07.突然!側近見習い③
オレは一度、寝起きしている客間へ戻る。
取り敢えず状況説明ができるように、屋敷の間取り図を元に垣根の辺りや、その周囲について簡易な平面図を描いた。
特別警戒として前世で読んだ漫画の知識がふわっと浮かぶが、特異な力を持ったキャラクター達が何とかすることが多く、あまり参考に出来るようなことは覚えていない。
オレは漸く木剣を振れるようになった程度で、戦力としてはあまり役に立たないだろう。
カイは王子らしく剣術や体術の指南も受けてきたようだが、稽古以外で、人間相手に剣を振るう姿は想像し難い。
「ハヤテ様、夕食の準備が整いました」
いつもの食堂ではなく、賓客用の部屋に呼ばれる。
そこにはカイが座っていて、給仕のメイドは場を整えると、外に居ますと部屋を出て行った。
「マーベルから、ハヤテが話をしたいと言っていたのを聞いたんだが」
「はい、なんか仰々しくなってすみません」
食事を進めながら、実は、と切り出す。
対策を立てるなら、目的や手段を想像する所から。
カイには分かるのだろうか。垣根の外から、中を見ている存在について。
「恐らく、王位継承順位を気にする者だろうな。正確には、雇われた誰かだと思うが」
「目的は……?」
「そこが難しい。王位継承順位は、俺たちが何かをやれば上がるとか、逆にこれしたり、これをしなければ下がる、と保証されているものではないんだ。例え他の王子を物理的に排除しても、玉座への道を血で汚した王子になど、父は王位を与えないだろうし」
「でもそれで、残り一人になったら?誰も選ばない、なんて出来るんですか?」
「父には、兄や弟が居る。世襲制とされてはいるが、血縁者を後継者に選ぶことは禁じられていない。前例はないが」
てっきり、選択肢は王子達だけだと思っていた。しかしこうなると、一族抹殺みたいなことでもない限り、選択肢の人間全てを消すのは難しいだろう。
カイを狙う理由や、目的がハッキリとしない。いや、狙われる時なんて、こんな物なのかもしれないが。
「情報が要りますね。でもその前に、最低限命を守れるように何か……防護服とかないですか?」
「ぼうご服?」
「体を守るための服です」
「ああ、甲冑とかか?一応あるが、軍関係の訓練で使うような物だし、流石にこの辺で着て歩いていたら、驚かれる」
「デスヨネー。うーん」
「ハヤテは、色々考えてくれるな」
「え」
「関われば、危ない目に遭うかもしれないのに。ヘレネの集いでもそうだった」
「いや、まあ確かに」
カイが言う通り、オレは当たり前に、カイを守る方へ舵を切って動いてる自分に気付いた。
「転生、と言ったか。前世でも、何か守っていたのか?」
「いや。オレの仕事はITベンチャーの平社員で、かといって技術もないので、営業とか顧客対応メインだったというか。まあある意味、自社サービスのことを守ってる気持ちになってた時期もありますけど」
カイは、よく分からない、という顔をする。
オレは笑って誤魔化すと、話を続けた。
「オレは前に、前世の予知夢みたいなもので、これから起こることが分かることがあると言いました。でも、今回の件は分からないんです。分からないからこそ、気にしなくても良いことかもしれないけど、備えだけはしておいた方がいいと思ってます」
王子だからというより、オレは単純に、カイのことを守りたいだけなのかも知れない。
こんなに良い奴なのに、放っておくと人気最下位になってしまうのかと思うと、余計にそう思わずにはいられない。
オレ如きが何を出来るかは分からないが、足りないものを現場でなんとかして回していくのは、前世でもやっていたことだ。
「同じ敷地だし、反対にあるシズルの屋敷についても異変がないか、聞いてみる」
「はい。警備はどうにかできます?さっき書き出してみて、多分ですが、王族が来ない場所だから様子見するのに使われてた気がするんです。ほら、この辺は老人のジャンと、まだ子供のアイシーが寝起きしてる離れがあるだけですし」
庭師の二人は、朝は早いが夜は早寝で、夜間は隙だらけの区画だと言えた。
