第十三話 また明日
ソウシは急いでキリの部屋の扉を開けた。
大きな音を立てて開かれた扉にキリは驚いていたがそれよりゲンのことを話したくて仕方がなかった。
「僕のこと、世界一大事だって!」
「わ、水溢れる溢れる。」
勢いで気にしていなかったが水がこぼれそうになっていた。
急いで体制を立て直す。
幸い水はこぼれてなかった。
「どうだった?」
キリは優しく聞く。
顔にモヤがかかってよく見えないが微笑んでいるように見えた。
「僕のこと世界一大事って。」
「それは良かったね。」
キリは水を受け取りながら答える。
受け取った水は机の上に置かれた。すぐに飲むわけではないらしい。
「…薬、いいの?」
「うん。あとで飲もうかな。」
少し寂しそうな顔で言うキリは机に向かって何かを書き始めた。
「何書いてるの?」
「手紙だよ。ソウシって字読める?」
「うん。」
「じゃあソウシにも書くね。」
そう笑いながらサラサラと紙に文字を書いていく。
内容を見るのは良くないと思いソウシはベッドに腰掛ける。
静かな時間の中に文字を書く音が響く。
「ねえ、ソウシ。」
「どうしたの?」
「この二日で喋るの上手になったよね。」
そう言われれば以前より少しスラスラ言葉が出てくるようになった。
キリの前だけだが。
「キリとだけ。」
「そうなの?それは嬉しいね。」
「嬉しい?」
「うん、信頼してくれてるってことでしょう?」
そう言ってキリは振り返る。笑顔のキリはいつもより少し明るく見えた。
「そ…うかも。」
「そっか、ありがとう。信頼してくれて。」
キリはそう言ってソウシの頭を撫でた。するとストンと腕が下に下がる。
そのキリの手はもう気化して原型を留めていなかった。手首より外側が煙となって消え爪楊枝模様な細さの骨が見えた。
「その手…。」
「消えちゃったか。」
少し寂しそうな顔をするキリは自分の手首を見てため息を吐く。
「いやーどうやって手紙書こうかな?利き手だったんだけどなあ。」
気丈に振る舞おうとしているキリは妙に痛々しくて胸が苦しくなる。
「ソウシ、そんな顔しないで。」
そう言ってキリは手首をソウシの頬に当てる。
「僕は大丈夫。だから、笑ってよソウシ。」
精一杯の笑顔で語りかけるキリにソウシは何も言うことができなかった。
キリはソウシの顔を見て眉を下げる。
「ソウシ、ごめんね。こんな姿見せるつもりはなかったんだ。本当だよ。だから、お願い。そんな目で僕を見ないでよ。」
力無く笑うキリからソウシは目を逸らす。
深呼吸をして呼吸を整える。
(いまは頑張らないといけない時。)
そう思ったソウシはキリの目を正面から見据える。
キリの顔に一瞬の動揺が現れる。
「大丈夫。僕はちゃんとキリを見てる。覚えてるからね。」
そう言うとキリの顔から笑顔が消える。
少し泣きそうな顔になったキリはソウシを見て少し微笑んだ。
「ありがとう。」
呟くような一言でその部屋は静寂に包まれた。
チリンチリン
静寂を破ったのは食事の時間の合図だった。
「もう行かないとね。」
悲しそうな声でキリはソウシに言う。
ソウシは扉の近づき振り返る。
「キリ、また明日。」
キリは少し驚いた顔をした。
そして一瞬だけ目を伏せた。
「うん。また明日。」
そう言ったキリはソウシに向かって微笑んだ。