05.危機!ヘレネの集い④
「何をやってますの」
「ネリィ様」
夕方、作業しているところにネリィの声がした。
どうやら早速、先ほどの令嬢達が言い付けたらしい。
「あの子達に言い迫ったんですって?」
「まさか。何かお話しされていたので、ちょっと質問しただけです」
「何を言われたか知りませんけど、真に受けることもないでしょう。いくら貴方がカイ様のご友人とは言え、彼女達の家を敵に回すのはどうかと思います」
淡々と話すネリィに、オレは少し驚いていた。
オレはあの時、カイやネリィを悪し様に言う彼女達につい突っかかってしまったのだが、恐らくネリィは、彼女達の訴えを元にここに来た筈。
あの口振りの彼女達が、事実をそのまま伝えているとは思えない。オレについて散々悪く聞かされているハズと思うのだが、その割には同情的な態度に見える。
「……オレが思ったことは、間違ってなかったようで良かったです」
「どういう意味ですの」
「いえ。――ちゃんと弁えます。すみませんでした」
素直に謝ると、ネリィは複雑そうな表情を見せた。
恐らく、話していた内容も分かっていて、必要な体裁を整えるために話しに来たのだろう。
彼女達の訴えを鵜呑みにしてないだろうことは、平民のオレを放り出したり待遇を変えないことだけで伝わってくる。
侯爵令嬢というのも大変だなあと、意外な思慮深さに感心していた。
前日を迎えたオレは、部屋でお客さん扱いされて待っているのも辛かったため、次々用事を見つけては動いていた。
思えば前世でも、旅行に行ってもホテルで寛ぐだけというのは苦手で、観光の予定をびっしり立てるタイプだった。
そんな中、地図を前に考え込んでいるネリィが見えた。
「どうかされましたか?」
「えぇ。本当は下見に出たかったんですけど、シズル様に呼ばれましたの」
カイはこの屋敷に居るのに、シズルは別の所に居るのか。王子とはそういうものかもしれないが、なんとも言えないので黙っておく。
「一昨日こちらに到着された際、確認されてましたよね?」
「それはそうですけど……えぇ、そうよね。何も問題無かったですし、雨も降りませんでしたし」
執事に言われ、下見を諦めようと思っている様子だが、納得し切れてないのを感じる。
屋敷の人間は其々、カイを含めて来客の対応があるようだし、よその屋敷でエリクやマシュウがカイの警護から離れる訳にもいかない。
「オレが行きましょうか?」
「流石に、馬に乗らないと行けない場所ですわよ?」
「乗れますんで、貸してください。ーーーー意外ですか?作った作物を街まで運ぶとなれば、馬にくらい乗りますよ」
貴族が持つような立派な馬ではないが、田舎では農業のため、長く飼育している馬も牛もいた。
あまり信用のないような顔をされたが、無いよりマシと判断したらしく、ネリィは地図に印を付ける。
明日の乗馬で通るコースと、道の状態が気になるポイント、そして障害物がないかというような内容を伝授される。
侯爵家の領地であっても野生動物には関係ない話だから、せめて前日にも確認しておきたい、というのは分かる気がした。
シズルからの呼び出しで出掛けるネリィを見送り、オレも借りた馬車で走り出す。
この辺一帯の地主と思うと、侯爵家というのは伊達じゃないなと感じてしまう。
既に薄暗いが、影になっている広いスペースが湖なのは分かる。
馬が並んで走れるだけの道に、休憩用に屋根がある、四阿のようなもの。
道の先は街に続いているようで夜景を見下ろせ、開発されたリゾート地のようにも思える。
指定のコースを往復したが、特に問題は見当たらなかったため、馬を少し休ませてから屋敷へ戻った。
下見の結果についてメモを残し、ネリィが帰って来たら渡して欲しいと、メイドに託す。
何かあれば呼ばれるだろうと思ったが、夜に呼び出されることもなく、ヘレネの集い当日を迎えた。




