07.突然!側近見習い⑥
元々私物は学校関係のものしかなく、翌日にでもまとめたら、シズルの屋敷へ移動することが決まっていた。
午前中の内にまとめて、午後には移動だ。話が早い。
所詮居候の身のままでひと月以上となり、いい加減此処を出て寮に戻らなければと思っていた。
まさか、王子の屋敷から別の王子の屋敷へ移動することになるとは思わなかったが。
ララブでは、シズルの側近が何人いたかは覚えていない。
しかしシズルルートでは度々側近の話題になっていたから、オレにも果たすべき役割みたいなものが出てくるのかもしれない。
「ハヤテさん、シズル様の側近に抜擢されるなんて、凄いですね!」
荷造りを手伝ってくれるカリナが、無邪気に言う。
「いや、なんか実感がなくて」
「分かります。わたしも、カイ様付きになるって知った時はそうでした。元々、王宮では掃除婦として働いていたので」
「元から、カイ様のメイドだったんじゃないんですか?」
「マーベルさんやロッテさんは元からカイ様の担当でしたけど、私は違うんです。王族の方も、城下町で暮らす貴族のお家も多いですから、ご主人様はよく変わるんです」
そう言うものなのか、とぼんやり思う。
確かに以前、王室に言われて屋敷に来たり、逆に王宮に残ることもあり、人員の采配がされているという話を誰かがしていた気がする。
「シズル様は第二王子だから、厳しい方だって聞いてますけど、ハヤテさんなら大丈夫ですよ。マーベル様だってそう言ってましたもん」
気付けばすっかり長く、客人として滞在してしまったため、荷造りの合間に世話になった使用人達に声を掛ける。
シズルの屋敷に移ること、側近にと声を掛けられたことを告げると、若干の驚きの後、良かったですねと祝われる。
王子の側近というのは、そんなに羨まれるポジションなのか。
「たまにはこちらにも、遊びに来てくださいね。カイ様が寂しがりますから」
「まあ、学園では変わらず会うんですけどね」
「あら、そうでしたね」
屋敷は敷地内で、徒歩の距離にある。学園でも同じクラスだし、カイには今までと同じように会える。
第二王子という強力な攻略キャラと近付くことで、ララブのシナリオに照らした状況確認も進めやすくなりそうだ。
何より、これは出世のチャンスかもしれない。
サラサを生徒会役員に指名したのが誰かは分からないが、一度平民であるオレに声を掛けた以上、シズルからの指名だった可能性は高い。
それならば、サラサはシズルルートを進んでいる可能性がある。
この世界がどうなるか、彼女の選択次第で変わる部分が大きい。
シズルのグッドエンドでは、二人は結婚して、シズルが王位継承する未来が描かれていた気がする。
つまり上手くいけば、オレは未来の国王の側近になれるかもしれない。
ノートに書き出してみると、なかなか激アツな展開だった。
しかし頭では分かっていても、心の方ではどうにも、しっくり来ない居心地の悪さがある。
思いがけずというか、タナボタというか。
前世でも、この感覚は覚えがあった。
流れまくっていた見込み客と、導入を急いでいる客とが重なり、怒涛の受注ラッシュの後、気付けば社内MVPになっていたあの感覚に近い。
実力ではない何かの力で、過大評価されるあの居心地の悪さ。
「あの時たしか、翌月の成績で地獄を見たんだよなあ」
前月に突っ込めば、当然翌月刈り取れる見込み客は減る。いつも成績を上げている同期が、何故MVP級の成績を取れないのか、この時身に沁みて分かったのだ。取れないわけじゃなく、取らないのだと。
年間で見れば、一発屋よりも連続達成の方が評価される。
受注タイミングのコントロールが出来る所まで含めて、売れる営業マンなんだなあと、しみじみ感じたあの経験。
しかしオレには今、選択肢はない。
あるのは、まとまった荷物と、シズルの屋敷への一本道だけだ。
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シズルの屋敷に移動したオレには、側近見習いとして、キリシュの隣の部屋が与えられた。
流石に使用人の居室だけあり、カイの屋敷の客室ほど豪華な部屋じゃないが、寮に比べるべくもなく、広くて立派な部屋だった。
客室ではないため、私物を置けるような家具も備え付けられている。
キリシュ達が着ているのと似たテイストの服も置いてあり、着れば、王子の横に立つのに恥ずかしくない感じの格好になる。
シズルは生徒会長としての仕事や、王子としての公務もあるらしく、側近の一人を連れて馬車で移動することが多い。
オレが見習いをしている間、主にシズルに付くのはフィデリオで、キリシュはオレと行動を共にしてくれることになった。




