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03.第四王子、カイの戸惑い④

 本来なら、友人且つ将来に亘っての側近でもある彼らと過ごす事で、学内での事を対処して行くものだと聞いている。

 立場を理解し、王族が学内に居ても波風が立たないように周囲との調和を取るのが側近の役目。

 急遽警護としてマシュウとエリクが付いてくれているが、彼らは物理的な危険を排除することが役目で 、スキルとしてもそれに特化したものになっている。周囲の状況や、王族としての立場、あるいは王子の嗜好など、細かなことを加味した調整までは、明らかに範疇外だ。

 俺に身の危険がない以上動かなかったようだが、それでも今日立て続けに起きた事は、彼らにとって思うところがあったんだろう。

「二人に心配をかけた事は申し訳ない。後で俺から言っておくよ。でもカリナ、学園はそれで良いんだと思う。俺は生まれてからずっと、王宮の中でばかり過ごしてきた。大切にされて来たと思うけど、それは俺が王子だからということでしかない。王子らしくない世界で過ごしてみることで、見えることがあると思うんだ」

 それは、自分では前向きな気持ちで言った言葉だった。

しかしカリナや、横で聞いているロッテには、自嘲のように聞こえたらしい。

「カイ様……ご立派です。でも、無理はよくありません。何かありましたら、私たちに仰ってくださいませね」

 王となることを諦めている、そんな風に取られてしまったようだった。言葉で否定するのも違う気がして、曖昧に頷くしかできない。


 部屋に一人になってから、今日あったことを書き留めていく。

 出来事や思った事、出会った人や知った事。日記と近いが、もっと散文になることが多い。

「側近、か」

 今日、壇上に立つシズルの左右にも二人が控えていた。幼い時から王宮で幾度となく会ったことがある、シズルと同い年のふたり。

 あのふたりと同じように、側近とは、王宮で過ごす限り王子のただの遊び相手や、剣術などを一緒に学ぶ学友という存在でしかない。しかし裏では、側近としての教育を受け、学内では弁えて側に控えている。

 俺の横から去ってしまった彼ら側近を、過去の書き付けを捲りながら思い出し、自分の横に居る情景を想像する。今日もし一緒に居たのなら、俺が学内で感じたあの新鮮さを分かってもらえたのかも知れない。

 彼らの噂は耳に入るが、どれも真実には思えなかった。純粋に、何があったのか知りたいと思う気持ちはあるが、王子である自分が動こうとするほど噂に尾鰭が付く。今は動くべきではなさそうだ、と諦めたのは少し前のことだった。

 居ないものを求めても仕方がない。自分なりに、なんとか過ごしていくしかない。

「夕食の準備が出来ました」

 書き付けをしまったタイミングで、ノックと共に声が掛かった。


 翌日から授業が始まった。

教科によって特色があり、時には生徒側で解釈や意見を交換するなど、やはりこれも新鮮だった。

 授業では、サラサの活躍が光っている。

 身分を意識していないような仕草に、カルチャーショックを受けるのか、彼女を遠巻きにする女子生徒が多かった。

 それに対し、物怖じせず誰とでも会話する様子から、多くの男子生徒は彼女を受け入れているようだった。

「カイ様も、気になるなら話しかけたりしないんですか」

 不意に、ハヤテが話しかけて来た。初日以来、席が隣なこともあり、ハヤテは忌憚なく話しかけてくれる。

 先ほどの授業で行った実験の結果について、彼女を取り巻くように生徒が集まっており、それを見ていることに気付かれたらしい。

「グループが違うし、あれはケースAの話をしてるんだろう」

「まあ、そうですね」

 授業中にグループで取り組む内容もあり、クラス内で会話する相手は増えて来た。しかし授業以外では、差し障りのない挨拶や社交辞令以外、あまり会話する機会がない。

 その要因については、身に覚えがある。

 初日に俺がハヤテの保健室へ同行した件により、ハヤテが遠巻きにされている。その事が響いてか、身分を気にせず俺に関わるのを良しとしないような、そんな雰囲気が出来上がっていた。

 ヴォイドを始め、学科の教師からは生徒同士でもフラットに関わるよう指示があるが、最低限を満たした後の態度まで縛り付けることなど出来ない。

 ハヤテがこの状況をどう思っているのか、俺にはそちらの方が気掛かりだった。何より、いつからかは分からないが、ハヤテがため息を吐いたり、教室の様子を気にする素振りが増えたような気がする。

 なんとなくの違和感と、その時近くにいたり、視線の先で気付いたのは、メイリー嬢に関係があるのかもしれない、ということだった。既に解消済みだが、彼女は幼少の一時期、俺の婚約者候補の一人だったことがある。

「メイリー様とハヤテさんですか?特にやり取りがあるようには見えませんが」

 エリクからは、怪訝な表情で言われてしまう。確かに会話もないし、かといってサラサを取り巻く生徒の視線とも種類が違うし、思い過ごしのような気もした。

 ただの違和感を何気無く口にするのは、王族として正しい振る舞いではない。ましてや、ハヤテから何か相談を受けた訳でもないのに。

 

 ハヤテの様子が気になりつつも、結局俺は行動にも移せず、数日が経った。

 俺の態度が逆にハヤテに気付かれていたようで、違和感が正しかったことを知る。

 ハヤテは、王族である俺ではなく、教師であるヴォイドを頼った。当たり前のことだと思う反面、それがひどく意外に思えた。

「王子殿下なのですから」

「王族として」

 そう、周りはいつも俺に云う。王族として持つ権力のことは、幼い時から言い含められて来た。

 入学の際も、学内平等とはいえ、周囲の人間が意図を持って近づくことを忘れないようにと言い含められた。

 しかしハヤテは、俺を盾にすることもなく、同級生同士のトラブルだからこそ教師に相談したのだと、当たり前の顔をする。


 俺は気づくと、ハヤテを屋敷に招く提案をしていた。何かを話したいと思った。

クラスでの自分の立ち居振る舞いは、このままではいけないと思っている。エリクやマシュウとも、メイド達とも、何かが上手く行っていない。

 側近がいないから、というだけのことなのか。

俺自身が変わらなければいけない気がするのに、そんな迷いすら、安易に外に出してはいけない気がして、身体中から舌先まで、鎖で繋がれているような錯覚を覚えてしまう。

それでも、ハヤテになら、話せるような気がした。ハヤテならきっと、王族らしさへの評価などとは別に、忌憚ない反応をくれるだろう。

 馬車の中で、早速エリクとマシュウに対して遠慮ない発言をするハヤテを見ながら、俺は気付くと笑っていた。

次話、招待されたカイ王子の屋敷でハヤテは......

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