第一話 子供の家
暖かい春の日。草花の間を通り抜けた風がソウシの髪を揺らした。草原に立つ一本の木の下は昼寝にちょうど良い日陰を作り出していた。首をこくりこくりとさせながら緩やかな時の流れを堪能する。
「ソウシいつまでそこで寝てるの?今日は一緒に洗濯当番だろ。」
そう笑いかけるのは兄のゲン。まだ夢現なソウシを引っ張り立ち上がらせる。
「ゲンにい?」
「そうだよ。早く家に帰って洗濯物を取り込むよ。」
二人は急いで家へと駆け足で帰っていく。
家。
そう呼ばれているのは丘の上に立つ煙突だらけの小さな建物だ。煙突からは毎日もくもくと煙が上がっている。どこか普通ではない子供を保護する孤児院として機能している。
家の周りに干してある洗濯物を回収していく。ソウシは一枚、ゲンは七枚のシーツを回収する。
建て付けの悪い扉を開けて家に入る。
「ただいま、ママ。」
「...だいま。」
声を聞きつけたのか、2階から大袈裟な足跡を立てて少女が降りてくる。
額に二つの角のような突起がついた少女はソウシを見て大声を上げて叫ぶ。
「あ、いけないんだ!またゲンにいっぱい仕事させて!」
「...。」
「アルやめてあげて。僕がするって言ったんだ。」
角のついた少女はアル。ゲンがソウシを庇い少し不機嫌な顔をしたがすぐにソウシの方を向く。
「ちゃんとしないとママに怒られるんだよ。ソウシは何でもかんでもゲンにやってもらって悪い子だ。」
「...。」
「おしゃべりもちゃんとできないムクチだから悪いことって言えないんでしょ!」
バカにするような口調で話し続けるアル。騒ぎを聞きつけて2階から足音がする。
「アルまたソウシをいじめてるの?」
「ダメだよぉ。」
二人の子供が階段から顔を覗かせる。
「弱いものいじめをする方が悪い子だよ。」
そう言って少し眉を顰めた少女はアヤ。長い黒髪を揺らしながらアルを叱責する。
「ボクもやめた方がいいと思うなぁ。」
後ろからそう控えめにいうのはアヴァ。色白白髪の色が抜け落ちてしまったような子供は点滴のような風船を手元に持ちながら、ふわふわ降りてくる。
「このままだとアルが悪者になっちゃうよぉ。」
そうアルに囁く。何か言い返そうとして握り拳を作るが、何も言わずにすこし悔しそうな顔をしながらアルはソウシを睨む。
「いいもん。ママはソウシのこと見てるから。」
プイッとそっぽを向いたアルは部屋の中に走っていった。
頬を膨らませたアヤが追いかけようとするのをアヴァが止める。何か言いたそうにアヴァを見るがそれを言う前に「まあまあ。」と窘められ言葉を飲み込む。
「あの子言い負かされたから逃げたんだ。」
「アヤ、落ち着いてよぉ。」
「落ち着いてるよ。」
「本当にぃ?」
アヴァが顔を覗き込む。ため息をついたアヤは出来る限りの笑顔を見せる。
「大丈夫そうだねぇ。」
「私は大丈夫。ソウシは?」
そうして二人はソウシの方を見る。
ソウシはサッとゲンの後ろに隠れる。
困ったように笑いながらゲンが答える。
「大丈夫だって。」
「そう…。」
「じゃあいこっかぁ。」
そう言ってアヴァに手を引かれ名残惜しそうな顔をしたオリビアが仕事場に戻っていく。
二人がいなくなったこと確認してソウシは恐る恐るゲンの後ろから出てくる。
「大丈夫?」
「…うん。」
「守ってあげれなくてごめんね。」
悲しそうな顔をしながらソウシの頭を撫でる。
「…ゲンにい、仕事。」
「あ、ああそうだね。畳んでしまっちゃおうか。」
そうして急足で階段を登るゲンをソウシは追いかける。
階段を登った後は倉庫に向かい、そこで回収したシーツを畳み収納する。
そこでもソウシはうまく畳めずゲンに助けてもらった。
ゲンはパタパタと器用にシーツを畳んでいく。ソウシはその様子をぼーっと見ていた。
「寝そうだね。」
「…寝ない。」
笑いながら話しかけるゲンに少し膨れた顔で答える。
その様子を嬉しそうに目を細めながら見る。
全てのシーツを畳み終えたゲンはソウシの分も含めて棚にしまった。
「これで全部?」
「…ぜんぶ。」
「よし、ありがとう。」
そう言いながらソウシの頭をワシワシと撫でる。
チリンチリンと鈴の音が鳴る。
「ご飯の時間だって。早く行こう。」
そう言ってゲンは嬉しそうにソウシの手を引いて食堂へ向かった。