『再会の亡霊たち』
空は鈍色に曇り、オステリア旧市街には冷たい風が吹き込んでいた。
ネクスは古びた時計塔の屋上で、ひとり佇んでいた。
ここはかつて、工作員たちの“集合地点”として使われていた場所。
今ではもう、誰も来ないはずだった。
……いや、来ない“はず”だった。
風の中に、足音が混じる。
「久しいな、ネクス」
声の主は、黒いローブに身を包んだ男。
顔の下半分を覆ったマスクの奥から、どこか懐かしい声音が響く。
「まさか、お前が生きていたとはな……“ブロイ”」
ブロイ・カルデア。かつての《アーク・ドミナ》所属工作員の一人。
ネクスと共に数多の作戦を遂行し、五年前の“ヴォルト戦線”で消息を絶った男。
「死んだことにしておいた方が、都合が良かったんでな」
ブロイは肩をすくめる。
「“モーラ・エリヴィア”が動いた。あの女の再起が確定した今、
お前が動くと思っていたよ。いや……動かざるを得ないか」
ネクスは沈黙する。
目を閉じれば、あの女の冷たい声が脳裏に蘇る。
《言葉で戦争を止め、刃で未来を奪う》
それがモーラ・エリヴィアの流儀だった。
彼女が復活すれば、ただの武力では済まない。
国家そのものが、“喉元から解体される”。
◆ ◆ ◆
「それで? 今回は何を狙ってる?」
ブロイの問いに、ネクスは答えずに小さく吐き捨てた。
「まずは、消えた三人の“コード保持者”を探る」
ブロイの表情が変わる。
「……“コード保持者”が関わってるのか?」
「ああ。ルート47が開いたってことは、あの三人の誰かが回線を通した。
その中に、“彼女”もいるかもしれない」
“彼女”。それが誰か、ブロイも尋ねない。
ネクスが唯一、感情を乱された過去の記憶の残骸。
◆ ◆ ◆
その夜。
港町ラクトムの古いカフェで、眼鏡をかけた少年が密かにPCを叩いていた。
彼の名はリド・アンスロット。元・帝国の情報技術士であり、
ネクスの“裏の顔”を知る数少ない生き残りの一人。
「……まさか、全員動き出してるのか?」
彼の端末に表示されるコード名:
《N-code 17》《B-code 05》《E-code 08》《M-code 01》
――かつての《アーク・ドミナ》中核メンバー4名全てに、活動兆候がある。
「戦争が、もう一度始まる。……影の中で」
◆ ◆ ◆
再び時計塔。ネクスは一言だけ、呟いた。
「ブロイ。次に動くのは、“カーヴァルの議会”だ。先に揺さぶる」
「了解した。……やっぱりお前が指揮を執るのが、一番だな」
ネクスは鼻を鳴らした。
「まだ“市井のフリーター”だぞ、俺は」
「なら、そのフリーターに、影の国が賭けられてることになるな」
ブロイがそう笑った瞬間、遠くで砲声が鳴った。
東方国境の“カーヴァル自治領”が、突然の武力演習を始めたのだ。
ネクスは、屋上からその方向を静かに見つめる。
目の奥の光が、再び鋭く――冷たく、戦場の色に染まっていた。