使用人が使う場所だけあって、物音や人影があっても、誤魔化し易さもありそうだ。
「王宮から何人か呼ぼう」
「あとは、気付いてますよアピールもしておきますか」
「アピール?」
「塀を建てるとかして、異変があったのに気付いたから備えた、というのを見せておきたいです。多分突発的な計画なら、こんなひと月ものんびり煙草吹かして様子見だけしてるはずがない。気付かれないように、情報収集されている…と考えた方が妥当かと」
「こちらが直ぐに備えるくらい、警戒していると見せ付ける、ということか」
「はい。雇い主にその情報を持ってってくれれば、カイ王子は意外と隙がないぞ、ということになるでしょう?」
「確かに、効果はあるかもな」
屋敷の使用人へは、オレから伝えることになった。
気を付けるべきこととして、普段から屋敷の内外について、変わったことがないかを見るよう伝えた。
とは言っても、人によって見るポイントが違うと、あまり意味がない。
チェックリストを作り、ドアや鍵の開け閉め、置いてあるもの、落ちているゴミや忘れ物、知らない顔の人間がいないかなど、気を付けて欲しいポイントを紙に書き出した。
普段それぞれの役目で働いている彼らからは、面倒だな、という表情も返ってくる。
しかし、これも作戦の内だった。
目的も分からない、存在も確かでない不審者がいる。
その事への恐怖より、タスクが増えることに意識を持っていく方が、無駄な緊張を与えないと考えた。
「わたしは、分かりやすくて好きですよ。これなら、同じ所を何度も確認しなくて良さそうですし」
「確かに、他の人が掃除した所、もう一回拭いちゃうこととかありますよねぇ」
「普段の仕事のついでにチェックするだけなら、慣れちゃえば大した事ないですよ」
メイド達が軽やかに賛成してくれたお陰もあり、一旦やってみるか、という空気になる。
「ハヤテさん、俺達はどうしたらいいですか」
警護のエリクとマシュウに、呼び止められる。
二人には、敢えてチェックリストは渡していない。
「お二人には、変わらず用心してもらえれば大丈夫です」
「え!」
「カイ様も言っていた通り、お二人の警護のお陰で、今まで危険なことは起こっていなかった訳ですし」
「ですが……」
「ひと月も前から様子を見ていた誰かも、お二人が警護してるからこそ、隙がないと思って行動には移さなかったと考えられます。他の方々は今まで周りに警戒したことがなかったから、敢えて書き出したもので確認するよう促しましたが、プロであるお二人には不要でしょう?」
「まあ、今までもやるべきことはやってきたと思いますが」
「カイ様もそれを望まれてるなら、今まで通りしっかりお守りします」
二人には敢えて、周りと違うのだということだけ伝えることにした。
警護としては、学園内でも屋敷でも、二人ともサボることなく役目を果たしている。
当初の二人を知っていると、王子付きの警護という職務に矜持を持っていることは間違いない。
屋敷で他の役目を持つ使用人が皆、周りに警戒するようになれば、気の緩みや、あるいは職務を軽んじられたと感じるかも知れない。
何より、これまでの警護にプラスでチェックリストなど渡せば、今までやってきた事の否定とも感じるかも知れない。
それを防ぐため、今まで通りで良いということ、慣れない中で警戒する他の皆とは違うのだと、それを伝えることにした。
最終的な事実は同じでも、伝え方は大事だ。
マネージメント力は、マネージャー職じゃなくても求められる。仕事としてやっている事や、組織の変化について、どれだけ腹落ちするように伝えられるかで、その後の動きは変わっていく。
二人と一緒に、カイに屋敷への周知が済んだことを報告に行く。
「自分達は、変わらずにとのことですが、少々遠くまで意識をしたいと思います」
「もし学内で気になることがあれば、遠慮なく仰ってください。すぐ確認しますので」
「ああ、ありがとう。エリクとマシュウが居て良かった。屋敷の警備の件でシズル兄様に会った時も、二人が側に居てくれるお陰だと言う話になった」
「勿体無いお言葉です」
「心労をかけるが、これからもよろしく」




