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01.転生!ただの平民男子②

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 前世の記憶もまた、曖昧だった。

最後に覚えているのは、同期で張り合っていた奴が競合他社への転職を決め、仕事量が三倍くらいになっていたこと。

 オレは大学卒業後、ITベンチャー企業に入社した。

 最初に配属された職種はインサイドセールスで、横文字はカッコよかったが、実際はひたすら電話でアポ取りをする営業職のことだった。

 時期によってはMVPを獲ったこともあったが、たまたま勢いがついてハマっただけで、オレはいつでも成績が出せるタイプの営業ではなかった。

 アポひとつ取るのに躍起になったり、クレームを起こしたこともある。

 上司から「コツを教えてやる」とフレンドリーに誘われた飲み会では延々と武勇伝を聞かされ、徹夜からの翌日出勤なんて、なかなかハードな状況もあった。

 それでも、仕事はそこそこ頑張っていたと思う。

 小さなベンチャー企業だけに人の移り変わりも激しく、三年目にはすっかりベテラン扱いだった。そして、営業という肩書きが外れ、社内のあちこちに関わる仕事をしていた。

 幅広い業務、と言えば聞こえが良いが、何でも屋みたいな状態で、穴が空いたところや足りない所に取り敢えず駆け付けては無茶振りをなんとかする、といった状況だった。

 人が足りないので、気付くと採用活動にもアサインされていた。

 気付けばあちこちの業務に絡むことで、社長にも顔を覚えて貰っていたが、毎回会う度に「今は何してんの?」と聞かれるのが常態化していた。

 ガムシャラに勤めて三年目、休日出勤や時間外勤務も多い中、振り返ると友人とは疎遠になり、ゲームが日課になっていた。

 学生時代にスマホゲームで課金地獄になった経験から、オンライン要素がない、携帯ゲーム機の買い切りゲームをやるようにしていた。

 ララブも、その内の一つだったはず。

 経験値を稼いだりバトル操作の技量を磨くほどの気力もなくて、しかし小説や漫画を読む気にもならず、有名な声優の名前と、絵が綺麗だなと思って体験版から手を伸ばした記憶がある。

 第四王子と握手したあの時、夢ではなさそうな現実感があったが、だとしたら前世の職場はどうなっているのだろうか。

 スマホがあれば、会社名で調べて確かめられるのに。そもそもサラリーマンだったはずのオレの人生はもう、終わってしまったのだろうか。


 気が付くと、ベッドに横になっていた。視線を巡らせると、気を失う前に見ていた顔があった。

「気が付いたか」

「ここは……?」

「保健室だ。中庭で倒れたのは覚えているか?」

「あぁ……はい。ご迷惑おかけしてすみません」

「こちらも気付かず悪かった。式の時から、体調が悪かったんだろう」

 どうやら、王子相手に突然握手を求めた奇行も、体調不良で誤魔化せたようだ。

「寮暮らしだろう?送らせようか」

「あ、いや。今未だ、オリエンテーション中ですよね。先生達と教科の紹介もあるし。もう大丈夫なので、行きます」

 起き上がると、寝ている間に整理されたのか、頭が冴えてくるのが分かる。

 起きていきなり予定を把握しているオレに、カイは不審げな表情を見せる。しかし立ち上がって伸びをして見せると、回復を信じたようにホッとした顔を見せた。

 そして養護教諭に何か伝えると、「一緒に行こう」と歩き出した。

 この状況にもまた、覚えがあった。

 中庭で王子と出会った後、貧血で倒れた主人公が保健室までお姫様抱っこで運ばれるという、なかなか印象的なスチルがあるシーン。

 王子のどちらだったかは忘れたが、状況を見るとカイ王子のイベントだったのだろう。ということは、オレが主人公のエピソードを横取りしてしまったのだろうか。

 それ以前に、まさか運び方は違っただろうと思いたい。オレのことをお姫様抱っこしましたか、なんて聞けるわけはないけど。

「先生も居たのに、わざわざ付いていてくれたんですか」

「あぁ。流石に、握手した途端だったから気になって」

「それはほんと、スミマセン……」

 教室に戻ると、一瞬視線を集めたのが分かる。物言いたげなクラスメイト達の目を気にせず、カイが進み出る。

「彼の分と、資料をもらえますか」

 何でもないと言うように、敢えて視線を受け流したのが分かった。

「体調が良くなったなら何よりです。不明な部分があれば、後ほど聞きに来てください」

 にこやかに、若い男性教師が言う。

この顔もセレモニーで見掛けたが、攻略対象だったはず。

「私はこのクラスを預かりました、ヴォイド=グランドです。カイ君、ハヤテ君の席はそちらに」

 王立学園では、『学内平等』のルールがある。貴族と王族、稀とは言え平民も含めて平等に接するよう互いに心掛けるというものだ。

 近年定着したものだったはずだが、生徒同士は元より、教師も例外ではない。王子であるカイに対しても、ヴォイドは態度を崩さず接して見せた。

 オレ達が着席すると、校内の案内が再開された。目だけで聞きながら、改めてオレは、隣の席となったカイについて考えていた。


 ララブには、王子キャラが何人かいる。

 第四王子であるカイは、ゲーム発売後のアンケートで人気が最下位だった。これは王子以外のキャラクターも合わせた順位で、何ならライバルや友人といった女性キャラよりも下だった。

 関連グッズもあまりなく、ランダムグッズではハズレ扱い。

オレの記憶でも、一番印象が薄い。

 不人気の理由がなんだったのかもあまり思い出せないが、明確に嫌われるような強烈なエピソードはなかったように思う。どちらかと言うと、ただ地味で分かりにくく、引っ掛かる部分がなさ過ぎることで相対的に評価されて、順位が一番下になったんだろうなという印象がある。


 紺青の長い髪に、翡翠色の瞳。身長も175以上はありそうだし、スマートで十分美形に見える。

(それに結構、いい奴そうなのに)

 先ほどの保健室がイベントだったとすれば、女子である主人公相手だけじゃなく、得体の知れない男子生徒にも同じ行動を取ったことになる。しかも平民であるオレにも、態度が変わらない。

 いい奴と思えばいい奴だが、変な王子とも言えるかもしれない。

 ゲームでは気付かなかったが、王族なのに何も畏まった所がなく、偉そうな威圧感もなく、自然体で過ごしている。品はあるが、貴族の子息と比較して目立つほどではない。

 目立たない程度に教室を見渡すと、攻略対象や主人公と関わる人物には、自然と目が引かれた。そこを一周してから、カイを見る。

 うん、地味だ。

 髪の色も目の色も、似合ってて綺麗だが、ファンタジックな髪色が多い周りと比べて埋もれる色合いだと思う。

 第二王子は金髪だったし、ヴォイドの烏の濡れ羽色のような黒髪は、この世界だと逆に目立つ。

 制服も標準通りで、着崩したり飾ることもしていない。貴族出身の生徒は、女子は髪飾りやブローチ、男子もボタンやネクタイピンなどで高級そうな宝石を纏っているというのに。

 そう言えば最下位の王子がいたな、という記憶がなければ、本当に攻略キャラなのか疑わしい気がしてきてしまう。

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