05.危機!ヘレネの集い②
思わず声が出た。その意味するところは、つまり。
「生徒会役員の選出については、上位学年の生徒会役員から指名制となっている。役職は後から相談の上で決まるが、まずは生徒会役員として、君を候補に考えている」
言うなれば、青天の霹靂もいいところだ。
オレの頭の中にはまず、ゲームでの生徒会のことが思い浮かんでいた。
主人公サラサは、ルートによって生徒会に入る選択肢があったはず。それはたしか、シズルルートでもスカウトされていたような記憶がある。
現在の生徒会は、貴族出身者が中心となって運営している。これは、王族であるシズルに配慮している面もあり、そもそも貴族からの指名制なのだから、当然とも言えた。
そんな中、主人公が平民として初めて生徒会に入り、その博識さで改革を進めるシナリオがある。
なのに、オレに声が掛かっているのはなぜか。
忘れているだけで、オレが演じるべき生徒会役員のポジションがあっただろうか、と想像するが思い浮かばない。
何より、シズルの考えが分からない。
「ーーーーお断りします」
保健室のエピソードは横取りしてしまったが、平民出身の生徒会役員という立場については、流石に主人公から奪えない。
だいたい、前世でもオレはそういう活動には不向きだった。
全体の利益を考えたり、個人の考え方に共感したり、あるいは論理立てて周囲を巻き込んだ説得をしたり。
オレのように、この世界を俯瞰して他人事のように生きている人間には荷が重い。
「何故?」
当然聞かれるが、
「自分には、不向きだと思うからです。今の生徒会や、クラスの同級生を見ても、オレでなければいけないとは思えません」
そうとしか、答えられない。
シズルは暫くオレを見て、黙り込む。
王族からの指名を断ることの意味が、分からないわけではない。後ろの側近二人が、まさかという顔でこちらを睨みつけている。
沈黙が重いが、こう言う時に雰囲気に流されてはいけない。
前世で新しいプロジェクトの担当を選ぶと言われた時、つい流されて請け負った結果、散々な目に遭ったのを思い出せ。
元々の業務はそのまま、新しい業務がそのまま乗っかって来たのだ。
成果が出れば昇給やボーナスアップと言われたが、成果が出るまでの間は、待遇も変わらない。
増える残業時間と、進捗が悪くて詰められる日々。
思えばあの時、安請け合いせず、出来ることと出来ないことを伝えるべきだった。
あるいは、自分でなければいけない理由をきちんと確認するべきだった。想像ではなく、何を求められての抜擢なのか。
「兄ほどではないが、私も、才能に溢れた多様な生徒の手で、この学園を盛り立てたいと考えている。それが、ひいてはこの国のためになると思うからだ。君はクラスでも、階級を問わず生徒と接していて、かと言って体面を重視する貴族の子息が困るようなことはせず、視野が広いと聞いた。生徒会に新鮮な空気を送ってくれると思ったんだが」
生活態度については、ただ単に社会人経験からの年の功だと思うのだが、目立ってしまっていることに反省すらしたくなる。
それなりに能力を示して将来に繋げていきたい野望はあるが、本来のシナリオを邪魔するのは本意ではない。
というか、破綻させた場合に何が起こるか分からず、怖い。
主人公のグッドエンドは、王族や貴族相手のルートが多いだけに、国自体も平和でいい感じに終わるシナリオが殆どだった。
どう考えても、本来の筋から離れて混沌とした方に進むより、サラサの活躍を信じる方が確率が高い。
すみません、と頭を下げるだけで、オレは無言でシズルを見つめる。分かってくれ、オレではないだろう、と。
「なるほど」
無言のオレに、シズルは頷いてみせた。
「条件面を伝えていなかったな。生徒会に所属すれば、寮での当番免除は勿論、学内での活動に合わせて成績の優遇などもある。奨学補助の継続にも役立つはずだ」
