06.告白!無欲な転生者③
「とにかく、ハヤテが良いようなら、明日授業が終わってからネリィを招いても良いか?」
「それは、全然。寧ろ、気に掛けてもらって悪い気がします」
そう言うと、カイは少し変な顔をして黙り込んだ。
どう伝えるか、迷っているような顔に見える。
おかしなことを言ったつもりはないのに。
「ハヤテは……いや、ハヤテに、俺は何か無理を強いているだろうか?」
「え」
何故いきなり、そんな話になるのか。
オレは思わず、身を起こした。
「俺はあまり、言葉にするのが得意な方じゃない。出来るだけ話を聞くようにと思っているが、きっと肝心なことが分かっていない。ハヤテは、俺が王族であることも、王位継承順位が変わった立場であることも、気にせず振る舞ってくれる。それが気安くて有り難いと思っているが、でも……」
カイが、継ぐ言葉に躊躇っているのが伝わってきた。
「……それでもたまに、距離を感じる。それが、俺を立ててくれているからなのか、遠慮なのか、無理をさせているのか、それが分からない。メイド達は、ハヤテは俺相手にも遠慮がないと言うが、本当に遠慮がなくて無礼なのとは違うことくらい、俺にだって分かる。こういうことを聞くこと自体、負担を掛けることかも知れないが……」
カイについて、オレはまだよく分かっていない。
ゲームでのカイの印象と、目の前のカイの印象が違うことは、早い内から分かっていた。
優しくて真面目で、王子らしさはないが、その分普通の感覚を持っている。
そんなカイが、オレのような平民をどう思っているのか、出来るだけ考えないようにしていた。
友人と思えば不思議にテンションが合うけれど、どんな内面だとしても、王子という立場がある。何より、ゲームでは主人公の攻略キャラである。
カイが感じていたという距離感は、正しい。
オレは無意識にも、攻略キャラとしてのカイを見極めるため、距離を取っていたんだろう。
その割に、ゲームのシナリオをそのまま受け入れたい訳でもなく、中途半端に足掻いてしまう。
「無理は、してないです。オレはずっと、オレのやりたいように動いています」
「そう、か」
「でもオレは、オレ自身がやりたいことに迷いがあって……そのせいで、カイ様への態度にも出ていたのかも知れません」
この世界で生きていくのに都合が良いよう、学園生活を送っていく。
そんな野望めいた気持ちと裏腹に、この世界で生きていく自分をリアルに捉えきれていない。
ゲームのシナリオも、オレと言う人間の役割も、考慮することに意味があるのか分からない。かと言って、全て気にせずに過ごすこともできなくて。
きっとこうしている間にも、サラサのシナリオは進んでいく。既にプレイヤーではないオレには、その選択やルートを知る術もないのに。
「ありがとう、話してくれて。俺は、ハヤテの考えていることを問い質したいわけじゃない。今までの振る舞いだって、嫌だったわけじゃない。ただ気になっていただけで。……これは俺が、自分に自信がないせいだと思う」
「王位継承順位のことですか」
「いや。俺は、一番近くにいる大切な人の考えにも、疎いから」
ふわっと、マーベルの話が思い浮かんだ。
幼馴染のように育った、側近三人が去ったこと。
ゲームでも特にフォーカスされたシナリオは無かったと思うが、今なら分かる。
カイは、王位継承順位のことより、自分の隣から去った彼らのことで落ち込んでいた。
しかし、気にしている素振りを見せることすら、影響力がある王子という立場。望んで去ったのなら、追ってはいけないし、探ってもいけない。多分カイが優しくなければ、真実を知ることは難しくないことだろうに。
ゲームでは「王子らしくない」と表現されていたけれど、自分の立場や権力を理解し、それを使わずになんとかしようと悩んでいる所は、素直に尊敬できる気がした。
そしてその気持ちを、今はオレに向けてくれている。
オレの頭には今、二つの選択肢が浮かんでいた。
話すか、話さないか。
カイはきっと、無理に聞き出すことはない。それでもきっと、同じようにオレと接してくれるだろう。
いつか、どんなに親しい友人となっても、側近の彼らと同じように離れていくかもしれないと怯えながら。
そんなルートは選びたくなくて、オレはベッドの上に座り直した。
昨日より腰も痛くない。
「カイ様。信じるというか、理解しなくてもいいので、少し聞いてくれますか」
「ああ…?」
「オレは、転生者なんです」




