05.危機!ヘレネの集い③
ネリィから直接招待状を渡されたのは、翌週のことだった。
以前と同じように、廊下まで呼び出され、手の込んだ招待状を渡される。
渡すだけなら他の方法もあるだろうに、と思っていると、言葉が続く。
「生徒会への指名について、ご自分が特別だなんて思わないことですわ。シズル様は全てを話す方ではありません」
他言無用と言っていたのに、ネリィは知っているのかと、なんとも言えない気持ちになる。
「それとヘレネの集いの際は、わたくしの別荘へお出でくださいな」
「ーーーーへ?」
「寮から当日いらしたら、夕方の到着になってしまいます。カイ様にもご滞在いただくので、ついでですわ」
てっきり学園内のことかと思ったが、そんな遠い所でやるのか。
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オレは流されるまま、お茶会の三日前時点で寮まで迎えに来たカイの馬車に乗り、ネリィの別荘へ招かれた。
「ヘレネの丘は、シシェロゼッタ家の領地なんだ。入学以前からネリィは毎年準備に携わっていて、今年は馬の手配やお茶会に並ぶ料理や花も、彼女が仕切っているはずだ」
「それは、大変ですね」
貴族のお嬢様なのに、実務でバリバリ動いているというのは不思議な気がした。
別荘に着くと、ちょうど外出する様子のネリィとすれ違う。
「ハヤテさん、その髪は?」
「髪?ああ、出掛けに自分で切ったんですが」
「ご自分で?まあ!寮には鏡もないんですの?」
呆れたように言われ、言葉に詰まる。前髪が邪魔で軽く切ってみたんだが、そんなに変だろうか。
「ハンナ、理容師を呼んでください。あと、服も準備を。カイ様も、ハヤテさんのご友人なら教えて差し上げてくださいな」
近くのメイドに指示を出し、カイ相手に釘を刺し、恐らく準備のためにか慌てた様子で、ネリィは嵐のように出掛けて行った。
「ーーーーネリィ様は、いつもああいう、お元気な感じでしたっけ?」
「学校だとそうでもないが、屋敷だとああいう感じだ」
確かに、ゲームではネリィが取り巻きに色々指示して動かしていたような気がする。
学校では今のところ周りに指示したり、仕切ったりしている様子を見ることがなかったが、徐々に変わっていくのかもしれない。
「ちなみに、オレの髪ってそんなに変ですか?」
カイと、近くに居たエリクとマシュウに視線を向ける。三人とも、曖昧だが頷いてみせた。
ネリィがメイドを介して理容師を手配してくれて、散髪の後には乗馬服の試着と、お茶会用の燕尾服まで着せられた。
招待したのだから当然だ、という論調で押し切られたが、貴族と同じような質の服で着飾られると、なんとも落ち着かない気持ちになる。
ブラウスが妙にヒラヒラしていて、恥ずかしい。
「見違えますね、ハヤテさん」
「オレは違和感しかありません……」
エリクが笑ってくれるのが、せめてもの慰めだった。
ネリィは屋敷に出入りしていたが始終忙しそうで、夕食にも現れなかった。
オレはともかく、カイはいいのだろうか。
「今までずっと、生徒会に任せていた部分が多かったのが、今年から自分が主体になって準備できると張り切っているみたいだ。何かあったら言ってくれる筈だから、俺たちは手を空けておくだけでいい」
人を顎で使うタイプかと思っていたが、手ずから仕切るネリィの姿は、重ねて意外だった。
屋敷には、同じクラスと、違うクラスの貴族令嬢も招かれていた。
ネリィの取り巻きで、学内ではよく一緒に居るのを見掛けるが、オレの無差別挨拶には反応したことがないタイプの彼女達には、変わらずツンと無視された。
一夜明けると、流石に王子相手には指示出来なくても、オレや警護の二人には、目が合うと様々なリクエストが降ってくる。
荷物運びや、検品や、リストの整理。
直前まで人数が変わるらしく、お茶会で出すケーキやらマカロンの数、席次についても一緒になって確認した。
「随分と手際が良いんですのね」
「いやあ、昔取った杵柄というか…」
「きねづか?」
前世で展示会場に突然駆り出された時も、こんな感じだった。同業種が集まる会場で、リードと呼ばれる見込み客獲得のために足を棒にしながら愛想を振りまき呼び込みをする。ブースで使うものや、配布物のセッティング、名刺の手配に当番のタイムテーブル作成まで準備し、当日もチラシが足りなくなったらコピー機に駆け込んだりして。
「ネリィ様こそ、随分と入念に準備されるんですね」
「ーーーー分かってますわ、やり過ぎだと。けれどお茶会もですが、乗馬については危険もありますし、備えておくに越したことはありません」
「疎かにして、後悔するのは嫌ですよね」
「ええ。侯爵家の人間が、随分と細かいものだと呆れますか?」
「まさか」
几帳面なネリィの行動は、見慣れてくるとわかり易い。
指示を出すが、その着地を必ず自分で確認して、不足があれば具体的に指示を出し直す。
また指示通りに完了すると、指示を受けた人間がひと息吐けるようメイドがお茶を持ってくる。
これが貴族流のやり方なのかは分からないが、上司に居たら良かったのに、という感想が浮かんでくる。
指示を受けて荷物を動かしている途中、庭でお茶会をする令嬢二人が見えた。
「あら、あんなに埃にまみれて。王子のご友人ですのに」
「まあ!言っては駄目です。あの王子と親しくするなんて、平民でもないととても出来ないことですわ」
「ネリィ様は流石ですわね。将来を考えられて、王子様をお二人も手玉に取られて」
「でも私、心配ですの。カイ王子と一緒に平民にまで、こんな慈善事業のようなことをされて。シズル様に呆れられてしまわれたら思うと」
聞こえよがしの会話は、どうやらオレに向けた嫌味と、ネリィの噂話のようだ。
中高生の頃のオレだったら、素直に傷付き、聞かなかった振りをして暫く気にしていたかもしれない。
しかし今は、彼女達とネリィの関係性の方が気になってしまう。
「お二人は、ネリィ様と仲が良いんじゃないですか?」
まさか逆に話し掛けられると思ってなかったらしく、大きく怯える素振りをされる。
「なんですの、急に!」
「失礼でしてよ!私達は、ネリィ様の一番の友人ですわ」
「貴方のこと、ネリィ様に申し上げますから」
聞く耳がない様子に、黙るしかない。
シッシッと追い払われて、貴族令嬢にも色々とストレスでもあるんだろうかと考えてしまう。




