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05.危機!ヘレネの集い①

「ハヤテさん、少しよろしいかしら?」

 その日教室で話しかけて来たのは、女子生徒だった。

侯爵令嬢ネリィ=シシェロゼッタ。主人公のライバル役として幾つかのルートに絡んでくる、所謂悪役令嬢みたいな存在だ。

 オレは自然と警戒するが、衆目もあり、大人しく後をついて行く。

「お呼び立てして申し訳ありません。わたくし、貴方に伝言を預かってますの。本日終業後に第二生徒会室へ来るように、とのことです」

 生徒会室。

何かやらかしただろうかと、冷や汗が浮かんだ。カイ王子に無礼な態度を取ったとかで、断罪でもされるのだろうか。

「で、伝言はどなたから……?なぜ、ネリィ様がわざわざ?」

 少しでも心の準備がしたくて、情報収集へと切り替える。

聞き返されると思っていなかったらしく、ネリィは怪訝な顔をする。

「行けば分かるでしょうに。ーーーーまあ、疾しいことがあるわけでもないので、いいですけど。ご伝言は、生徒会長のシズル様から言付かりました。たまたまヘレネの集いの件で生徒会室にわたくしが居たので、ついでだったのでしょう」

「ヘレネの集い?」

「カイ様にでもお聞きあそばせ。とにかく、お伝えしたので失礼しますわ。貴方も、授業に遅れますわよ」

くるりと背を向け、ネリィはそそくさと去ってしまった。縦ロールが綺麗に揺れた。

 そう言えば、先ほど本鈴が鳴った気がする。

教室に戻ると、カイが問うような視線を向けて来た。ネリィと連れ立って廊下で話していたのが、気になったのだろう。


 ゲームでは、ネリィはカイの婚約者候補だったはずだ。シズルのルートではシズルの婚約者候補としても出て来ていたから、ルートによって役割が変わるのかもしれない。

オレには、あの中庭でネリィのカイへの挨拶を遮って以降、冷たい視線を向けられることが多かった記憶しかない。

意外と普通に話し掛けられたことに、寧ろ驚きがある。

 それにしても、なぜシズルからオレが呼び出されるのか。

カイに伝えようか迷うが、もし王子としてのカイに関係があることだったら、先走って伝えるのは良くないような気がしてくる。

 オレは、物言いたげなカイからの視線から逃げるように、放課後の第二生徒会室に向かった。

 

 うわべの情報しか知らない相手の待つ場所に向かうのは、前世でいきなり飛んだ無責任な前担当者から引き継いだ取引先に、突如クレームで呼び出された時を思い出させた。

 アレよりマシだといいなと願いながら、扉の前に立つ。

 ゲームの攻略対象であり、例の人気投票では一位だったのが、現生徒会長で第二王子のシズルである。

 カイの兄だが、たしか母親が違うという話があった気がする。

 主人公に対しては、厳しいことも言うがデレも見せる、正統派な王子様キャラ。

しかしオレに対してとなると、どんな態度になるかは分からない。

入学セレモニーで一方的に見たことがあるだけの、遠い存在。

 

「失礼します」

 ノックに対し、「入ってくれ」という声がすぐに返って来た。

第二生徒会室は想像より雑然としていて、応接セットもどこか古びた印象だった。資料置き場に、使わなくなった二軍の調度品を置いてみた、なんて感じに。

 そんな中でもちょっと絵になるのが、シズル王子だった。

長い金髪を下ろしていて、中性的な顔立ちはカイとは似ていない。

「一年の、パプリカ村のハヤテです。ネリィ様から伝言をいただいて、伺いました」

 部屋に生徒会役員がズラリ、とか、強面ズラリ、とかではなくて、まずは安心する。

シズルの後ろに二人控えているのは、例の側近という存在だろうか。

「急に呼び出して悪かった。私はシズル=ヒーリス。カイの兄だ」

「存じてます」

「最近、君がカイと親しくしていると聞き、少し話したいと思ったんだ」

 見たところ、敵意や疑念は感じなかった。

カイに近付くなという警告の線を一番に考えたが、そういうことでもないらしい。

「カイ様には、良くしていただいてます。先日はお屋敷に招いていただき、夕食をご馳走になりました」

「そうらしいな。屋敷はどうだった?」

「どこもかしこも立派で、さすが王子様のお屋敷だと思いました。働いている方達も、カイ様を慕っているようでした」

シズルが何を聞きたいのかわからず、出来るだけ朗らかに話す。取り敢えずホメから入るのは、社会人のキホンだ。

 側近らしい片方が、シズルとオレにお茶を入れてくれる。茶菓子まで出て来た以上、暫く終わらなそうだと察した。

「不躾だが、なぜ王立学園に入学したのか、聞いてもいいか?」

 そう問われて、うっと固まった。なぜと言われても、ここがゲームの舞台であり、オレはそれに巻き込まれている状況なのだから、学園で過ごすしか選択肢がない。

 そんなことは言えないが、だとしたらなんだったか。

オレが村を出て、わざわざ王都に引っ越した理由。

「好奇心と、将来のためです。オレの村は小さくて、高齢化も進んでるし、農地にも限りがあります。育ての親も既に亡くなっていて、たしか農地は借りてるだけって話だったので、身を立てて行くためにと入学しました」

 そう、こんな話を、入学前の面接でも言ったような気がする。

この世界に存在がないオレには、本来帰る場所もない。

「それは立派な心掛けだと思うが、故郷が大変なことで、王政に恨みはないか?」

「いや、特にないですね。田舎だし、食うだけなら困らなかったんで、のんびりしてましたよ。学校に入れたのも、王様の奨学補助制度のお陰ですし、帰ろうと思えば迎えてくれると思います」

 王政じゃなくても、格差はある。田舎の農家出身のオレが、試験ひとつで衣食住のある寮生活と、貴族と同じ授業を受けられているのだから、悲観するほど悪い王様ではないような気がしていた。

「なるほど。噂通り、ハッキリ言うんだな」

「噂、ですか?あの、失礼ですが、シズル様はオレのことをどなたから……?」

「あぁ、ネリィ嬢から聞いた」

 マジか。

ネリィとの絡みは殆どなかった筈なのに、何をどう伝えられていたのか。

「ネリィ嬢以外に、マシュウとエリクからも少し聞いていた。二人は今はカイに付いているが、元々私の警護を担当してくれていたんだ」

「それは、伺いました。側近の代わりも務めておられるとか」

「あぁ」

 言うと、シズルは少し困ったように笑った。カイに側近がいない事について、思うところがあるんだろう。 

「話を戻そう。君が学園生活に満足しているようで、よかった。今日話したかったのは、生徒会に興味があるかだ」

「え!」


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