04.招待!第四王子とその事情①
誘いを受けた通り、翌日授業が終わるとカイの迎えの馬車に乗った。
二頭立ての馬車は立派で、王都へ越して来た時に乗った乗合の馬車より数段乗り心地が良い。
馬車にはカイのほか、何か物言いたげな感じで、警護二人も同乗している。
普段授業中なども交代で教室の近くに控えている、アラサーくらいの二人。
「すみません、聞いても良いですか」
むすっとした表情の二人に、話し掛けてみる。不満そうな顔が気になって、痺れを切らしてしまった。カイは、視線を向けるが制止してくる様子はない。
「……なんでしょうか」
「もしオレのことが心配ということなら、ボディチェックとかしても良いですよ」
「ボディチェック?」
「あれ、あんまりやらないですかね?こう、上着とかは脱いで、刃物や危険物を持ち込んでないか、軽く服の上から確認するんです」
懐やベルト、服の裾、靴、背中など、座ったまま体を捻って示してみる。
「お二人は、剣が無くても体術でだって鍛えてるんでしょう?武器がないのが分かってる相手なら、不測の事態でも護りやすいし、そこまで緊張して睨み続けなくても良いんじゃないですか」
田舎での農作業経験で足腰は強いが、剣の扱いは授業で初歩を習ったばかりのオレ相手に、何をそんなに警戒しているのだろうか。
窮鼠猫を噛む、みたいなことはあるかもしれないが、カイだって小さな子供じゃなし、用心すべきは危険物を隠し持っていることくらいじゃないかと想像した。
「なるほど」
カイが、感心したように言う。
周りが貴族ばかりだと、逆にボディチェックは問題があるんだろうか。
「しかし、カイ様のご学友に対して失礼になります」
「それを言うなら、そんなあからさまに警戒してるだけで、十分失礼だし今更ですよ」
あまりに真面目に言うから、オレはつい吹き出した。
気にするところがズレていると思うが、これが王族の決まりなのだろうか。
「マシュウ。ハヤテの言う通り、態度に出ている」
「申し訳ありません……」
「あーいや、それが仕事なんでしょうから、オレは別に気にしてないです」
慇懃に頭を下げた姿に、慌てて返した。
「多分お二人が居るおかげで、排除されてる危険は多いと思いますよ。ただ、オレ相手にそんなにずっと警戒されると、くすぐったいと言うか、申し訳ない気持ちになります」
持ち込むかどうか以前に、オレ自身は剣もナイフも持っていなかった。
この世界には銃がない。
広く見れば同じ敷地内にある寮と学園の往復生活では、大層な武器なんて必要がなかった。調理場では包丁やフルーツナイフなんかはあるが、私物として持っている必要もない。
多分だが、護身用でも武器を携帯している平民は少ないだろうと思う。
「では、ジブンからもひとつ、いいですか」
たしかエリクと名乗った、警護のもう一人が言う。
警護としてカイ越しに見たことは何度もあったが、初めて目が合ったな、と思った。
「ハヤテさんは、パプリカ村の出身で平民階級と伺っています。カイ様のことをどのようにお考えですか」
漠然とした質問だと思った。
しかし意外に、的を射ている。
実は、攻略キャラを通してこの世界への理解を深める計画は、あまり進捗が良くない。
平民が王立学園に入る際、試験によって費用免除があるが、これは主人公サラサの特待生制度とは別だった。(たしか奨学補助という)
よって特待生ではないオレには、第一王子との文通は発生していない。
生徒会は現在ニ、三年生の運営となるためオレには関係がなく、入学セレモニー以来、第二王子であるシズルのことは見掛けてすらいない。
ヴォイドは教師として関わりがあるが、サラサとの仲が進展するのは結構先のイベントで、今からオレが付いて回ってもただの勉強熱心な生徒になるだけ。
ディノとは上手くいけば友達になれるかと思ったが、違うクラスなのに話しかけるには、「サラサの幼馴染なんだろ?」というネタしか思い浮かばず、どう考えても藪蛇になりそうでもう少し様子見したい。
ゲーム内に存在がないオレには、攻略キャラ達と知り合うことすら難しいのだ。
その中で、唯一の切り口がカイである。
クラスメイトとしては、大人しいだけで良い奴だなと感じている。
ゲームのことがなくても、同じ展開で会ったなら、オレは多分今と同じように接していたような気がする。
「正直、よく分からないです。良い人そうだなと思ってるし、助けてもらうことも多かったので、仲良くやっていけたらいいなぁ、って感じです」
