『ルート47、封印解除』
夜の屋台をたたみ終えたネクスは、港区の裏路地を抜けて歩いていた。
表情は無気力そのもの。猫背で、靴音すら曖昧な足取り。
だがその姿の奥で、別の意識が目を覚ましている。
(“ルート47”。まだ生きていたのか……)
頭の奥で、遠い過去の記憶が点と点をつなぐ。
それはかつてネクスが所属していた旧オステリア帝国の極秘裏ルート。
国家中枢のネットワークに直結する戦時通路と情報伝達網。
廃都サリクで封印されたはずの、国家の影が流れ込む管路。
復旧が意味するのはただ一つ――
**「誰かが、あの頃の亡霊を呼び戻そうとしている」**ということ。
◆ ◆ ◆
ネクスは古書店《ベルクロフト文庫》の裏口に忍び込んだ。
店主のグラッドは仮眠中。ネクスは合鍵で地下倉庫へ降りる。
地下三層の鉄扉の奥、石畳の床を外すと、
そこに**"ルート47"への鍵穴**が存在する。
何も知らぬ人間が見れば、ただの歪んだ金属板。
だが、銀貨を合わせると、ゆっくりと鍵が回り始めた。
ギギィィ……ッ
地下の空間に微かな振動が走る。
その奥にある通路から、冷気とともに“古い空気”が漏れてきた。
◆ ◆ ◆
ルート47内部──そこは地下鉄の廃駅を改造した構造だった。
苔むした構内。剥がれ落ちた広告。朽ちた線路。
だが、通信ノードと呼ばれる端末は、まだ生きている。
ネクスは一つの端末に手をかざした。
数秒の遅延の後、緑の光が点灯する。
「“N-code 17”、認証成功。ようこそ、工作員ネクス・アースト」
無機質な女性音声が響いた。
(……20年ぶりか。まだ俺の名が残ってるとはな)
かつてこのルートを使っていたのは、
帝国の影部隊に属する精鋭たちだった。
だが帝国の崩壊とともに、その存在ごと葬られたはずだった。
再びこのネットワークが動くということは、
かつての“影”の誰かが復帰した、あるいは――
◆ ◆ ◆
ネクスは端末を操作し、アクセスログを確認する。
そこには、つい三日前に行われた“強制復旧”の痕跡があった。
コード名:「イレギュラーS」
経由地点:「南バラル領/エリアB-7」
(“S”……まさか、あの少女か? だが、それだけではない)
画面の端に、もう一つのアクセス痕が残っていた。
コード名:《モーラ・エリヴィア》
ネクスの表情が一瞬で冷え切る。
(モーラ……。それがまだ生きていたというのか)
――“赤き調停者”モーラ・エリヴィア。
かつて帝国に敵対し、幾つもの都市を外交と暗殺で掌握した天才外交官。
ネクスが“過去に一度だけ、勝てなかった女”。
「……この世界、また面倒になりそうだな」
ネクスは端末を閉じ、ゆっくりと立ち上がる。
足元には、再起動したルートのシンボル──
オステリア帝国の紋章が、うっすらと浮かび上がっていた。
◆ ◆ ◆
その頃、遠く共和国バラルの地下研究施設。
暗いモニターの前に、ポンチョの少女──**“S”**が立っていた。
その隣には、細身の女がいる。
長く流れる銀髪に、冷ややかな微笑。
「動いたわね、ネクス。……やっと再会できそう」
女は静かに目を閉じ、呟いた。
「世界を変えるのは、剣じゃない。“言葉と、影”よ――」
【次回予告】
第八話『再会の亡霊たち』
かつての仲間、敵、裏切り者たちが、再び舞台へ戻ってくる。
ネクスが封印した過去が、静かに扉を叩く――。