06.告白!無欲な転生者⑤
結局、屋敷の中でのリハビリも含め、ニ週間ほど学校を休むことになった。
本当は復帰に合わせて寮に戻ろうとしたが、メイド達にもカイにも、もう少し屋敷で様子を見た方が良いと止められた。
「何か不行き届きなことがございましたら、対処させていただきますので」
「足りないものがあるなら、寮から運ばせるし、用意してもいい」
なんて言われて、それを否定するのが大変だった。
良家の人間には分からないことかもしれないが、オレは率直に、あの上げ膳据え膳の生活に慣れるのが怖かった。
前世で、会社の夏季休暇で実家に戻り、朝から晩まで母親に何か食べないかと言われるあの感じ。
実家ではその分、高い所のものを片付けたり、修理したり、あるいは重いものを運んだり、息子なりにできることをやったりもしていた。
しかし屋敷では、オレはあくまでも王子であるカイの客人なので、雑用などさせられないと言われてしまう。
もう病人ではないのだし、という所で納得して貰うには、数日元気に登校して見せるしかなさそうだ。
「カイ様、ハヤテさん、おはようございます」
「良くなられたんですね」
久しぶりのクラスでは、思いの外歓迎ムードで迎えられた。授業でも、各教科の担当教諭が前回までやっていた事を丁寧に補足してくれて、有り難かった。
「フゥーー……」
午前のチャイムが鳴り、昼食の時間を迎え、オレは無意識に溜め息を付いていた。
「ハヤテ、大丈夫か?」
「はい……」
「何がハイだ。大丈夫じゃないだろう」
呆れたように、カイが言う。
思いの外、姿勢と集中力を維持するのは疲れる。
これでも農家の出身として、体力には自信があったつもりだったが、すっかり鈍ってしまったようだ。
「ちょっと休めば大丈夫です、痛みとかもないし。昼の間、保健室で休んできます」
「ーーーーそれなら、付き添いましょうか?」
カイとオレの横に、明るい声が挟まった。
視線を向けると、結った赤毛が見える。大きな瞳で上目遣いに此方を見上げているのは、サラサだった。
「図書室へ行くついでだから」
何気に、サラサとまともな会話をするのは初めてだった。本当なら気恥ずかしくてノーと言いたい所だが、せっかくの自然に生まれたチャンスを棒に振る訳にはいかない。
「助かる」
「いーえ」
カイに軽く会釈をすると、サラサはオレの隣を歩き出した。
「保健室、教室からだと遠いよね」
「まあ、グラウンド近くの方が合理的だからなあ。怪我のリスクとか考えると。ーーーーそれより、用事があるならここまででも大丈夫だけど?」
思いの外足が重く、ダラダラと歩いている自覚があった。
馬車で通学させてもらっているお陰で、体力も脚力も落ちていることに、気付かなかった。
サラサと会話する機会は貴重だが、昼休みに図書室に行きたいのなら、付き合わせるのも悪い気がしてくる。
「気にしないで。本を返すだけだから。それより、怪我は治ってるの?無理してない?」
「それは、医者にも診てもらったし、大丈夫。単に体力が落ちただけ……」
「そう?ハヤテさん、カイ様の手前、言えないこととかない?」
「ハヤテでいいよ。別に、カイ様の前だから無理してるってわけでもない」
「それなら、いいんだけど。ハヤテ……は、カイ様やネリィ様とも普通に会話してて、凄いよね」
「ん?サラサも、そうじゃないか?」
「まさか。私だって緊張するよ、王子様に侯爵家のご令嬢だもの。でも、特待生の私が学内平等を無視できないし、怒られないかヒヤヒヤしてるの」
「大丈夫だよ、カイ様は」
ネリィについてはよく分からないが、カイについては太鼓判が押せる。屋敷でカリナやロッテの言動に動じない所を見て、より確信が持てた。
「あの……あのね、」
少し逡巡するように、サラサが言い淀む。促そうとして視線を送るが、フルフルと頭を左右に振って、表情を変えた。
「今じゃなくていいの。元気になってから、少し話しができるかな?」
「話?」
「うん。……あ、保健室だよ。札も出てないし、養護の先生もいるはず」
「あー、うん。付き添い、ありがとう」
「どういたしまして。午後、無理しないでね。教科の先生にも言っておくから」
それじゃあ、とサラサがパタパタと去っていく。
なんだ、話って。
気になるが、しかし、今の優先順位は体調の立て直しが上だった。
養護教諭にも疲れが出ると良くないと言われ、結局オレは午後二時間をベッドで休むことになった。
ヘナチョコに落ちた体力や筋力が戻るまで、オレはカイの屋敷に留め置かれた。
有り難いと思うべきだが、環境としてはリハビリに向かない。
せめて通学では馬車ではなく走るか歩くかしようと思ったが、冗談混じりで言うとカイに怪訝な顔をされた。
そう言えばこの世界では、マラソンや長距離走の文化を見たことがない。
馬車があるのに俺だけ走っていたら、カイ王子が平民を馬車に乗せない、みたいな噂になってしまうとエリクからも止められた。
日常の所謂家事の作業についても、やろうとするとメイド達やマシュウ、エリクからも声が掛かるため、考えた末、オレはカイの剣の稽古に付き合わせて貰うことにした。
木剣で素振りをしたり、時にはゆっくりと打ち合ったり。
最初批判的に見ていたマシュウからも、 やがて時折アドバイスが貰えるようになった。
腕力も、足腰の踏ん張りも、やっと戻ってきた気がする。
そうなるとふと、サラサが言っていた「話」というのが気になり始めた。
次話、ハヤテの元に思いがけない誘いが来る。
『転章.登場人物まとめ-第1回-』を挟んで続きます。




