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07.突然!側近見習い④

 +++++

 

 やがて外塀の建設が始まる頃、オレ宛に、シズルから呼び出しが来た。

今度は第二生徒会室ではなく、屋敷の方への招待だった。

「カイ様だけじゃなく、オレもですか?」

「ああ。嫌か?」

「いえ!まさか」

 生徒会役員の件で声が掛かったことがある話は、口止めされたこともあり、カイには伝えていない。

ゲームでは人気キャラだが、オレは正直、シズルに少し苦手意識を持っていた。

分かりやすいカイと違い、肚の内の見えないところがある。

「何のお話しか、聞いてますか?」

「いや……」

 スッと目を逸らしたところを見ると、用件を聞いてはいるが、伝えてはいけない、という感じだ。

カイは、分かりにくい部分もあるが、慣れてくると態度が読みやすい。最近は考えていることを言葉でも表現してくれる分、無言や言葉少なになる時の意味が分かりやすくなったとも感じる。


 シズルの屋敷は、同じ王族の敷地内で、反対側に位置している。

間には大きな庭園があり、背の高い樹木もあるため、意識しなければ目にも入らない距離にあった。

この屋敷に来てから初めて、屋敷の全貌を目の当たりにする。

「でか……」

 前世だったら、此処が今夜泊まるホテルです、と言われても驚かないサイズ感。

入り口に辿り着くまでにも、庭で働く使用人や警備の人員が大勢いるのが目に入った。

同じ王子なのに、カイの屋敷との規模の差は明らかだった。

これは、噂になる訳だ。

「ようこそお越しくださいました」

 ズラリと並んだメイドの数も、倍は居る。

部屋までの案内に付いたのは、メイドではなく若い男の使用人だった。その顔には見覚えがあり、あの第二生徒会室でシズルの横に居た側近の一人だと気付く。

「こちらでシズル様がお待ちです」

 言ってからノックをすると、すぐに返事がある。

「急に呼び出して悪かった」

いつかと同じセリフを告げるシズルは、仕立ての良いジャケット姿で、学園での印象とはまた違った姿だった。そう言えばゲームでも、衣装のパターンが多かったのを思い出す。

「どうぞ」

 側近の一人に席を勧められ、六人掛けの応接テーブルで、シズルの対面に座ることになった。てっきりカイは横に座るかと思ったが、脇の一人掛けのソファに座っている。

「同じ敷地とは言え、少し歩くだろう」

 にこやかな雑談から入るこの感じに、前世での営業を思い出す。普段テレアポがメインだったが、一年目で会社の人数も少なく、営業が業務分担し切れてなかった頃、たまに訪問することがあったのだ。

訪問前の事前準備が肝心と言うのは口を酸っぱくして言われたものだが、今日は完全にノープラン。

カイが気まずそうにしていて、何かを隠しているのは明白だったが、敢えて聞かずに此処まで来てしまった。

 お茶も整ったところで、さて、とシズルが切り出す。

「今日来てもらった用件だが、一つは外壁工事と警備についての話だ」

横から、側近がテーブルに図面を広げた。

「事情はカイから聞いているんだが、ハヤテからの話も聞かせて欲しい」

 話と言われても、と思うが、カイに目で促される。

側近からペンを借り、今回の発端となったカイの屋敷側、垣根の箇所を指し示す。

今回建てる塀の予定設置箇所と、材質、高さについて説明していく。

「警備を強化することは賛成だが、中途半端じゃないか?」

「この高さなら、私でもなんとか越えられます」

 シズルに合わせて口を出してきた側近は、先ほどフィデリオと名乗っていた。

「そりゃまあ、高く造るのもいいと思うんですけどね、強そうで」

「何か問題でも?」

「世間体みたいな部分と、工期と、地盤ですかね」

 どういうことか、と視線で先を促される。

「まず、立派で高い塀を作るとなると、単純に時間が掛かります。材料も必要だし、人手も多くなる。そうなると、見知らぬ職人が山ほど、長期間、敷地内を出入りします」

 いざ外壁について業者と相談した席で、オレはヘレネの集いのことを思い出していた。

元々ある乗馬コースを整えるにも時間と人手が掛かったと言う話や、庭園でお茶会をするために雨風に備えた準備をするのも、ネリィがあちこちで頭を捻っていた記憶がある。

 重機や自動車がないこの世界では、取捨選択を間違えると大変なことになりそうだなと考えた。



「今回の目的は、王子様やその周りの人間は、異変があれば直ぐに気付ける体制がある、と示すことです。正直、外壁一枚増えたところで、フィデリオさんの言う通り、相手の持つ武力次第では越えられてしまう可能性はあります。でも、あまり堅固にし過ぎれば、何をそんなビビっているのか……失礼。何をそんなに恐れているのか、と周りに思われてしまう懸念もある」

「確かに、王族が自分の敷地だけ強固に囲ったりしたら、戦争でも始まるのかと周りの住民は怯えるかもしれません」

「それだけじゃなく、見えないことって、変な想像を掻き立てることもあります。今までは、王子が不在の間も、働いてる方々が、平民と同じように洗濯をしたり、野菜を洗ったり、庭の手入れをしているのが見えていた。王族の生活が少し見えているだけで、なんとなく親しみが持てる、みたいなことってあったと思うんです」

「矛盾じゃないですか?中の様子を探る不審者がいるから、塀を作ろうとしているのに」

 もう一人の側近、キリシュが言う。

「あれ?探られて困るようなこと、してますか?」

 オレは、反射的に言ってしまった。一拍後、これは第二王子とその側近相手に不敬だったと気付く。

キリッと睨め付けられるが、言い方はともかく本心だっただけに、オレは開き直り、引かないことにした。

「すみません、悪気はないです。オレはカイ様側のお屋敷の様子しか知りませんが、シズル様のお屋敷でだって、皆さん真面目に暮らしてるだけだと思います。なので、周りの住民の方には、不信感や不安を与えるべきじゃない。その上で、悪意がある者から見た時、ちょっと手を出し難そうだな、何か対策をされてるかもしれないな、と思わせられれば、上出来です」

「それが、世間体というやつか」

「しかし、せっかく塀を建てるのに、防御力が余り変わらないのは……」

「もし本当に、何かが攻めてくるという懸念があるなら、この塀じゃダメでしょうね。でもそれなら、この屋敷をどうにかするより、王宮に戻られた方が安心でしょう?」

「ハハハ、それは確かに。人間が動く方がずっと速い」

 はい、と頷いて返す。

「そしてそもそも論ですが、ここの地盤だと、多分あまり大きな塀を建てるのに向いてません」

「地盤?」

「川も近いし、農業にも向いてる土地ですが、その分柔らかいんです。カイ様のお屋敷も、シズル様のお屋敷も、土地がある分横に広いですが、高さは2階建てでしょう?職人さんにも聞きましたが、あまり重くて大きな物は造れないと言われました」

 これはこの世界で、田舎でも似たような話があった。そっちは土地が悪いから、家は建てない方がいい、と言ったような話だ。

 オレは専門家ではないから分からないが、前世で日本で暮らしていた以上、自然災害の怖さは知っている。

 土地の職人が言う以上、地盤改良工事とかも出来そうにないこの世界で、無理に大きな物は造るべきじゃない。

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