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01.転生!ただの平民男子③

 オリエンテーションを終えると、カイに視線で合図された。どうやら、先ほど聞き逃した部分について、一緒に確認しに行こうと誘われているようだった。

 ヴォイドの周りには、数人の令嬢が集まっている。

 内容は雑談のようで、カイが近づくとすぐに黙って後ろに引いてしまったけれど。

「冊子に書いてない話だと、学内委員選出のことと、試験の日程でしょうか」

 既に教室には解散の雰囲気があり、残っているのは雑談に勤しんだり本を読んでいる生徒達だけど、チラチラと視線を送られているのが分かる。

 王子であるカイに対して、決して好意的とは取れない興味が注がれているのを感じた。こんなに地味でも、王子というだけで注目を集めてしまうらしい。

 表情と、ヒソヒソした話し方は、どうやらカイに纏わる噂話をしているように見える。露骨に思うのは、オレが周りを意識しているせいだろうか。こんなにネガティブな雰囲気で噂をされるほど、何をやったんだろうか、この地味な王子は。

「先生、お話し中申し訳ありません」

 なんとなく空気が悪い教室で、春風が吹いたように軽やかな声が耳に入る。

 カイに会釈して進み出たのは、ララブの主人公サラサ。

 艶のある赤みがかった髪を左右に雑に結っており、どこか垢抜けない印象があるが、不思議と目を惹く存在だった。

 意志の強そうな大きな目と、貴族のご令嬢はしないだろう、身振り手振りを交えた会話。

 急ぎの用件らしく、暫く会話した後、ヴォイドとサラサは教室を出て行った。

 王子であるカイを遮り、そのまま教師を連れて行ってしまったことで、教室はザワついているし、対角線上で遠巻きにこちらを見ているネリィの視線が冷たい。

 学内平等とは言え、簡単に割り切れるものでもないんだろう。

 オレは恐る恐る、カイの表情を伺った。しかし想像に反して、二人が去った方を見ている表情は穏やかだった。

「俺もそろそろ帰るかな。ハヤテは?」

「あぁ、はい。寮に戻ります」

「じゃあ、また明日」

 何かに納得したような、スッキリとした表情に見える。

教室中からの好奇の視線も気にならない、という様子がやけに気になった。


 寮の個室は、部屋の半分をベッドが埋めて、残りのスペースの半分は机、あとは収納と荷物を詰めた木箱に麻袋という間取りで、前世での実家の部屋を思い出す。

 それでも村から此処へ越して来た時から今朝までは、自分の部屋というものが嬉しかったのだ。社会人時代のワンルームでの一人暮らしを思い出した今は、狭さに驚いてしまうけれど。

 制服を脱いで部屋着になると、ベッドに寝転んだ。

 ゲームの記憶は朧げで、どうせならもっとやり込んでおきたかったと後悔すら覚える。

 あの頃オレは、ストレス解消と現実逃避でSNSなどで話題になった色々なゲームに手を出していた。シナリオを味わうより、全ルート攻略とスチルを埋めることに躍起になっており、攻略サイトを使ったり、二度目以降はスキップしたシーンも多い。

 ただ、やり込んだところでそれは主人公のストーリーであって、いち平民の生徒であるオレにとってどれだけ意味がある内容なのかは分からない。

 ――――そう。今のオレは明らかに、ゲームで名前が付いていたようなキャラとは違う。

 攻略キャラと距離を取れば、のんびり学園生活を送れるような予感がある。

「のんびり、ねえ」

 勉強してテストを受けて、いずれ卒業したら、田舎の村に戻って、老夫婦も亡くなったあの小さな家で小作として農業しながら過ごすのか。

 記憶が曖昧なこともあり、この世界に於いて今までの人生への思い入れが殆どない。育ての老夫婦についても、人と会話をするとスラスラ出てくるが、今この場では顔も名前も思い出せない。

 ゲームの影響を受けている部分があるのは間違いないが、オレがこの世界でどう振る舞うべきかは決まっていないのかもしれない。

「仕事――――」

 ララブの主人公はエンディングで、学園卒業後の様々なルートを迎えることになる。女王だったり、王立図書館の司書だったり。つまり同学年のオレも、彼女と同じく『将来』を迎えるはずなんだろう。

 ただしきっと、名もない一般人として。

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