乙女ゲームの攻略対象のくせに、という言い方は違うかもしれないが、カイの言動は本当に普通だった。自分のことを強調することもなく、相手の言い分を打ち負かしたり、極端に褒めたりもしない。
今カイに対して抱いている興味は、この世界がゲームの世界だと知った時の興味とは、明らかに性質が違う。
馴染み始めた教室の中、日常で何気ない挨拶と雑談を定期的に交わす内に、もうちょっと仲良くなりたいと思うあの感覚だと、言いながら気付く。
「な、仲良く……ですか」
呆気に取られた顔で、エリクは絶句してしまった。
気恥ずかしい内容だけど、よくある回答だと思ったのに。
「エリクも、マシュウも、俺を心配してくれているのは分かる。でもハヤテは、俺が王族であるかは気にせず接してくれるし、俺にはそれが有難い」
はにかんだように、カイが言葉を添えてくれた。
もしかして、王子であるカイと、平民の自分とを比較した上での回答を求められていたのだろうか。優しいカイ王子殿下を、平民としてどれだけ慕っているかーーーーのような。
今まで居た田舎の村では、領主は居たもののたまに噂で聞くくらいで、挨拶するような距離にすら貴族はいなかった。
身分制度のことは理解しているものの、本来の感覚としては、カイを王族だと思えていないのかも知れない。
危害を加えるかどうかではなく、それ以前に平民が近付くこと自体を無礼と思って警戒していたのだと、今更になって理解した。
「なんと言うか……王子様って、面倒なものですね」
「「おいっ」」
あまり考えずに出た言葉は、同情じみた音になった。マシュウとエリクの非難の声がハモったが、オレはそのまま言葉を続けた。
「オレの言動が不愉快とかで遠ざけるのは、まああるかなと思うんで、嫌だったら普通に怒っていいんですけど。同じことを言われた時、相手が貴族かどうかでカイ様が反応を変えなきゃならないなら、それは面倒だろうなと」
「そんなことを気にしなくていいように、ジブンたちが周りで様子を見て、近づく相手を確認しています」
「うーん。それは更に面倒そうだし、たぶん仕分け出来てないから、オレが今ここに居るんでしょう?学内では貴族も平民も同じ格好をしている。それが答えなんじゃないですか」
身分によって関わる相手や態度を変えるのが正しいなら、王立学園には大きな矛盾がある。
身分に関わらず同じ試験でクラスを決め、同じ制服で過ごしているのだから。
カイは相変わらず、静かにオレとエリクの会話を聞いて、頷いていた。
「オレに警戒するなとか、平民を警戒しないでいいとか、そう言うことでもないです。でも多分、貴方達の仕事では、貴人かどうかは二の次にして、カイ様に対する脅威や危害を排除することだけを第一に考えた方がいい」
思えばあの中庭でも、彼らがオレを力で排除することはなかった。恐らく判断基準が明確じゃないせいで、全てを疑うしかなく、行動に移せない程度に躊躇する原因にもなっているんだろう。
しかし安全とも言い切れないため、疑念の感情がそのまま態度に出ていて、印象が悪い。
カイの警護がこの二人で大丈夫なのか、逆に心配になってしまう。
クラス内を見ていても、カイを王子として意識している人間は多いが、慕っている人間は殆どいない。
人間が警護する以上、概ね同じ制服姿の人間が溢れる学内において、この状態でメリハリなく全ての危険だけを排除するのは難しいはず。
「ハヤテは手厳しいな」
黙って様子を見ているだけだったカイが、苦笑いしながら口にした。最初オレは、その意図が分からなかった。
「マシュウもエリクも職務として十分やってくれているし、お陰で俺は危ない目に遭うことなく、学園に通えている」
困ったような顔で言われてしまう。
「まぁ、それはそうだろうけど」
「二人が動き難いのは、俺のせいなんだ」
オレが、今までの学園内での二人の警護についても含めて話していることまで飲み込んだ様子で、カイがこちらを真っ直ぐ見据える。
「俺には側近がいないから、その代わりまで二人がやってくれている。それで、負担を掛けてしまっている」
カイの言葉に、エリクとマシュウは顔を上げた。
「ハヤテが今までも無礼を多目に見てくれているのには気付いていたのに、二人に何も説明しなかった俺の責任だ。すまない」
カイは躊躇いなく二人に頭を下げて、続けてオレにも頭を下げた。
王族から謝罪されるという状況に焦ったのか、二人はしどろもどろになった。
オレ自身も、同級生相手にこんな風に謝ったり、謝られた覚えがなくて、反応に困る。
警護二人の態度には、理由があるらしい。
とりあえず、よく事情を知りもせずに余計なことを言ったことを謝ろうとしたその時、馬車が止まった。




