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三題噺もどき4

道中

作者: 狐彪

三題噺もどき―ろっぴゃくろくじゅうなな。

 



 端の方がほんの少しだけ欠けた月が、頭上に浮かぶ。

 曇っているのか、星は所々見えない。

 今週は天気が安定しているようでしていない。昨日晴れたと思ったら今日は雨だったり、かと思えば翌日は気持ちよく晴れたりしている。

「……」

 今は雨の匂いはしないが、明日にでも降るのかもしれない。少し風が冷たい。

 夜風に吹かれながら歩く散歩は慣れたものだが、いつでも心地がいい。

 冬は確かに寒いし、夏は蒸し暑くなるが、それでも歩けば風が吹く。

 それだけでも十分な気分転換にはなるし、体がなまらなくて済む。

「……」

 先週は世で言うゴールデンウイークというもので、この辺りは少し閑散としていた。

 学校も休みだろうから、夕方の騒がしい声が聞こえなかったのは少し寂しい感じがした。

 少し前まで花見だなんだと騒いでいたのが懐かしく思えてしまう。

「……」

 そんな大人たちも子供たちも、今日……というか昨日から通常通りの生活に戻っているのだろう。寝起きがてらに眺めていた夕日に照らされる人々が、心なしかいつも以上に疲れて見えたのは、けして見間違いではない気がする。

 どこかこうくたびれて見えた。子供はそうでもないかな……いつも以上に元気にはしゃいでいたはずだ。久しぶりに会う友達との会話が楽しかったのだろう。

「……」

 生憎、私自身は連休も関係なく仕事をしていたので、そういう感覚はあまりない。そうでなくても、他から見れば毎日家に引きこもって一体この人は働いているのかどうかという感じに見えるだろうからな……忙しない日々ではないから。

「……」

 そんな私でも、連休明けというのは、仕事に戻るのに少々手間がかかるのは分からなくもない。

 年末年始は休みをもらうから、それから戻るのは気持ち的には面倒だったりするもの。体力的には何も問題ないのだが、どうにも追い付かないものがある。

「……」

 しかし、それを理由に仕事を休むわけにもいかないのだろう。

 学校を休むわけにもいかないんだろう。

 そう簡単に休むことが出来ないのは、社会の不思議なところだよなぁ。

 まぁ、私はそんな社会からは外れたところにいるからこうして、ゆっくりと散歩ができているのだろう。

 他人の庭に咲く薔薇に眼をひかれたり、未だに空を泳ぐ巨大な鯉を目の当たりにしたりする余裕があるのは、今の生活のおかげなんだろう。

「……」

 それもこれも、生活を共にしている者がいるからであって、アイツの支えなしでは必要最低限の生活すら困難だっただろうと容易に想像がつく。

 毒薬を飲まなくて済むようになったのも、常に何かに怯えなくて済むようになったのも、すべてアイツが居たからだろうと心の底から思う。

 当の本人は、あれもこれも仕事だと割り切るし、面白くない所も可愛くない所もあったりするが、まぁ、照れ隠しだと思っておこう。

「……っと」

 そんな今の生活に想いを馳せながら、ぼうっと歩いているから、持ち物を落としそうになるのだ。なで肩でもないはずなんだが、鞄の紐がずり落ちた。

 その中身は、仕事で使った数冊の本である。

「……」

 先週の頭くらいに、急遽で本が必要になり、買うのも難しいもので。

 いつも以上に早く起きて、閉館間際にならないような時間に図書館をたずねたのだ。

 それなりの時間ではあったが、案外人が居て驚いた。学生というのはこの時間まで勉強をしているのかと思わず目を見張ったものだ。

「……」

 その本を今日は返しに行こうと散歩がてら向かっている。

 直接返した方がいいのだろうけど、外に返却ボックスがあるので、それに甘えることにした。せっかくあるものは使わなくては。

「……」

 見えてきたのは市役所と併設されている地元の図書館。

 外界とガラスで仕切られた中では、月夜に照らされる本が並んでいる。

 窓際には椅子が数台並んでおり、ここで本を読めばきっと気持ちがいいのだろう。

「……」

 その入り口に置かれた、ポストのような形をした返却ボックスに本を丁寧に入れていく。

 軽くなったカバンをたたみ、ズボンのポケットに入れておく。

 また何かタイミングがあえば、来てみたいものだ。

 そう思いながら、踵を返し、空を見上げる。

「……」

 さて、帰ってまた仕事をしなくては。





「戻った」

「おかえりなさい、返せましたか」

「あぁ、と言ってもボックスに入れただけだがな」

「そうですか……中に入ったりしてませんね?」

「いつの時代の話をしている」








 お題:毒薬・薔薇・図書館

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