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08.強制!王族の命令権①

 今日は食堂のテラス席で、カイとの昼食を過ごしている。

「シズルの屋敷での生活はどうだ?」

「お陰様で、なんとか慣れてきています」

授業の合間にクラスで話すには、シズルの話も混じってしまうため、こういう会話は久しぶりだった。

 何日か繰り返してきたことで、シズルの側近見習いとしての生活にも慣れてきた。

 キリシュはぶっきらぼうな口調だが、流石にシズルの側近だけあり、教師と話しているような気分になるほどしっかりとした講義で教えてくれる。

「新人研修とOJTが交互に来るような、新卒時代を思い出してます」

「それは、前世の?」

「はい。いきなり仕事を任せられないので、座学やったり、先輩に付いて色々実地で教えてもらったりするんです」

「そうか。ハヤテは以前仕事をした事があるから、余計に重宝されるんだろうな」

「まあでも、職種は全然違うし、怒られることも多いですけどね」

 シズルの屋敷では、オレが平民であることで何かあるかと身構えていたが、シズルや側近二人だけでなく、使用人達も、オレの身分に纏わる話は一切しない。

 その分普通に、ダメな所はダメだと言われる。

生まれや育ちを絡めることなく、オレが至らないという事実を突きつけられるので、それはそれで逃げ場がない。

この体の正しい年齢である十五歳だったら、耐えられなかったかもしれないなと思う。

 お辞儀ひとつ取っても、相手によって角度が違ったり、使ってはいけない言い回しがあったりと、ビジネスマナーを超えた難しさがあった。

 しかも貴族社会の常識が、オレにはとても難しい。

何故それをしたらいけないのか、という理由ごと飲み込まないと、丸暗記ではそろそろ対処しきれない。

 そんなことカイに愚痴っても仕方ないので、一旦曖昧に笑うしかない。

「カイ様の方は、変わりませんか?」

「あぁ、まあな」

「……何かありました?」

「いや、」

 カイはカイで、視線を逸らし、口篭って、何もないようには見えない様子なのが気になる。

 今日、昼食を一緒に食べようと誘ってきたのもカイだった。

最近は、本年度指名される生徒会役員のことが告知されたことを受け、ネリィやサラサと過ごしているのを見掛けることが多かったのに。

 オレは、これ以上踏み込むべきか、一瞬迷っていた。

話さない、話せないかもしれないことを聞き出しても、オレに何ができるのか。

でも一方で、カイの表情を見てしまうと、聞かないわけにはいかない、と思ってしまう。

 よって、黙ることにした。

さっさと昼食を食べ進め、カイの様子をじっと見る。

カイも、オレが聞く気があるのだけは分かってくれたようで、やがて観念したように口を開いた。

「――――もうすぐ屋敷に、側近候補が来る、という話がある。これは、シズルには内密にして欲しい」

「側近候補……王宮の頃の?」

「いや、新たな側近候補だ。王宮の方で進んでいた話がまとまったようでな」

 カイには今、側近がいない。

側近候補が一気に去ってしまった以上、王宮側が側近候補を探していても不思議ではない。

 警護職のように、他の王子付きだった人員を簡単に動かすわけにも行かないと言うのは、側近について学び始めた今のオレには理解できることだった。

 側近は、王子と近く接している以上、王位継承順位を巡って対立関係になる可能性がある相手に融通できるような人員ではない。

また王族や貴族との柵についても、細かな条件で精査がされる。

やっと見つかった候補者だろうに。

「嬉しくないんですか」

「そうだな……ずっと必要だと思ってた側近が、やっと来るのにな」

 カイの顔は、シズルの屋敷で見た表情と似ていた。

何かを抑えているような、堪えているような、冴えない表情。

「側近候補ってことは、学園にも転入されるんですかね。そしたら、オレがこんな風にカイ様と食事してるのも、怒られたりするのかな」

「……学内平等は、王子や側近についても同様だ。咎められる謂れはない」

「そう、ですね」

 この時何故か頭には、初日のキリシュの講義が浮かんできた。

 ――――王の右腕として、意思を汲み、状況を読み、時には進言や讒言を行う必要もある。

 オレには何故か、カイの考えている事が分かる気がした。

本当は、塀の工事について話したあの日にも、思っていたことだった。

でも、これをオレから口にするのは違う。

これは、勝手に察した気になって口にして良いことではない。

 オレが黙っていると、深呼吸したカイが、言葉を紡いだ。

「ハヤテ。困らせるかもしれないが、聞いてもいいか?」

「はい」

「王位継承順第五位の王子について、どう思う?」

 なんてな、と冗談だと貼り付けた顔で、ヘタクソに笑って見せる。

真面目なカイが、冗談めかさないと言えないのかと思うと、胸が痛んだ。

「王位継承順位については、オレにはよく分からないです。最近習った側近の話でも、王位継承順位に対してこうするべき、という話はないですし」

 でも、と、目の前を見据える。

「――――少なくともオレは、この国の第四王子のことは、慕ってます」

 屋敷を移動してから暫く近くで見ていて、シズルのことは立派な王子だと感じられた。対立する可能性があるカイのことも、兄として出来ることで支えているのが伝わって来る。屋敷内の使用人への態度も、厳しいがきちんと情がある。主人として十分に信用できる。

そして何より、シズルルートのグッドエンドは、オレが望む平和な世界に近い。側近となることで、サラサとの状況も掴み易くなる。

 元々今のオレには、選択肢などない。それは、分かっているのに。それでもカイに言わずには居られなかった。

 カイには今、側近がいない。

あの屋敷と使用人達を守るには、王宮仕込みの側近候補の存在がきっと力になるんだろう。

キリシュやフィデリオのように、しっかりした側近候補なんだろう。

でも、どんなに優秀な側近候補だとしても、本当にカイを支えられるのだろうか。

 自己表現が不器用で、真面目で、優しくて、使用人相手にも、平民の同級生にも、言葉を選んで黙ってしまうような奴なのに。

 王位継承順位は最下位で、キャラクター人気も最下位で、そんなカイのことを、穿った目で見ず、本音を聞き漏らさず、支えられるんだろうか。

また勝手に、去ってしまったりしないだろうか。

 まだ見ぬ側近候補に対して抱いてる感情は、嫉妬に近いものだと思う。

側近見習いのくせに何を言っているのかと思う自分がいるが、譲れないこの感情は、なんなのか。

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