当主とは
兄様が俺の手を取ってくれて。
俺はお父様たちが話しているのを書き留めていたノートを見せた。
「しっかり記録してるんだね」
兄様は俺に優しく笑いかけてくれた。
「聞いてることしかできなかったけど……。いつか兄様たちの役に立てたらって」
邪魔してはいけない。
だから黙って一人でなにかをしていればなにも言われなかったから。
いつか兄様たちの会話に入れるようにって。
「兄思いのいい弟だね」
……兄様。
俺を肯定してくれる兄様。
俺に優しく笑いかけてくれる兄様。
俺に会いに来てくれる兄様。
あの日から兄様とは週に一度、おじい様のお屋敷のお庭で会うことにした。
おじい様にもお許しをいただいて。
「二人で庭で遊びたいと?」
「はい。お祖父様。お祖父様の自慢の庭を。お屋敷を。二人で満喫したいんです。僕たちの兄弟はそれぞれ忙しそうなので……。こうして月に一度、お屋敷にきていますが、知らないところが多いなと思って」
「私はいいが……。お前たちはいいか?」
「ええ。ええ。お父様がよければ」
「こちらも問題ありません」
お父様もお母様もみんな、俺たちがいないことに喜んでいるみたいで。
とてもいい顔をしている。
……そんなに俺がいないほうがいいの?
そんなに邪魔なの?
「なら二人ともここに来るといい。ただ」
「はい」
何だろう?
「ここに来たら、私に声をかけること。私とお茶をすること」
「はい。おじい様」
おじい様の要望はそれだけだった。
わざわざそんなこと言わなくても、お声かけはするのに。
勝手にきて、勝手に帰るなんてしない。
でもお茶は意外だったな。
「今日は天気がいいから、庭でお茶にしようか」
「はい。ありがとうございます。おじい様」
「どうぞ」
椅子をひく兄様の姿はとてもきれいで。
「ありがとう」
俺はただ見てることしかできない。
兄様とこうして過ごして、兄様は俺のことをすごくほめてくれるけれど。
「ダイアスポアは、スポンジのようにいろんなことを吸収している。それをしっかりとこうやって書きまとめて、自分でできるように、理解できるように今学んでいるところなんだと思うよ。だから、今はまだできなくてもいいと思う。少しずつ。少しずつできるようになったらいいよ」
兄様は俺を肯定してくれる。
「二人は談話室でもよく一緒にいるが、二人は丘の事はどう思っている?」
俺たちが丘について調べていることをおじい様には伝えていた。
「このお屋敷に来たいのは丘について知りたいからです。当主。よければ、お屋敷の書庫の出入りをお許しいただけませんか」
このお屋敷に来て、初日におじい様に兄様が言ったことだ。
あの場ではそのことを言わなかったのは、お父様たちが知ってついてこられても困るから。と兄様はおっしゃっていた。
全部兄様が手配してくださっている。
……俺はおんぶにだっこだ。
「この前、ダイアスポアが見つけたのですが。この本って歴代の当主について家を出られた方の目線で書かれているもののようですね」
「ああ。そうだな。この家では出ていく家族の方が多いから」
おじい様のいる第一のお屋敷に住めるのは、当主と配偶者と未婚の子どもだけ。
結婚した子どもは別の屋敷に出る。
そうして、次の当主が決まったら、その当主以外の一族の者は外に出ていく。
この家から出ていく。
この家は当主だけの家になっていく。
「おじい様で102代目ですけど。おじい様のご兄弟の方はどんな方でしたか?」
兄様はこの家の歴史を学ばれている。
そこから紐解こうとされている。
「そうだな……。どんな人……か。兄弟がいるけれど、家の決まりにのっとり、二人ともここをでて、それぞれ家族がいるよ。連絡をとってはいないからどうしているかまでは知らないけれど。とても優秀な二人だよ」
穏やかな笑みを浮かべている。
「では101代目はどうでしたか」
先代当主のこと?
「とても優秀な方で尊敬しているよ。歴代の当主のように。自分もそうあれればと思っているよ」
「おじい様はうそをついたね」
え?
お茶が終わって。
庭で二人になったところで、兄様がつぶやいた。
「嘘って?」
「ああ。連絡をとっていないという点かな。少なくともおじい様は連絡をしていた。外に出られた他の家族の様子を確認されていたみたいだよ」
「それがどうしたの?」
「これを読むといいよ」
俺に本を差し出してくれた。
「もう兄様読んだの?」
見つけてから兄様が先に読まれるようにお渡ししていたけれど。
結構分厚いのに読むのははやいな。
「うん。先に読ませてくれてありがとう。これを読んだらきっとわかるよ」
……俺読めるかな……。
「大丈夫。ゆっくり読むといいよ。この家が外からどう見られているのか。それを知ることが大切だよ」
「それか丘につながるの?」
「つながるよ」
兄様は自信のある笑みを浮かべている。
……俺にはわからないけれど。
きっと兄様にはわかるんだ。
何が必要で何がいらないのか。