20.いざ!覚悟重なる側近試験②
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朝食を終えたオレは、目的地もなく王宮内を歩いていた。
カイの屋敷での料理も十分贅沢だが、やはり王宮で、しかも一応客人ではあるため、朝から最後の晩餐の様相を呈していた。それなのに味を感じなかったので、やはり緊張しているのかも知れない。
試験開始まであと一時間といった所だが、王宮の雰囲気に慣れておくくらいしか出来ることが思い浮かばずにいた。
二名の内一名だけを選ぶというのは、王宮側でも異例のことだと言う。
「筆記試験と、礼儀作法の実技と、作文に面接……」
以前からヴォイドと課外授業で想定していた内容からも大きくは外れないが、何にせよ出題範囲は膨大だ。
この世界での記憶が曖昧なオレにとっては、余計に賭けのようなものだった。
明らかに出身大学のレベルが違う候補者と一緒になった時の、就活のグループワークを思い出して気が重い。集団面接の嫌な記憶も蘇る。
「あ、ハヤテ君!」
どんよりとした気持ちでいたオレに、明るく名前を呼ぶ声。王宮の中で誰だ、と思って振り向くと、そこには知った顔があった。
「やあ。元気にしてた?」
「……ケラールト?」
「よかった。僕のこと、覚えててくれたんだ」
「あ、ああ」
どうして此処に、と尋ねようとした声に、ケラールトの声が被る。
「カイ様から僕の名前を聞いて、驚いたんじゃない?」
「……え?」
「前にグランド様のお屋敷で会った時は、流石に言えなかったんだよ。隠してたみたいになって、悪かったね」
『夏休み』にヴォイドの別荘で出会った、ケラールト。
やけに王立学園に詳しい、商人の青年。あの時は荷運びに向いた作業着のような格好だったが、今は王宮に相応しい刺繍入りのジャケット姿で、別人のようだ。
まさか。
「やっぱり僕には、カイ様の側近の方が向いてると思ったんだ。ハヤテ君には悪いけど、平民の君には大変だろうし、気にせず僕に任せてくれて良いからね」
この状況と、この話し方で分からない訳がない。ポン、とにこやかにオレの肩を叩いたこの人が、オレの側近試験の対立候補なのか。
「……カイ様の側近から、離れたのは何故ですか?」
口から出たのは、グルグルと考えた頭の中から、一番気になったことだった。
ケラールトは穏やかな口調で言う。
「前にも言ったけど、家の事情だよ。貴族と言っても色々あるんだ。……でも、折角のチャンスだからね。王宮側も、僕が戻って来るなら安心すると思うんだ」
「“カイ様が”じゃなくて?」
反射的に、訊いていた。棘のある言い方に、穏やかだった彼が眉を顰めたのが分かる。
「当然、カイ様を含めて王宮側、と言ったのさ。平民の君には想像出来ないかもしれないけど、貴族の子供は家の事情で色んなことがあるんだよ」
「カイ王子に伝えることもできないような事情があった、ということですか?」
「……ああ、そうだよ!まさかカイ王子が知らないとは思わなかったんだよ、ウチが没落したってことを」
ケラールトの柔和だった表情が歪み、口調が厳しくなる。
以前シズルの下にいた時、聞いた話を思い出す。カイは、去った側近候補達については意図して追跡せずにいたと。何も告げずに去ったその意図を汲んで気を遣ったんだろうと理解も出来るが、ケラールトから言わせれば、興味や執着の無さと捉えてしまうのも無理はない。
個人ではなく生家のことならいくらでも情報が入って来そうなものだが、と思ったものの、時期的にカイの公示や引っ越しの時期と重なっていたのかも知れない。前代未聞の王位継承順位最下位になった王子に、果たして周りがどれだけの事を伝えられたのかは分からない。
「お家での事情があったことは、分かりました。カイ様も理解を示すと思います。――――それでもオレはこの試験、受かるつもりで臨みます」
「本気かい?貴族ですらない、君が?」
「それは、今の貴方も同じでしょう?」
「なんだとッ!……フン、礼儀も何もなってない。精々、恥をかくと良い」
没落したと自分で知らせておきながら、キレられても困ってしまう。
ケラールトはドスドスと足を鳴らしながら、オレに背を向けて歩き出した。
試験前に相手を知れたのは良かったのかも知れないが、オレはなんともフクザツな気持ちになっていた。
「ケラールトかぁ……」
ヴォイドの別荘で会った時の様子だと、知識量は間違いない。行儀作法も、ヴォイドが褒めていたくらいにしっかりとしていた。先ほどの会話の感じだと、短気っぽい気質を抑えて振る舞うことにも慣れていそうだ。
カイはオレを支持すると言ってくれたが、実家が没落した幼馴染がいざ選ばれた時に、決してノーとは言えないような気がする。
なんだかんだ、子供時代を一緒に過ごしたという実績は大きい筈だ。
「バタバタしてて、オレも対策どころじゃなかったしな」
大きくなる独り言は、自分への言い訳みたいなものだった。準備が結実しなかった経験なんていくらでもある。カイにも、『善処する』と言うのが精一杯だった。
時計を見ると、試験開始までは十五分を切っている。見るべき参考書もないとフラフラ出歩いていたが、いい加減、試験会場の部屋に戻るとするか。




