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第七話 キリ

ゆっくり歩いているソウシは一つの扉の前で立ち止まる。ソウシ達の部屋の二つ隣の扉は少し重苦しい雰囲気で佇んでいる。

床にトレーを置き扉を叩く。

中からギイっという音がして足音が聞こえる。

トレーを手に取り扉の前に立つ。

ゆっくりと取手が回り扉が開いて少年が出てくる。


「いつもありがとう、ゲン。」


そう言って顔を上げた少年は体に黒い霧を纏い光のない目をしている。

顔を上げた少年は目の前にいる人がゲンでないのに気付き目を見開く。


「ソウシ?久しぶりだね。」

「...しぶり、キリ。」


キリと呼ばれた少年は少し嬉しそうな顔をしてソウシの目線に合わせるため少ししゃがむ。


「名前、覚えてくれてたんだ。」

「...ん。」


嬉しそうなキリにソウシはトレーを渡す。

トレーを受け取りいそいそと部屋の中に入るキリ。


「入ってきて。」


そう言われたソウシは部屋の中に入った。





キリの部屋にはベッドと机と椅子以外何もなかった。蝋燭すらないその部屋は陽の光が入っているのに、どこか薄暗かった。


「食べている時だけでいいからいてくれない?」


そう言って眉を下げながら笑うキリはさっきより少し幼く見えた。うんと頷くソウシを見て嬉しそうにしながら食事を始める。

静かな部屋にカチャカチャと言う音だけが響く。


(キリってなんでモヤモヤなんだろう。)


そう思いながらキリの背中を見つめているとキリがこちらを向いた。

驚いて少し眉が動く。


「びっくりさせたね。」


そう言いながら笑うキリはどこかゲンに似ていた。


「これが気になる?」


そう言ってモヤを指差すキリ。ソウシはうんうんと大袈裟に頷く。


「僕のこのモヤは身体だよ。」

「…身体?」

「そう、身体が気化しようとしてるんだ。それを頑張って止めてるからこんなモヤモヤができるんだよ。」


(キカってなんだろう?)


よくわからない言葉だからゲンに聞こうと思う。

キリの顔は少し暗い。

手を伸ばすが、背中が遠すぎて手が届かない。ソウシの手は吸気を撫ぜてだらんと垂れる。


「撫でようとしてくれたの?」

「…ん。痛い時はゲン兄がしてくれる。」

「痛い時?」

「…痛くない?」


キリはぽかんとした顔をする。そのあとふっと笑うってソウシを見る。

モヤがかかった身体を触りながらソウシを見据える。


「この身体は痛くないよ。白坊主が持ってくる薬のおかげで少し安定してるんだ。」

「…。」

「ほら、こうやってモヤモヤが見えるのだって完全に身体が無くなってるわけじゃなくて」


笑いながら身振り手振りで説明をするキリ。


(らしくない。)


ゲンの話で聞くキリは落ち着いた人だった。身振り手振りより図や文字を書いての説明をするはずだ。きっとソウシの前だから悟らせぬように無理に笑顔で話しているのだろう。


「だから僕は大丈夫。」


そう言って苦しそうに笑うその笑顔に説得力は微塵もなかった。


「…キリ。」


不安そうに見つめるソウシからバツが悪そうに目を逸らす。

キリは諦めたように笑う。


「なんだ、ゲンは話してたんだ。」

「…うん。」


拳に力を入れたきりは眉を下げる。


「本当は少し悲しいんだ。」

「…悲しい。」

「痛みがないのは本当だよ。でも、僕の身体は薬を飲んでもなお気化し続ける。」


腕を触りながらキリは目を伏せる。


「僕と言う存在がなくなっていくんだ。だから悲しい。」

「…怖いじゃないの?」

「違うよ。」


首を振りながらモヤを見つめるキリ。陽の光が雲で隠れ部屋がさらに暗くなる。


「消えることは怖くない。覚悟していたことだからね。それでも肉体がなくなることが悲しいんだ。」

「なくなることが…。」

「きっと僕の生きた証は全て消えるんだ。その事実がただただ悲しいんだよ。」


無理に作った笑顔をソウシに向けるキリ。


「…僕が覚えておく。」

「え?」

「僕がキリの生きた証になる。」


驚いた顔のキリはすぐに笑顔になる。作り笑いじゃないいい笑顔だ。


「そっか。じゃあちゃんと覚えておいてね。」


そう言って頭を撫でながらキリは笑う。


「…なんで僕にこの話をしたの?」

「なんでだろうね。」


キリは少し困ったような顔をしながら何かを考える。


「君がゲンに似てるからかな。そろそろあの子にはちゃんと言おうと思ってたんだ。先にソウシに言っちゃったけどね。」


そう言いながらソウシの顔を覗き込むキリ。


「ソウシこそなんで話してくれたの?無口な弟って聞いてたのに。」


(なんでだろう。)


そう言われてみたら何であんなにスラスラ会話ができたのかよくわからない。キリの顔を見ながら少し考える。

そういえば、キリの口調や仕草は見覚えがあった。


「…ゲン兄」

「ん、ゲン?」

「…似てる。」


ゲンの口調や仕草にそっくりであることに気づいた。いつも配膳をしているからなのか驚くほどにそっくりだ。


「僕が似てるの?」


そう聞かれて頷くソウシ。


「…それに、今日は人といっぱい話そうと思った。」


ただそれだけと付け加えるソウシにキリは微笑む。


「じゃあ僕たちはどっちもゲンに似てるんだね。」


そう言ってキリは笑った。ソウシも少し笑った。




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