第十一話 もう一度
「な、なあ、ゲンとなんかあった?」
恐る恐る聞くのはユウだ。
気遣いは感じれるが、その目は好奇心でいっぱいだった。
「…わかんない。」
「え、わかんないの?喧嘩とかは?」
「…してない。」
「いやいやいやおかしいって。あのゲンだぞ?」
ユウは大きな声をあげる。
ソウシとしても初めてのことなのでよくわからない感情が沸々湧き上がるが、それ以上に慌てている人がいたら落ち着くものだ。
ふと視線を感じる後ろを見ると、笑顔のヒナタがそこに立っていた。
「ユウ、君は今日仕事があるんじゃなかったかい?」
「え、あ、あの。」
「早く仕事に行きな。ニコが先にいるからさ。」
「わ、わかった!」
慌てたユウはそのまま走って行ってしまった。
その場にヒナタと共に残されたソウシはゆっくりヒナタの顔を見る。
「どうした?」
「…僕が何かできることない?」
少し驚いた顔をしてヒナタだったが、すぐに厨房から何かの袋を持ってくる。
「これをキリのところに持っていってくれない?」
「…わかった。」
そう返事するとヒナタは微笑む。
(ゲン兄…。)
ヒナタにゲンの影を感じながらソウシはゆっくりとキリの部屋へ向かった。
コンコンと扉をノックすると「はーい」と声がして中からキリが出てきた。
「あ、ソウシおはよう。今日も来てくれたんだね。」
「…これどうぞ。」
「薬だ。ありがとう。」
そう言いながらキリはソウシの頭を撫でる。ゲンの手とは違いキリの手は冷たかった。
「ちょっと話そう。」と言われソウシは部屋に招き入れられる。
キリの部屋は昨日と対して変わらなかった。
ただ、少しだけ部屋が明るく見えるのは気のせいだろうか。
昨日と同じようにソウシはベッドに腰掛ける。
「二日も連続で会えるなんて嬉しいよ。今までソウシと会える機会少なかったしね。」
そう言いながらキリはソウシの横に腰掛ける。
少しソウシの顔を見たキリは不思議そうな顔をする。
「何かあった?」
「…え。」
いきなりの問いかけに声が裏返る。
キリは心配そうにソウシを見る。
「僕でよかったら聞くよ?」
「…。」
ソウシは黙ってしまう。吐き出したい気持ちもあるが、ここで言ってしまったら全て曝け出してしまいそうで怖かった。
それを察してかキリが声をかける。
「大丈夫、口は硬いよ。」
そう言って自慢げに笑って見せる。
その行動に少し安心したソウシは慎重に口を動かす。
「…ゲン兄が避けるの。」
「避ける?」
「…そう、今日の朝から。」
意外とでもいいそうな顔をしながらキリは話を聞いてくれる。
「うーん」と悩むような声を出しながらソウシを見る。
「そっか。でもきっとゲンはソウシのこと嫌いになってないと思うよ。」
「…そうかな。」
「うん、いつもあんなに優しかったんだから。きっと今だけだよ。」
「…本当?」
「そうそう。人間そんな簡単に人を嫌えないからさ。」
「…人じゃないとしたら?」
「え?」
しまったと思いソウシは口を塞ぐ。
キリは驚きを通り越して顔が青くなっていた。
慌てて何か言葉を紡ごうとするが、それより先にキリの口が動く。
「人じゃない?」
「…あ、あのそれは…。」
(何から話そう。)
ソウシの頭を一瞬で昨晩の出来事が駆け抜けていく。
どう言い表せばいいかわからない。
頭より先に口が動く。
「え、えっと…。ゲン兄がクローンで…それで、それで白坊主とママがその話してて…えっとその。」
ぐだぐだと説明をするソウシをキリは相槌を打ちながら聞いてくれる。
一通り話終わるとキリは頭を抱えながらソウシに確認する。
「えっと整理すると、白坊主達がママの部屋でゲンがクローンって話をしてたと。」
「うん。」
「で、その姿を白坊主に見られた。」
「そう。」
「そしてそれがゲンにバレて、今避けられてるのかもしれないってこと?」
「そう言うこと。」
キリは手を顎に当てて考える。
(ゲン兄と一緒だ。)
そう思ったソウシはキリの顔をよく見る。
キリとゲンは顔は全く似ていない。幼さの残るゲンの顔と対照にキリの顔は大人びている。しかし、仕草がそっくりで、顔が違っても面影を感じることがある。
逆にソウシとゲンの顔は瓜二つだ。クローンだからだろうが全てのパーツが全く一緒だ。しかし、行動や技術は真逆と言ってもいいほど違う。
クローンだからかわからないが、明らかにソウシより優れている。
(キリが羨ましい。)
兄と同じ立場に立てるほどの知識や技術を持っているこの人がたまらなく羨ましかった。
きっとソウシよりゲンに似ているのはキリの方なんだろう。
そう思うとソウシは少し憂鬱になった。
「ソウシ?」
名前を呼ばれて体がビクッと飛び跳ねる。
キリは少し笑いを堪えるような顔をする。
「…なに?」
「あ、そうそうわからないなら本人に聞いてみればいいんじゃない?」
「…聞く?」
突飛なことを言うキリにソウシは思わず疑いの目を向けてしまう。
「せっかく話せる距離にいるんだし聞くのが一番早いと思ってね。」
「…なんて聞くの?ゲン兄がクローンってこというの?」
「そこは聞かなくてもいいんじゃないかな?」
少し困ったような顔をしながらキリが言う。
「ただ、僕のことどう思ってるの?とかでいいんじゃないかな。」
「…でも聞く機会ないよ。」
そう言うとキリはニヤリと笑う。
「僕これから薬飲まなきゃいけないんだよね。」
「…?」
「水とってきてくれない?ついでにゲンに言付け頼もうかな?」
わざとらしくこちらを見ながら何かを紙に書いてこちらに渡す。
「…わかった。」
言葉の意図を汲み取ったソウシは紙を持って部屋を出た。
一人になった部屋でキリは少し笑う。
「かわいいなあ。」
去っていくソウシを思い出しながらそんなことを思う。
ふと思い立って薬の袋を見る。
一瞬驚いたが、すぐに意味がわかった。
「薬は嫌いだな。」
一人になった部屋でそんな弱音をこぼしながらキリはペンを手に取った。