06.告白!無欲な転生者④
「てんせい……しゃ?」
「前世のことを、覚えています。此処とは違う世界で生きていて、学生だったことも、社会に出て働いていたこともあった」
「前世……」
ポカンとしているのが、分かる。それはそうだろうけど、オレのよくわからない態度について、理由を言わずにはいられない。
親しい顔でいた身近な人間が、ある日姿を消したこと。
それがカイを今の顔にしているのなら、せめてオレは、正直で居たいと思ってしまった。
オレの行動で変わることなんて、大きくはないはず。
それならせめて、この世界でリアルに生きていくために、カイには伝えたいと思った。
「前世でオレは、カイ様や、ネリィ様、ヴォイド先生やサラサの……夢というか、様子を見たことがあって。そのせいで、たまにこう、予知夢のように、これから起こりそうなことが分かるんです」
ゲームと言ってもボードゲームやカードゲームしかないこの世界で、乙女ゲームの概念を伝えるのは諦めた。
夢みたいなもの、というのは我ながら伝わり易い表現だったんじゃないか。
カイが、呆然としつつも咀嚼していく顔をしている。
「夢で見たことと、今目の前に居るカイ様達のことをつい比べるせいで、変に距離を作っていたと思います。目の前の貴方に、誠実ではなかった」
「夢の俺は、そんなに違ったのか?」
「多分……違うというか、浅くしか見えてなかったというか。単に、前世のオレに見る目がなかっただけです」
「それは、夢の俺より、この俺の方がマシという意味か?」
「それは、そうです」
「ーーーーそれならよかった」
夢の方では人気最下位だったんですよ、とは流石に言えない。
サラサとどうなるかも分からない以上、今は余計な話だろう。
「前世ということは、その……いや、なんでもない」
「……死んだ記憶があるか、ですか?」
オレの突拍子も無い話に、カイは素直に向き合ってくれる。
「辛いことだろうし、話さなくても」
「いえ。すみません、覚えてないんです。遡れる記憶が曖昧で、仕事が忙しかったのは覚えてるんですが、その後のことがどうにも」
「そうか…」
「入学してから前世のことを思い出して、やっと最近、自分の予知夢が中途半端なものだと分かったというか……馬のことも、もっとちゃんと思い出せてたら、違ったと思うんですが」
「それで、俺を庇ってくれたのに、そんなに恐縮してたのか。本来なら、もっと恩に着せても良いのに」
たしかに、危機が迫っていると知りながら回避が下手だったことを自業自得だったと思うオレの言動は、側から見れば謎だったことだろう。
素直に見れば、ただの突然の事故でしかないのだから。
「よく話してくれた。正直、きちんと理解するにはまた聞かせて貰わないと分からない思うが…………これからゆっくり教えて欲しい」
分からないことを、分からないと認めて、それを言葉で表現できる。これはカイの強さだと、そう思えた。
そこで、ノックの音がする。
「カイ様、失礼いたします。そろそろハヤテ様のお食事と、お薬の時間となります」
「ああ、もうそんな時間か」
窓の外はすっかり暗くて、カイにも夕食や、やる事がある。
「また話そう」
そう言って、カイは機嫌良く部屋を後にした。
+++++
翌日には背中と腰の痛みがだいぶ引き、オレは部屋の中で軽く体を動かし始めた。
角度によって痛みはあるが、足腰が鈍るのは避けたい。
ベッドを出られると、思考もだいぶクリアになった。
転生者であることをカイに伝えたことの是非は、正直分からない。オレがあの時、カイに知っておいて欲しいと思っただけの理由で話したのだから、良いことも悪いことも受け入れるしか無い。
そう思っていると、カイと同じ馬車で、ネリィが屋敷へやって来た。
落馬の時に見て以来、数日ぶりの状態だった。
カイは遠慮し、メイドがお茶を整えた後には二人となった。
「お加減は?」
「触ったり動かすと痛みはありますが、すぐ処置してもらったお陰で、順調に治ってます」
「そう。気にしていない様子とは聞いてましたけど、遠慮は不要でしてよ?回復されたら、補償のことなど……」
「いやいや、大丈夫です!ネリィ様のお屋敷で治療してもらったし、今もカイ様の厚意で此処で世話していただいてるし。十分です」
当たり屋じゃないんだから、これで侯爵家からお金など貰う気は毛頭無い。
「それより、オレの怪我で騒ぎにしてしまって、すみませんでした。お茶会、あんなに準備していたのに……」
