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03.第四王子、カイの戸惑い③

 ざわめく周りを落ち着かせようと、駆け寄って来たマシュウとエリクの手を借りながら、彼を中庭の死角へ運ぶ。

 色々と言われたが、俺は彼のことが気になって、保健室まで連れて行くことにした。エリクからは自分が運ぶと提案されたが、明らかにハヤテを警戒しているのが気になって断った。

 ちょっとした貧血だろう、というのは保健の養護教諭の見立てだ。

 横になっていくらも経たない内にハヤテは目を開けた。先ほどの表情とは打って変わって、落ち着いた様子でいる。

「気がついたか」

「ここは」

「保健室だ。中庭で倒れたのは覚えているか」

 彼は二、三度瞬きした後、飲み込んだようにして、背を起こすと俺に向き直る。

「はい。ご迷惑おかけしてすみません」

「こちらも気付かず悪かった。式の時から体調が悪かったんだろう」

 王宮内では、周りに控える使用人達も体調が悪いと遠ざけられるため、あまり他者がああいう様子で居るのを見たことがなかった。適切な対処が出来なかったことが、申し訳なくなる。

 ハヤテは不思議そうな顔をした後、曖昧に笑った。


 回復したと言う言葉と顔色を信じて、一緒に教室へ戻ることにした。

 先ほどハヤテが言った通り、教室ではオリエンテーションの最中だった。資料を受け取り、席に座る。

 先ほどのセレモニーでも思ったが、同年代の学生がこうして揃っていることに、不思議な気がしていた。

 同じ制服を纏い、横に並んでいる。

今までも社交の場で同年代に囲まれる事はあったが、大人もそれ以上にいたし、何より装いにもそれぞれの個性があった。それに比べると異様な気がして、教室のあちこちが気になった。

 ハヤテも、思っている事は違うだろうけれど、時折キョロキョロと辺りの様子を伺っている。

 資料を手繰り、今説明されている箇所を確認する。授業は明日から始まること、試験の予定範囲、課外活動について。

 クラスの担当教師だというヴォイドの話は明確で、穏やかで明るい印象ながら、品がある。

 彼は、貴族出身だと聞いている。貴族の子息が教職に就くことはあるが、殆どは家庭教師や研究職となることが多いため、教壇に立つのは珍しい。

 まだ年齢も若いためか、女子生徒は嬉しそうな表情をしている。

 やがてチャイムで、本日の内容が終わった。

俺は手元の資料と聞いた内容を頭で巡らせ、前半聞けていなかった部分を確認しようと思い立つ。

 同じ事を別で聞くのも非効率と思い、ハヤテのことも誘った。

 既にヴォイドが他の女子生徒に囲まれているのを見て、順番を待とうと思ったのだが、彼女達は俺に気付くとすぐに引いてしまった。申し訳ない気がしたが、ヴォイドに促されて、資料に詳細がなかった部分を確認する。

「先生、お話し中申し訳ありません」

 横から声がした。

彼女はたしか、先ほどセレモニーで紹介があった特待生のサラサ=アクライネ。

 王立学園には貴族以外の子女も通っているが、平民が特待生になるのは珍しいことだった。家庭教師が付いて教育を受ける貴族と比較され、それより優秀な成績を収めたことになる。

 彼女が身振り手振りを交えて話している内容は、どうやら学内の図書館に水が漏れていそうだ、という内容だった。

 セレモニーなどもあり教師が捕まらず、誰に伝えれば良いかの相談をしたかったようで、それならとヴォイドが頷いた。

「すみません、ちょっと行ってきます。」

 こちらは急ぎの内容ではないため、合わせて会釈するサラサにも頷いて見せ、その背中を見送った。

 王立学園へ通うのは、ただそういう決まりであるからと認識していた。

 王宮の書庫には山ほど書物があり、優秀な教師達もいる。しかしそれでも、王立学園へ通わなくてはいけない。入学に否定的な気持ちがあったわけではないが、何故ここでなければいけないのか、という疑問があった。

 しかしそれも、今なら分かるような気がした。

 入学して数時間だというのに、王宮での生活では出会わない人、起きないことが次々と新鮮に降り注ぐ。

 知っているはずのネリィ嬢すら、王宮で会う時の澄ました顔とは違う、怪訝な表情でこちらを見ている。

 同じ制服を纏った人間だらけの中では、貴族や王族であるかどうかも、畢竟大きな違いではないような気がした。今になって俺は漸く、学園生活の始まりを感じていた。


 屋敷に戻ると、メイド達からは心配そうな表情を向けられた。後ろに控えるマシュウとエリクが、ずっと厳しい表情でいるのも理由だろう。

「カイ様、如何でございましたか」

 メイド長のマーベルが、平坦な様子で聞いて来る。彼女はいつも冷静沈着で、不安や不満を顔に出すことがない。

「面白かったよ。新鮮なことばかりで」

「左様でございますか。ご心配なことはございませんか?」

「うん。学友は知らない顔ばかりだけど、先生も優秀そうだし、頑張れると思う」

「それは何よりでございます。お部屋は整っておりますが、お茶は如何されますか?」

「うん、部屋で貰おうか。ハーブティーを頼めるか?」

「かしこまりました」

 メイドのロッテに上着を渡し、部屋へと向かう。書き留めたいことがいくつもあった。


 着替え終わる頃に合わせて、ノックの後、メイドのカリナが現れる。

マーベルと違い、若さや経験からなのか、生来のものか、彼女はあまり感情を隠すのが得意ではない。

 手順を守ってお茶を淹れているが、その表情は険しかった。コホン、と、横に控えていたロッテが、嗜めるように咳を払った。

「カリナさん、そのお顔ではカイ様も休まりませんよ」

「あっ、す、すみませんっ」

「いや、別にいいけど。何かあった?」

「えぇと……」

 ロッテが視線で制しているのが分かったけれど、俺はカリナを促した。この限られた屋敷の中で、何かあるなら知っておきたい。

「あ、あの、カイ様。失礼だと思うのですが、本当に、お困りのことはありませんか?」

「うん?」

「マシュウさんとエリクさんが、色々仰っていたんです。平民の方が気安くお話しされたとか、体調を崩されたのをカイ様が庇われたとか。先生まで、平民の方を優先されたとか……。カイ様は王子殿下ですのに、王宮と違ってお困りではないですか?」

「なんだ。全然困っていないし、新鮮で面白かったよ。体調を崩していたハヤテも回復したみたいだし、先生にも必要なことは確認できた。特に問題はない」

「でも、でも!やはり、側近がお側にいないと……あ。私ったら、すみません」

 カリナが、失言に気付いたように口を塞ぐ。

 突然側近である三人が居なくなったことについては、良くない噂も立っていて、彼女達が俺の前でタブー扱いする気持ちはよく分かった。


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