて心配になってくる。
「――――ハヤテについて、私の側近見習いを本日を以て終了とする。当然、私が今後命令権を行使することもない」
「ありがとうございます、兄様」
カイが素直にホッとした顔を見せると、シズルは厳しい視線を向ける。
「カイ。王族と側近は、信頼関係で結ばれている必要がある。命令権など使えば、お前も、ハヤテも、今後決断することの一切に信憑性を失うことになる。――――必死だったのは分かるが、無茶をするな。命令ではなく、きちんと話せ」




