『境界線にて死は踊る』
ヴェレシア大陸・北部ノルカ辺境自治区。
そこはかつて、帝国と連邦の緩衝地帯だった。だが今は違う。帝国が一方的に軍を進め、連邦がそれを黙認するという、歪な平和協定の隙間にある“静かなる戦場”だ。
夜。森の奥。
深く息をひそめる帝国兵の小隊。彼らの前に広がるのは、戦術的に無意味なはずの廃村。
「隊長、本当にここに“奴”が出るって情報は確かなんですか?」
「確かじゃなきゃ、お前と俺は今ごろ酒飲んでた。……奴が現れた戦場は全部終わってる。跡形もなくな」
兵士たちの緊張が伝染する。
──次の瞬間だった。
風が止まった。空気が震えた。
月明かりが、黒い影を浮かび上がらせた。
「――!」
一人の人影が、隊のど真ん中に“立っていた”。
音もなく。気配もなく。気づいた時にはそこにいた。
仮面。黒い外套。指先から漂う圧倒的な“異質”。
「ネクスだッ!」
叫んだ瞬間、爆ぜた。
視界が閃光に覆われ、次に見えたのは、隊員の一人が宙に浮き、骨ごと砕けていた光景だった。
「反応すらできねぇ!?」
「射てッ!撃てぇぇぇッ!」
銃声。魔術。対人用自律兵器。全てが影に吸われ、そして──
“それ”が一歩、前に出た。
足元から崩れるように、兵たちが次々と倒れていく。
殺されているわけではない。戦意を失い、力を奪われているのだ。
「こいつ……何を、した……!?」
最後に残った隊長の声が震えた。
ネクスは一言、低く囁いた。
「裁定だ」
その瞬間、隊長の身体から力が抜け、意識が沈んでいった。
──“悪意の因果”を、そのまま自身へ返す。
それが、ネクスの能力《因果反射》──“カルマ・ジャッジメント”。
◆ ◆ ◆
一方、首都フォルアレス。
外務省の地下にある特殊案件保管室。
職員たちが真っ青な顔で監視映像を見つめていた。
「やはり……ネクスが動いた……!」
映像には、無音のまま帝国兵を制圧する仮面の男の姿。
「どうして毎回、彼は“我々の敵だけ”をピンポイントで潰すんだ……」
「……だが確かに言える。奴は、我々の味方ではない。正義ですらない」
「なら、何だというんだ?」
沈黙が走る。
誰かが、ポツリと呟いた。
「……“世界が定めた、歪みへの拒絶”──それがネクスだ」
◆ ◆ ◆
戦場の廃村にて、ネクスは一人、倒れた兵士たちを見下ろしていた。
誰も殺していない。だが誰一人、立ち上がれない。
空を見上げる。
月が陰り、風が再び動き始める。
ネクスは仮面を外し、ルギスの顔に戻る。
「……これで、ノルカへの再侵攻は半年は止まる。
その間に資金を回せる。店の再建計画も、ようやくスタートラインか……」
誰にも知られず、戦争を止め。
誰にも気づかれず、ただの男として、ささやかな願いを追う。
それが彼の“もう一つの顔”だった。