『汚職と青空レストラン』
フォルアレス首都圏、南区。
廃線になったモノレールの下で、小さな屋台がぽつんと煙を上げていた。
木製の看板には、手書きの文字でこうある。
《青空レストラン・ルドロ屋》
小さな屋台だが、昼時には10人以上の行列ができる隠れた人気店。
理由はただ一つ。シェフが“超一流”だからだ。
「はい、焼き魚定食おまたせ! あ、今日の味噌汁は地元のユル根菜入りだよー!」
明るい声で注文をさばく青年シェフ――ルギス・アルミア。
その姿は、昨夜ネクスとして帝国の兵を圧倒していた男とは到底思えない。
割烹着をまとい、笑顔を振りまきながら働く彼の周囲には、今日も常連と噂好きが集っていた。
「なあ、ルギスくん。この間ノルカでまた帝国が演習したろ? あれ、連邦は何してんのかねえ?」
「どうせまた“遺憾砲”じゃないですか? 口だけの平和主義者連中め」
「いやいや、それ言うなら共和国同盟だろ? “中立の砦”とか言っといて、裏で兵器横流ししてるんだぜ?」
客たちは笑い混じりに国際情勢を語る。だが、それは決して遠い話ではなかった。
ここ《オステリア自治国》は、まさにその三大勢力の緩衝地帯に位置する“板挟み国家”だったのだ。
ルギスは笑いながら客の相手を続けていたが、内心では別のことを考えていた。
(……共和国同盟の動きが妙に静かだ。いつもならあの演習に“人道支援”名目で何か送るはず)
思考の端で、先日のノルカでの戦いを反芻する。
帝国兵の行動には、明確な“偵察”以上の意図があった。
あれはただの演習ではない。何かを探していた――あるいは“仕掛ける”ための布石だった。
(となると、次に狙われるのは……)
「……外務省の連絡だよ。例の汚職調査で急遽呼び出しだって」
屋台の裏から、クラリカが顔を出した。メガネを少しずらしながら、やれやれとため息。
「まったく……あんたが辞めたあとも省の連中はあんたに頼りきりよ」
「こっちはこっちで繁盛してんだけどなぁ。昼は屋台、夜は英雄。過労死一直線だよ」
「誰が“英雄”よ……」
クラリカはそう言ってルギスの瞳をまっすぐ見たが、すぐに視線をそらした。
「……でも、また国が動くわ。オルデラ帝国の内部から“爆弾”が出るかもって」
「爆弾?」
「情報よ。帝国軍と、共和国の“裏商人”が組んでる証拠が出回るって噂。
……それが本当なら、世界地図が一枚、塗り変わる」
◆ ◆ ◆
その夜。
ルギスは屋台の後片付けを終えると、そっと黒い鞄を開ける。
中には、あの仮面と外套。
そして、新たな任務の情報が、エンコードされた水晶に映っていた。
「“元帝国情報将校が亡命の意志あり”。……場所は――共和国同盟、リュナステル第三区」
彼の眼差しが、一瞬鋭く光る。
「なるほど。
戦争の火種ってのは、いつも“平和の交渉”の席で生まれるんだな」
彼は仮面を手に取った。
今夜もまた、“誰にも知られず”に世界は一つ、崩壊の一歩手前から救われる。