「ーーーー呆れた。カイ様は貴方に付き添いましたが、お茶会はあの後きちんと開催しましたの。貴方の怪我が酷くなかったお陰ですわ」
「そうだったんですね、良かった。せっかくネリィ様があんなに入念な準備をされてたから、気になってて」
「いい気なものだと、怒りませんの?」
「いや、別に。料理とかも無駄にならなかったなら、何よりです」
これで被害者が王子であるカイだったら、そうは行かなかっただろう。オレはあの日の自分の怪我の意味を見出せて、つい喜んでしまった。
その様子に、ネリィは怪訝な顔をする。
「ーーーーですから、貴方は遠慮せず、補償を求めても良いんですのよ。貴方の過失によるものじゃないことは、その場にいたカイ様からも聞いていますし」
「そう言われても……。オレはこうして十分治療して貰ってますし、安心して休めているんで、これ以上はないというか」
寮での生活を基準として、生活費についても奨学補助で賄われる仕組みがあった。
授業に必要なものは学園で用意してくれるし、寮の狭い部屋に置きたいほどの物欲もない。
スマホかパソコンなら欲しいけど、そういうものも無いわけで。
「本心ですのね。なんだか、無欲過ぎて不気味ですわ」
「ぶきみか……はっきり言いますね」
「わたくし、これでもお父様やお母様のお仕事に連れられることも多いんです。我が家は跡継ぎがわたくしだけですから、わたくし自身が学ばないといけません。だから、貴方のような平民が珍しいのを知っています。欲しいのに我慢しているのでもない。無理なお願い事をするでもない。ーーーー貴方はなぜ、王立学園にいらしたの?」
望みは何、と聞かれている。
ネリィが、ただ傲慢な侯爵令嬢ではないことは、自ら動き回る姿や使用人への態度からも分かっていた。
カイと同じく、この令嬢も自分の裁量で動かせるものの大きさを理解しているのだろう。
「オレは、平和に生きていきたいんです。今まで田舎で暮らしてましたが、王立学園で、打ち込める仕事を選べるくらいの勉強とか、経験ができればいいと思ってます」
「そう……」
「だから望むとしたら、この国が平和であるように、カイ王子や侯爵家にも頑張っていただきたい、って感じですかね」
「ーーーまったく。この場に誰もいないから許しますが、不敬な発言にはお気を付けあそばせ。国の話をするには、貴方はあまりに近い場所に居るのだから」
「すみません」
「でも、平和を保つ仕事をしてくれるなら、個人への補償など求めない、というのは筋が通りますわね」
やっと納得したように、ネリィが笑う。
顔が整ってるせいで、笑顔じゃないとキツい印象があるものの、笑うと華が咲いたように見える。
さすが、王子の婚約者候補と言った所だ。
「では、平和なクラスも必要ですわね」
「クラスに何か?」
カイからは聞いていない話に、聞き返す。
「復学されたら分かることですけど、今回のこと、急にヘレネの集いを休まれたサラサさんに批判の目が向いてしまってますの。様子を見ていましたけど、貴方の復帰前に話してみますわ」
やはり、サラサの試練になってしまっていたのか。
ネリィやカイが積極的に責めなくても、怪我をして休んでいるオレの存在や、ドタキャンの事実だけで十分なんだろう。
「あの、ネリィ様は、サラサのことは…?」
「どういう意味ですの?」
「急に来なくて、良く思ってなかったのかと」
「連絡が無かったことはどうかと思いましたけど、どうやらご実家でお母様が倒れられたというし、その事情を知ってまでとやかく思いませんわ。ーーーーでも彼女も、貴方と違う意味で珍しい平民です。セラ様が選ばれた理由について、わたくしは未だよく分からずにいます」
「珍しい、ですか?」
「えぇ。貴方の欲の無さと違って、彼女は沢山の野心を持っているように思います。でもそれを隠していないし、堂々としている。不思議な方ですわ」
ネリィの話ぶりから、サラサのことをある程度認めているのが伝わってきた。
ゲームでは主人公のライバルとして、終盤には断罪イベントなんかもあった気がするが、このネリィは別ルートとかで性格が違うのだろうか。
「すっかり長居してしまいましたわね。無理せず、お大事になさってください。ご機嫌よう」
穏やかに去っていくネリィを見送ると、オレは夕食までの間、背中を庇いながらストレッチをすることにした。




