俺たちの家
俺の家は、大きな家で。
この敷地の中に家が七つあって、おじい様がいる場所が一のお屋敷で。
二のお屋敷に長男の家族。
三のお屋敷に次男の家族。
四のお屋敷に長女の家族。
五のお屋敷に三男の家族。俺の家。
六のお屋敷に次女の家族。
みんなバラバラの家に暮らしている。
でも、家のきまりで、月に一度。
おじい様の一のお屋敷で夕食をみんなで一緒に。
そこで俺はいつも決まって兄様と遊ぶ。
兄様といっても親が同じ兄様じゃない。
いや。
兄様はいるんだけれど。
従妹の兄様だ。
実際の兄様たちは年が離れているし、仲が良くなくて。
兄様は俺を救ってくれた。
「ほんとなにもできない子だね」
「いいかい? お兄様たちの邪魔をしてはいけないよ」
「おまえはなにもしないでそこにいろ」
「だまってろ」
「ほんとどんくさい」
「何してんだよ。ったく」
「だから邪魔しないでっていってるでしょ」
「お前はなんにもできないんだから。どけてろって」
物心ついたときから、お父様とお母様たちは兄様たちにしか目をかけてなかった。
当主になるために勉強もマナーも。全部。
俺には全然なにもなくて。
視界にすら入れてもらえなくて。
だから、おじい様の家のご飯の時間も、隅っこに座っていて。
そんな俺に兄様は声をかけてくれた。
「どうしたの?」
「え?」
「こっちに座ったら? 空いているよ」
談話室の空いているソファを指さしていた。
「……俺はここでいいよ」
「……そっか。なら僕がとなりに座ってもいい?」
「え?」
「おかしなことをいったかな?」
首を傾けて俺にほほ笑む兄様はとってもきれいで。
「この部屋は広いから。どこに座ってもいい。決まった席はないから。まあたいていみんなそれぞれ親のもとにいるみたいだけれど。……聞いていてあまり楽しい話じゃないから」
ふふっと笑う兄様。
「……第四の家……スファレライトさんですよね」
「ああ。そうだよ。君は五の家の末っ子のダイアスポアだね。僕は第四の末っ子だよ」
……俺よりは上で、兄様たちよりは下だったはず。
……。
従妹たちはそれぞれ似ている。
でも俺は兄様たちとあまり似てない。それもあってあんまりお父様もお母様も俺を見ない。……ちゃんと二人の子であることは、確認しているようだけれど。
「兄たちが話しているのは、この家の当主になるための必要なことを話している。……君も知ってるよね。この家の当主は特別な方法で決まる」
丘を見つけたものに全ての財産と当主の座を譲る。
制限は40歳まで。
現当主ラズライトが40のときに花園を見つけたことが理由。
見つけた証拠として、丘の花を答える。
おじい様が当主になられた時に宣言されたことだ。
次の当主の条件。
それが丘の花の名前を知っていること。
この家は代々そうして当主を決めてきた。
だからおじい様もそれにのっとると。
……俺には関係のないことだ。
「うん。……でも俺には関係ないよ。お父様もお母様も兄様たちにしかその話をしない。俺は何もできないから。二人みたいにうまくできないし、二人みたいに頭良くないし、二人みたいに……」
「今」
うつむく俺を兄様は覗き込んで。
「制限の40歳。それに該当しないのは孫たちだ。もうおじい様からみての子どもたちには権利はない。だから必死になって、みんな自分の子どもに当主になるための勉強をさせている。……屋敷の中にある書物やお墓、敷地を調べ廻っているけれど。だれもまだ見つけられていない。その丘を。ふふふ。当主になるにはまず条件に当てはまらないといけないけれど、40歳になっても、マナーや当主としてのふるまいを知らなかったら問題だからって、先にそっちばっかり勉強している。……本当に丘を見つける気があるのだろうか」
……優しい目に優しい微笑み。
でも。声は。
声は、とても冷たい。
「兄様は当主になりたいんですか?」
「んーどうだろうね。この家の当主の立場は難しいから。確かに相続するものは大きいし、この屋敷の敷地に住むことができるのも、当主とその家族だけだからね。この家を出るものがほとんど。僕はこの家でみんなと仲良く過ごしたいと思ってるよ。この家の決まりを変えるには、当主になるしかないんだろうけれど。それがこの家にとっていいのかどうかもわからないけれど」
……兄様はしっかり考えている。
俺なんか何にもない。
「……どうして俺に声をかけたの?」
ここでようやく俺は聞いた。
「ああ。おかしなことではないと思うよ。従弟がいて。声をかけた。それだけだよ」
ごく当たり前の事のように。
「……でも俺と話しても何にもないよ? 俺、邪魔みたいだから」
……言われるのと、言うのでは、こんなにも苦しさが違うのか。
「誰にとって邪魔なんだろうね」
「え?」
「君のことを邪魔だというのは、誰の目線にたってのものなんだろうねって。たとえ、叔父様や叔母様がそういったとして。君のお兄様がそういったとして。それを君が気にする必要はあるのかな?」
「……どういうこと?」
「君の事を邪魔だと周りがどれだけ言ったって。君の存在を否定することは誰にもできない。だって。君は実際いるのだから。僕の目の前に。だから邪魔と言われたって、そんなこと気にする必要はないと僕は思うよ。君は君だから。君の存在に口出ししていいのは、君だけだよ」
……。
…………。
「あれ? 変なこといったかな?」
………………。
「……ありがとう」
兄様の言葉で俺は救われた。
そうだよ。
どんなに、お父様に。お母様に。兄様たちに言われたって、だからといって、みんなが俺をどうにかできるわけじゃない。
俺がこうやって隅っこにいるのは、俺がしているから。
邪魔と言われて俺がしたこと。
でも、言われたからってそうしないといけないわけじゃないし、俺がそうしたくないならしなくていいんだ。
だって。
俺の事は俺が決めるんだから。
俺が俺を邪魔だと思っていないなら。
兄様たちの邪魔だと思ってないのなら。
俺は邪魔じゃない。
「どうしたしまして」
まっすぐ兄様を見る俺に、とっても優しい笑顔を向けてくれた。
「兄様。俺。兄様に当主になってほしい。兄様が当主になって。俺、兄様の役に立ちたい。だから。……これ」
それが俺のしたいこと。
それが俺の存在。
「……役に立つとか立たないとか関係ないよ。その気持ちがとっても嬉しいよ」
俺が兄様の手を取った日だ。