『戦場に咲く白い旗』
連邦軍の前線基地跡地──北リルサ草原地帯。
ここには、20年前の戦争で大規模な魔導兵器が使われ、今なお“瘴気”が残る。
この地に、白い布が静かに揺れていた。
和平を求める旗。
しかしその裏で、銃声が絶えず響く。
◆ ◆ ◆
その日、ネクスは“タルゴ亡命成功”の報告を終えた直後、次なる任務の概要を受け取っていた。
――【帝国と連邦、北リルサ非武装地帯にて軍事衝突の兆候あり。和平会談に影の武装勢力が介入予定。阻止せよ】――
「和平会談に爆弾って、どんな悪趣味だよ……」
ネクスは身支度を整えると、今度は“正規の外交補佐”として、偽名とスーツで現地へ向かう。
オステリアは中立国家として和平の仲介役を任されていたのだ。
◆ ◆ ◆
現地の会談テントでは、帝国と連邦の代表団が向かい合っていた。
だがその空気は重く、言葉を交わすどころではない。
それもそのはず。前日、連邦側の監視塔が何者かに爆破されていた。
「これは帝国の仕業だろう!」
「根拠のない憶測を並べるな! むしろ貴様らの自作自演だろうが!」
両国代表は激しく対立。和平どころか、今にも銃火を交えそうな雰囲気だった。
その時、オステリア側代表補佐――仮の名“レド・サーベル”として参加していたネクスが静かに立ち上がった。
「どちらも“違う何か”に踊らされている可能性を考えてみては?」
全員が一斉に彼を睨む。
「“第三の影”です。今回の破壊工作に用いられた爆薬は、どちらの軍の制式装備にも該当しませんでした。
代わりに使用されていたのは、“オルグ=ティレ社”製――共和国同盟で民間流通している爆薬です」
「……共和国がこの和平に介入したと?」
「現時点では“傭兵”を装った個人犯か、企業の独断か、断定できません。
ですが、和平を潰したい第三者がいるのは確かです。
我々が火をつけ合えば、喜ぶのはその影だけでしょう」
沈黙。
そして、帝国代表がゆっくりと言った。
「……オステリアはこの状況をどう見る?」
ネクスは白い布を手に取った。
「これは“降伏の象徴”ではない。
誤解と猜疑にまみれた戦場に、一つの“冷静な視点”を立てるための旗です」
彼の言葉に、連邦代表がぽつりと漏らす。
「……それは、昔の“彼”が言っていた言葉と似ているな。
“情報は兵よりも強い剣だ”と……」
◆ ◆ ◆
ネクスが会談後、テントを出ようとした時。
背後から連邦代表の補佐官がこっそりと声をかけてきた。
「あなた……どこでその言葉を聞いた?」
ネクスは立ち止まる。
「今はただの屋台の主人ですよ。客の話を聞くうちに、色んな名言を拾っただけです」
補佐官はそれでも視線を逸らさず言った。
「“情報は兵よりも強い剣”――それは、10年前に連邦を出奔した天才諜報員、
コードネーム【ゼロ・ルート】が遺した言葉だ。……彼は、生きているのか?」
ネクスは、少しだけ目を細めた。
「死んだんじゃないですか? “表の歴史”では」
そしてそのまま、夕暮れの草原へと歩き出す。
白い旗が、夕焼けに照らされて風に舞っていた。