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20.いざ!覚悟重なる側近試験④

 +++++

 

 それは、ケラールトと別れたすぐ後のこと。

 試験が始まる直前に、王宮の廊下で声を掛けられた。

「ハヤテさんッ!」

 突然ヒールの音がカツカツと忙しなく響いて、振り返るとそこには、額に汗を浮かべたネリィがいた。

 いつも楚々としている彼女が、ドレスの裾をたくし上げて、髪も少し乱れている。肩で息をしながら、なんとか息を落ち着けているようだった。

「ネリィ様……どうしてこんな所に?」

「こういう時くらい、王子様方の婚約者候補だとか、侯爵令嬢の肩書きを使って王宮に来ても許されるでしょう」

「意味が分かりませんが」

「…………貴方の試験に間に合わないと、意味が無かったんですもの」

 確かに試験が始まれば、カイを含めて、オレは外部の人間と会えなくなる。

「だからって、走って来てくれたんですか……?」

「だ、だって、なかなか貴方の居場所が分からなくて……わたくしとしたことが、はしたないですわね」

「いや……そんなことは」

 やっと落ち着いて来たのか、ネリィは握り締めていたドレスの裾から手を緩め、軽くパタパタと皺を伸ばす。肩を下ろして姿勢を整えると、真っ直ぐに言う。

「対立候補のケラールトは多分、第三王子のノリス様と繋がってますわ」

 思わぬ名前が出て来て、オレはポカンと口を開ける。ケラールトとはつい先程会話したばかりだが、カイではなく、ノリス?

「時間がないので、端的に話しますわ。サラサとディノさんから『夏休み』の話を聞きましたの。その時出て来たケラールトの名前に、わたくしは聞き覚えがあった。彼は、カイ様の側近候補だった子だと。ヴォイド先生に聞いたら、ちょうどケラールトが働いていた織物商を調べていたらしくて、話が繋がりましたの」

「その織物商が、ハーパールド商会と繋がっていた……?」

「ええ。ノリス様は王宮の外からずっと、様子を伺っていたんだと思います。何処かに綻びが無いかと、探りながら」

「もしかして、カイ様の元から去った他の側近候補達にも……?」

「分かりませんわ。でも、ノリス様は王宮にずっと側近を置いていらっしゃる。ミュジカという背の高い側近がウロウロしていると、シズル様が仰っていたから」

 ミュジカ=スラー。あの舞踏会の朝、オレの前に現れた男だ。確かに側近と名乗ってはいたが、オレはあの時、ノリスに捕捉されたのか?

「……やっぱり、ノリス様の名前に驚かないんですのね。サラサが、貴方が黒幕に心当たりがありそうだと言っていましたの」

「ハハハ……やっぱ、サラサに黙ってて貰うのは無理でしたか」

 サラサはネリィを心配していたし、自分が知らないことでもネリィなら、と思って相談したに違いない。

「違います。わたくしが、あの子から聞き出したの。……だって、側近試験に条件が付いたなんて言うんですもの」

「……ヴォイド先生から?」

 コクリ、とネリィは頷く。側近試験による休みの届けを出す序でに、ヴォイドには課外授業を受け持ってくれていた恩で伝えておいた話だった。

「心配掛けてすみません。ノリス様のことは気になっていたので、やっと色々と繋がって来ました」

「わたくしも、ノリス様のことはあまり存じ上げません。お噂は色々耳に入りますけど……あの方が声を掛けたなら、ケラールトが何をするか……」

「まあ、元より承知の上ですよ。命を取られる訳じゃないですし、いざとなったら故郷に戻るか就職でもして――――」

「……駄目です」

「ネリィ様……?」

「試験に落ちて、カイ様から離れて、学園を退学だなんて……絶対駄目です。許しませんわ」

「確かに、ノリス様の息が掛かったケラールトがカイ様の側近だなんて、駄目ですよね」

 素直な気持ちで同調したつもりだが、真っ直ぐこちらを見つめるネリィは、少しだけ首を振る。

「貴方じゃないと、駄目なんです。……ねえ、握手してくださらない?」

「へ?握手って、今ですか?」

「ええ。前に、カイ様としていたでしょう?」

 疑問符でいっぱいになりつつも、断ることも出来ず、手を差し出した。

 カイのとは違いスラリとした白い手が、緊張しながら差し出される。それをそっと握ると、キュ、と小さく力が籠った。こちらまで震えてしまいそうになって、ダンスでホールドを組んだ時より、余程ドキドキする。

 改めて視線を向けると、彼女は少し俯いて、緊張しているようだった。陽射しの角度のせいか、頬が赤く染まって見えて、なんだかこちらが照れてしまいそうになる。

「貴方がもし側近試験に落ちたら、わたくしはシズル様と正式な婚約を結びますわ」

「……ハイッ?」

 突然、何を言い出すんだ。

「貴方が無事、カイ様の正式な側近となったなら……」

 顔を上げたネリィは、泣きそうな表情に見えた。離そうとした手を、もう一度ギュッと握られる。

「…………なんでも、ありません。どうか、ご健闘を」

 震える声だった。

 パッと手を離すと、くるりと背中を向け、彼女は足早に去って行く。

 長い金色の巻いた髪が、小さく跳ねながら遠ざかる。あの背中はずるい。追い駆けたくなってしまう。

 しかし無情にも王宮の鐘が鳴り、オレの足は試験会場に向かうのだった。

次話、終盤を迎える側近試験でハヤテは...


※次回更新は、2026/1/24を予定しています。

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