プロローグ
「兄様……。ここが俺たちが探していた。……兄様が求める幻の丘? こんなところが?」
「むやみやたらに進むものではないよ。何があるかわからないからね」
「あ……。そうだね。ありがとう。兄様」
ずかずかと足を踏み入れる弟を止める。
……この子の目には、こんなところ。か。
「こんな焼け野原みたいなところが本当そうなのかな?」
僕を見あげる弟の目には焼け野原に見えているのか。
「集めた資料からしてここだと思うよ」
にっこりと笑いかける。
「でも。それだと場所がわかっても、当主に必要な答えがわからないよ。だって花の名前を答えるんでしょう? ……花なんて……」
焼け野原に視ているここは、僕には。
「お兄様! ずるいです!」
愛らしい声が響き渡った。
バッと振り返る弟にたいして、僕はゆっくりと動く。
どんな時も。
「どうしてここに!」
パタパタとかけよって声の主は僕たちの最愛の末っ子。
「お兄様たちがこそことと何かしているなーって。それであとを追いかけたのです! ずるいです!お兄様たちだけこんなにもきれいなお花畑を知ってるなんて」
その言葉に、弟は息をのんだ。
「……キレイ?」
「うん! とっても」
満開の笑み。
ああ。
……この子にはそう見えているのか。
「兄様……?」
表情を変えず、黙っている僕を不安そうに見ている。
大丈夫。
「おいで」
両手を広げると、嬉しそうに飛びついて。
目線を合わせて。
「内緒にしたのはね。ここにたくさん人が来ないようにするためたよ」
「……どういうこと?」
「きれいだといったね?」
「うん」
「ここをお父様たちにお話ししたいって思ったでしょう?」
「うん」
「そうしたらたくさんの人がここに来るね」
「うん。お父様にお母様。お兄様たちにおば様たち。おじい様も」
「そうだね。家族だけでもたくさんいるね。他の人に話したらどうなるかな」
「もっとたくさんここにくる……」
「そうだね。みんながここをきれいなままにしてくれたらいいけれど、それはどうかな」
「よごさないでってお願いする」
「うん。そうだね。お願いしよう。でもお庭はどうかな」
「おにわ?」
「うん。みんなできれいにしようねって約束しているお庭。約束を守っても、手入れをしてもらってるね」
「……うん。庭師の人がきれいにしてくれている」
「そうだね。どんなにきれいなままにしたくても、僕たちがふれると、きれいなままではなくなるんだ」
「……それはいや」
「うん。僕も嫌だよ。きれいだと言ったここを、僕もきれいなままにしていたい。だから内緒。僕たち三人の秘密だよ」
二人にいつものように笑いかける。
「……うん。そうだね兄様」
弟はわかってくれた。
「……うん。ないしょにする」
しぶしぶ、うなづいた妹。
「ありがとう」
ああ。
本当に僕の弟は。
妹は。
どこまでも愛らしい。
僕を慕う弟の眼には焼け野原に見えて。
僕たちになつく妹の眼には花畑に見えて。
僕の眼には。
泣きたくなってしまうくらい。
悲しい崖だった。