第十五話 遺書
ママへの挨拶が終わったあとゲンはキリの部屋に向かっていた。
昼間にソウシから渡された手紙には
『ママの挨拶が終わったら部屋にきて欲しい。』
と達筆な字で書かれていた。
ソウシのことかそれともキリ本人のことか。
ゲンはあまり見当がついていなかったがとりあえずキリの部屋に向かう。
廊下はギイギイと音を立てて寝静まった家に響く。少しの気味悪さを感じながらキリの部屋の扉の前についた。
コンコンとノックをする。中から返事はない。
おかしいと思いもう一度ノックをするが声は返ってこなかった。
「キリ?」
声をかけながら扉を開ける。
部屋の中は静寂に包まれていて、今日はやけに月明かりに照らされて明るかった。
キリは窓辺に座っていた。
ゲンはゆっくり近づく。
(ああ、きっとこれはダメだ。)
そう直感で感じながらキリに触れる。
冷たくなったキリの体。でもその表情は眠っているような穏やかなものだった。
『死んでいない。キリが死ぬはずない。』
どこかそう思ったゲンは震える声でキリに問いかける。
「キリ。」
そう呼びかけるが返事はない。
「キリ、キリ、キリ...。」
焦る気持ちでキリの肩を揺らす。
起き上がってくれると思った体は力無くこちらに倒れてくる。キリの体は思ったより軽かった。
(そう思えばキリに触れたことはあんまりなかったな。)
不思議に熱くなる目頭。
頭を振ってその熱を飛ばそうとする。
「ねえキリ、起きてよ。」
我ながら幼い問いかけだ。喉から搾り出すように声を出す。
当たり前のようだがキリからの返事はない。
ふとキリの言葉を思い出す。
『僕はもう内臓のほとんどが気化して消えてしまったんだ。』
かつてキリにどうして食欲がないのかを聞いた時に帰ってきた言葉だ。
軽くて冷たい体。
肉体の気化は魂の外側を消費する。
ゲンにそう教えたのはどこの誰だったのだろうか。
気化した体はキリのない面の魂を抉り取るようにして日々消費していく。
遺体となったことでキリの肉体は残った。体の気化は止まったのだ。
「おやすみ、キリ。」
ゲンに言えることはそれだけだった。
ふと机に目をやると二通の手紙が置いてあった。
一通はゲンにもう一通はソウシに向けた手紙だった。
「ソウシ宛か。」
そう口に出しながらゲンは手紙を持って部屋を出た。