『燃ゆる国境、動く議会』
カーヴァル自治領・第七州境界線
夜空を裂いて、火の矢が飛ぶ。
国境を隔てるライン・ドレイン川の対岸から、次々に砲撃音が響いた。
東側に広がるバラル共和国は、即座に臨戦態勢へ移行。
しかしカーヴァル側からの声明はただ一言──
「演習だ。我々は侵攻の意思はない」
その一言で、戦火が止むわけもない。
バラルの民衆は怒りをあらわにし、議会では即座に“防衛即応法案”が提出された。
◆ ◆ ◆
一方、その混乱の只中。
ネクスは、都心部の高級カフェでバラル共和国中央議会・副議長と会っていた。
「で? 我が国の議会に、君のような“無所属の市民”がどう口を挟むつもりかな?」
傲慢な口調の副議長アリストン・ルルミール。
だがネクスは、それに動じる様子もない。
「戦争に金がかかるのはわかってるだろう。
でも、その戦争が“経済界のルート”を壊すとしたら?」
ネクスは静かに、ノート端末を出した。
そこには、カーヴァル自治領が行っている企業買収・通貨操作の証拠が並んでいた。
「こ、これは……」
「演習という名の示威行為。その裏で金融戦争がもう始まってる。
バラルが銃を撃ち返す前に、資本を防衛しろ。じゃなきゃ、君の議席も消える」
アリストンは顔を引きつらせる。
ネクスは立ち上がり、帽子を被った。
「俺はただの“情報屋”さ。君らのような立派な政治家じゃない」
その背に、アリストンは問いかける。
「君……本当に何者なんだ?」
ネクスは一瞬だけ振り返り、静かに笑った。
「……フリーターだよ」
◆ ◆ ◆
翌朝。
バラル共和国の議会は、突如“即時反撃を保留”とする新方針を発表。
メディアはどこからともなく流出した経済戦略データにざわつき、
世論は戦争回避派へと傾き始めた。
カーヴァルの“演習”は、外交的に追い込まれていく。
◆ ◆ ◆
同時刻。オステリア旧都の廃工場跡にて。
「ネクス、うまくやったな」
ブロイが無線越しに言う。
「ああ、だが“奴ら”はまだ出てこない」
ネクスは、ビルの屋上から遠くを見下ろしていた。
彼が睨むのは、“中立国レイニア”の特使団。
そこに紛れているという、“第三のコード保持者”の影。
「戦争は止めた。……次は、俺たちが始める番だ」
ネクスの眼光が、また一段鋭さを増していた。
◆ ◆ ◆
その夜、カーヴァルの軍施設で、銀髪の女が微笑む。
「ふふ。あなたが動いたのね、ネクス。けれど……間に合わないわ」
彼女はモーラ・エリヴィア。
その手には、ひとつの古い“暗号鍵”が握られていた。
「《コード08》――“リヴィア・テイル”は、もう我々の中にある」