第十話 キャラメル
次の日目覚めたソウシは昨日のことが全て夢のように思えた。
「おはよう、ソウシ。」
いつも通りのゲンが微笑みかけてくる。「おはよう」と返すとゲンは少し驚いた顔をする。
「今日も早起きだね。」
そう言いながらゲンはソウシのシーツも畳もうとする。
いつものことだったが、今日は少し違った。ゲンの手のシーツを持ち自分で畳んでみる。
かなり不格好だが畳めはした。
「ソウシ…?」
ゲンは驚いた顔をして固まっている。そこまで驚くことかと不思議に思ったソウシは顔を覗き込む。
ゲンは少し悲しい顔をした。
「そっか。もう一人で…できるんだね。」
「…ゲン兄?」
「ごめんね。先に食堂に行くからちゃんとくるんだよ。」
そう言ってゲンは目も合わせずに部屋から出ていってしまった。
(今日のゲン兄はおかしい。)
そう思いながら跡を追おうとするとポケットから何かが転がり落ちた。
拾おうと落ちたものを見るとそれは昨日のキャラメルだった。
(昨日のは現実…。)
ということは、ゲンがクローンということも事実ということだろう。
さっきの態度は何か悟られたからかもしれない。
ソウシの背中に冷や汗が流れる。
とりあえず食堂へ向かうことにする。
パタパタと歩きながら昨日走った道を通る。
ママの部屋からは昨日の不気味な光はもう溢れておらず、固く閉ざされてる。
少しの恐怖を覚えながら急いで扉の前を歩く。
食堂に入るとニコがこちらに気づいて近寄ってくる。
「おはよう、ソウシ!昨日はあの後よく眠れた?」
わざとらしい芝居のように耳元に囁いてくる。
頷きながらトレーを受け取ると、奥の方からアヤが出てきてニコを引き剥がす。
「嫌がってるでしょ!」
「え、そうだったの?ごめんね。」
「…別に。」
二人の勢いに気圧されて消え入るような声で話す。
二人は驚いたような顔をこちらに向けてくる。
次第にアヤの顔は赤くなり、ニコの顔がだんだんニヤけてくる。
「嫌がってる、ねえ?」
「そ、そう見えたのよ!」
「本当に嫌がってたのは誰なのかなぁ?」
二人ともソウシそっちのけで言い合う。
どうしようかとトレーを持ってうろうろしているとユウがこちらにやってきた。
「一人なんて珍しいな。」
「…ゲン兄が先行っちゃって。」
「ほーん。」
何かを考えるかのように周りをキョロキョロ見るユウ。
そして何か思いついたのかソウシの肩を叩く。
「よし、今日は俺が手伝ってやる!一人じゃ初めてだろ?」
「…ありがとう。」
そうしてユウに手伝ってもらいながら何とか席に着く。
いつもなら隣にはゲンがいるが今日は少し離れたところに座っている。代わりに隣にユウが座っており、よくわからないがワクワクしているようだ。
「さあ食べるよ。」
ヒナタがそう言うとざわめきが止まる。
「はい手を合わせて」
「「「いただきます!」」」
ソウシは箸を持って白米を掴む。
生まれつき手の力が弱いソウシは箸を使うのが苦手だ。
前にゲンの特訓により少しは上手く使えるようになった。
初めて箸で完食できた時はゲンに褒めちぎられた記憶がある。
そのゲンは今少し遠い場所で上手に箸を使っている。アヴァと何かを話しながら食事をするゲンはいつもより楽しそうに見えた。
(いつかゲン兄より上手になる。例えばゲン兄がクローンだとしても。)
そう思いながらおかずを口に運ぶ。
「なぁなぁ、ソウシってさキリにあったんだよな?」
「…うん。」
「どうだった?」
「…どう。」
難しい質問をしてくるユウに少し参ってしまうソウシ。目を輝かせながら聞いてくるユウは嫌がらせの難しい質問ではないことを証明していて余計にタチが悪い。
「…体が気化してた。」
「キカ?なんかかっけえな。」
能天気に言い放つユウを脇目に一生懸命箸で食事をすすめる。
少しゲンを見たが、他の人と話をしている。
(ゲン兄。)
何かがソウシの中で芽生えた。
あの優しさが本物か確かめなければならない。
誰よりも早く食事を終え食器を片付けた。
みんなが褒めてくれた。
しかしゲンだけは目を背けてこちらを見ようとしなかった。