「ーーーーたしかに、そういう優遇がないと平民が生徒会に入るのはハードル高いですよね」
「これは元々、数年前に第一王子のセラが決めていたことなんだが、今まで生徒会では利用される場面がなかった。そういう意味でも、名誉だと思わないか?」
「いや、別に。奨学補助は有り難いので継続したいですが、生徒会活動で下駄履かないと継続できないような成績なら、辞めておく方がいいでしょう。寮での当番も、自分の食べるものや掃除のことですし、特に苦ではないです」
前世で一人暮らしだった時は全部やらなきゃならなかったが、今はスケジュール管理を寮長がしており、決まったことを複数人でやればいい。しかも当番がない週もある。
田舎で暮らしていた時も炊事以外はやっていたから、今の生活に不満はなかった。
シズルは嘆息し、わかった、と告げる。
「失礼なことを言ったな」
「いえ。気に掛けていただき、ありがとうございます」
意志の固さを、伝えられた。
これで話は終わった筈だと、息を吐いたその時、シズルの声が続いた。
「もう一つだけ」
まだあるのか。思わず顔が引き攣る。
「ヘレネの集いに、参加してくれないか」
「え?」
その音は、先ほどネリィが口にしていたものだ。カイにでも聞けと言われたが、オレがカイを避けてしまったため、聞きそびれていた。
「あぁ、初耳か。来月開催する、乗馬とお茶の会だ。生徒会も関わってはいるが、有志による交流会のようなものになる。後ほど招待状を送るが、ぜひ参加して欲しい」
「一人で、でしょうか」
「いや。一年はネリィ嬢が取りまとめるが、階級を問わず数名の参加者がいる筈だ。カイも参加予定となっている」
警戒する気持ちは残るが、生徒会役員を断った後のこの状況で、流石にお茶会だかを断る選択肢は見当たらない。
オレが妙に緊張してしまうのは、ゲームになかったイベントだからに他ならない。
ネリィもカイも、シズルも参加するとなると、オレが知らないか覚えていないだけで、なんらかのイベントだと思うのだが。
「ーーーーわかりました。楽しみにしています」
第二生徒会室を後にする時、生徒会役員の選定は内密のため他言しないように、と言い含められた。
言われなくても全て忘れるつもりだったが、神妙に頷いて返しておいた。これできっと、生徒会役員の指名についてはサラサに向かってくれるだろう。
ドッと疲れた気持ちで教室に戻ると、カイがいた。この時間まで教室に居るのは珍しく、他の生徒ももう居ない。
「鞄を置いているようだから、戻ってくるかと思って」
「待っててくれたんですか?すみません、何か約束してましたっけ」
「いや。ネリィが、何か無理なことを頼んだんじゃないか?」
どうやら、オレがカイを避けて姿を消したのが気になったらしい。
間接的にはネリィのせいとも言えるが、無理を言ってきたのはあなたの兄ですよ、とは言えない。
「いえ。ヘレネの集いに誘われただけです」
生徒会のことには触れずに言うと、意外そうな顔をされた。
「行くのか?乗馬と、お茶をするだけだぞ?」
流石に、オレがそういう貴族っぽいものに興味を示さないのは、カイにも分かっているようだった。
「せっかくなんで」
シズルとのやり取りをそのまま伝えるわけにもいかず、思わず愛想笑いが漏れる。
「ーーーー無理していないなら、いいが」
シズルは、オレが貴族に気を遣えていると評価してくれていたが、カイだって王子なりに、平民のオレを相手に気を遣ってくれている。
立場だけなら、オレを問い詰めることも、オレが何処で何をしていたか探ることも、造作もないはず。
それをせず、心配の気持ちだけ向けてくれるのは、カイがオレを対等に扱ってくれていることの証左だと思えた。
オレは、カイには出来るだけ嘘や隠し事なく過ごしたい気持ちになっていた。
実際には、なかなか難しいけれど。




