06.告白!無欲な転生者②
とにかく安静にして、身体を回復させること。
それが大事と分かりつつも、暫く休むことになり、オレは学園のことが気になって仕方なかった。
カイが危険という話もあるが、サラサとネリィの関係はどうなっているだろうか。
お茶会を台無しにされて、ネリィは怒っていないだろうか。
あの場に居た攻略対象達にとって、何か影響があったんじゃないか。
寝ているしかできないとなると、考えても仕方ないことまで想像してしまう。
そう言えば前世でも、季節性の感染症で数日間出勤停止になったことがあった。
忙しさで免疫が落ちていたらしく、一人暮らしの部屋で高熱に魘されていた。
休むしかないものの、途中になっていた仕事が気になり、かと言って引き継ぎの連絡がまともに出来る体調でもなく、二日くらい悶々としていた。
前世のオレは、人嫌いではないが、あまり内心で人を信じられないタイプだった。自分の手が届く範囲は抜かりなくやりたがる癖に、誰かと協力したり、任せたりすることが本当に苦手で。
一人で全て出来ると思い込めるほどのチカラもないくせに、助けてくれる誰かの存在を信じられない。
助けてもらうなら、オレも助けなきゃいけない気がして。
でも、オレが手を出すことが、余計なお世話なんじゃないかと思ったり。
人を上手に助けられない自分には、望むような助けなんて得られるわけが無いと思っていた。
この世界でオレは、自分ができることのちっぽけさに、本当は少しホッとしていたんだと気付く。
平民で、家柄や家業はない。
学力の源は前世の中途半端な経験値だけで、あとは農業で鍛えた身体の丈夫さくらい。
今回の落馬で、先の展開をなんとなく知っていた所で、大した対処も出来ないことがよく分かった。
出来ない自分も、足りない自分も、今はやっと受け入れられる。
カイやメイド達からの親切を受け入れてみると、同じものを返せと言われているような、あの罪悪感は生まれなかった。
オレが持っているものも、出来ること、返せることも、多分お見通しだろうと思えて。
それでも渡してくれる親切には打算なんてないのだから、今の自分で出来ることだけで誠実に返せば、十分だと許されるような気がしていた。
前世ではあんなに人の顔色を伺って、それでも分からなかったのに。自分の大きさに気付いて、やっと、相手がオレに何を求めているのかが、素直に入って来る気がした。
主人公に試練が訪れたとしても、最終的には好感度アップなシナリオにだって繋がっていたはず。
オレもここで退場ではなく、背中が治れば復帰できるわけだし、その時の状況に合わせて動いていけばいい。
寧ろ当事者になったことで、攻略キャラ達に関わるキッカケにも使えるかもしれない。
悪いことばかり考えていたが、徐々に気持ちが軽くなってきた。
痛み止めが効いたお陰かもしれないし、ロッテが窓を開けて、新鮮な空気を入れてくれたお陰かもしれない。
元々キャラクターでもなんでもないオレに、出来ることは限られている。
悩むだけ無駄だな、とやっと飲み込めた。
気付くと夕方で、カイが帰って来ていた。
わざわざオレを見舞うように、ベッドサイドでお茶をしながら読書をしている。
「カイ様、お帰りなさい」
「あぁ、ただいま。起こしてしまったか?」
「自然に起きたんで。学校は……」
学校の様子を聞きたくなったが、後ろめたさもあって言葉が弱る。
しかし聞こえていたようで、カイは頷いて見せた。
「特に変わりはない。授業のノートは俺のを見るといい。ヴォイド先生も、補習をしてくれると言っていた」
そうして教科ごとの進みや、ホームルームでの共有事項が続く。
これはこれで有り難いが、肝心の人間模様の情報は入って来ない。
明確に尋ねないと、多分カイからは語られない。
これまで接してきて、カイは不用意な噂話や、誰かについてネガティブな話を本人が居ない場で話すようなタイプじゃないのはわかっていた。
しかし聞き方は気を付けないといけない。
サラサのことを直接尋ねるにはどうしようか。
「ネリィ様の様子は、如何ですか?」
いきなりサラサについて聞くより、ヘレネの集いで交流があったネリィについて聞く方が妥当だろう。
それでもまあ、唐突ではあるけれど。
「ネリィなら、明日見舞いに来ると言ってたな」
「へ?」
「いきなり尋ねては悪いから、体調が辛くないならと言っていた。ハヤテはどうだ?」
「いえ…有り難いですけど、何故」
「落馬のことに、責任を感じているようだった。馬を用意したのがシシェロゼッタ家だったからな。勿論、あの時馬を制御出来なかったオレが一番良くなかったとは伝えたんだが」
「いや、そんな!あんな飛来物があるなんて。前日にも確認してたのに、仕方ないです。オレも必死で、訳わからないことをしてこの有様なんで」
何か起こると分かっていたのに、カイを馬に乗せてしまった所から間違いだった。
せめてオレが歩いて馬を引いてたら、少しは違ったんじゃないか、なんて色々考えてしまう。
「俺はハヤテに、感謝している。ハヤテに落ち度はなかったと思っているし、辛いとは思うが、それでも怪我の程度が酷くなくて安心したんだ」
オレの中ではもう少しやりようがあった気がしているが、カイは素直に感謝してくれている。メイドを始めとして、この屋敷での使用人からの扱われ方を考えても、それを感じた。




