19。杏の過去
「君たちが最初のスノードロップの隊員だ。詳しく言えば、梨那が一年先輩だけど。
ああ、あと今日から君たちの名前はーー玉、月だ。 そして今から二人には龍元へ行き、体術や剣術を身につけて帰ってくるように。
これから仲間…… 家族だ。家族が増えていく。そしてこの家族の名前が ”スノードロップ” という。
いいかい、君たちは私たち政府の言うことは絶対だ。君たちの意思は関係ない」
本当の家族なんてない、梨那と梓はこの水本のいうことが全てになっていた。梨那は、この時もうすでに自分の父を殺しており心は崩壊していた。おかしくなってしまわないように、自分の心を無にしていた。
それでもこの水本の命令だったこともあり、恐怖感を抱いている様だった。震えていて口を開けないでいた。
「「……」」
「返事をしなさい。私の言うことは絶対だ。」
「……はい」
玉と呼ばれた小さい身長の子がさらに小さくなって返事をした。それを見て、月は不思議だと感じていた。私を助けてくれた、人なのに。なぜそんなに、震えて恐れるのか、そんなにこわい人には見えないと思っていた。
玉は、自分の父親を自分の手で殺してから心にヒビが入ってしまった。おかしくなって暴れたりはしないが、心がなくなってしまったように無になってしまっていた。
月は、そんな背景があったことはつゆ知らずそんなことを考えていた。そしてふたりは、船に揺られ龍元についた。
船から降りたところで、別の船の乗り口から走って逃げている全身血まみれの女の子がいた。
ーーそれが、杏だった。
杏の母と父は再婚だった。母の連れ子が叶果 当時5歳で、父の連れ子が渉 当時20歳。
渉が剣術を学びたいと国に申請をしており、許可が下りたタイミングで再婚をした。龍元へ全員で行くことにした。
剣術を学ぶ半年を龍元を楽しもうとしたのだ。鎖国をしているが華楽のように徹底した管理をしておらず、アルタイアからやって来ていた奴隷商人が港に待機していた。
そこに下りてきた珍しい華楽の幼い子供。格好の餌食となってしまったのだ。
ナイフを持った男数名に船の入り口を囲まれた。かなり大胆な犯行で、港から真っ直ぐに大通りが伸びその先に王城につながっている。こんな大胆なことをする人は、なかなかいない。
案の定、近くを通った住民が王城へ行き報告に行っていた。
「な、なんですか! この子は、渡しません!」
「へへへへ。渡しません、だってよ。どうするよ〜」
「お、おかあさん、こわいよ」
母のスカートをギュッと握りしめた。その様子を見守っていた渉が叶果の頭を撫でた。
「大丈夫。僕もいるからね。お父さんもいる。それにこんなにたくさんの人がいる」
「……うん」
「渡してくれないって言うんなら、このナイフで殺しちゃおうか〜さあ、それが嫌なら渡すんだ。……カウントダウンしたらいいか?
ーーさーん。にー。いちー。時間切れだ。 ……へへへ、お楽しみ時間だな〜」
「「わああ」」」」
ナイフを手にした人や銃を手にした男たちが船に乗り込んできた。真っ先に母が射殺された。目の前で自分の母親が射殺された。叶果は、母から血飛沫をあげて床に倒れるのを見ていることしかできなかった。とてもスローモーションに感じた。
パーーーン、バタン
「あ、あああ。お、お、おかあ…さん。」
渉が、母に縋るようにしゃがみ込んだ叶果に向かってきた男に独学で学んだ体術で一人倒していく。その隙に渉が、叶果の手を握り立ち上がらせようとした。渉は、後ろからナイフで心臓付近をひとつき刺された。
胸からも口からも大量の血が吹き出す。頭上から渉の血が降りかかる。その光景に慌てた父が、返り血を大量に浴びた叶果を後ろから押した。
「こ、この子を差し上げます。だから、私のこと、それから他の人を見逃してください!」
「へへへへ。物分かりのいい奴は好きだ」
「ひぃ! 差し上げますから! それ、それを下ろしてください!」
奴隷商が父に銃口を向けていた。物分かりのいい奴は好きだ、その言葉とは裏腹の行動に父親は小さく悲鳴をあげている。さらに怯えた父親は、叶果の背中をさらにぐいぐいと押して突き飛ばした。
突き飛ばされて、奴隷商人の方へふらついた。驚きで、父親のことを見た。叶果はみた父親の表情は、苦し紛れの笑みを浮かべている。
「ほ、ほら。ね? これでーーー」
パーーンッと鳴り響き父は倒れた。叶果は、たまらなくなり走って逃げ出した。
船の乗り入れ口まで走ったところで、奴隷商に距離を詰められる。
玉は、その光景を目にしてさっきまで動かなかった心が震えた。何かを考えるより先に体が動いた。
タタタっと走って叶果の元まで近寄り、懐からナイフを取り出して 追ってきていた男めがけて投げつけた。
「ねえ、だいじょぶ? こっち」
玉は、月のいるところを指を指して引っ張って走り出した。そこに話を聞きつけた雲嵐がきてささっとその場を収めた。
その戦闘をじっと紫の瞳で見つめていた。
「ねえ、あなたの目。きれいだね」
「……」
「ねえ。あなた。目の前でかぞくが死んでしまったのに、へいきなの?」
月が叶果の前に来て聞いた。自分の時は、死後だった。それでもかなり、悲しみに暮れていた。
「……。でも。もう、もどらない。おかあさんが、死んじゃったおばあちゃんは、もどらない。死んでしまったら、 ”てんごく” ってところであそべるって。」
「……わたし、おかあさんもおとうさんも、おじいちゃんおばあちゃん、みんないない。でも、みんな、たのしいの、かな」
華楽をでてから月との間で、一言も話さなかった玉が辿々しい話し方で言った。
月は、こんなに話せる玉に驚きながらもこの子にも悲しい過去があるんだ。そう思った。その悲しみから、言葉を忘れたかのように話さなくなってしまったと考えた。
「あなたのおかあさんたちも、もういないんだね。私も。私たち、おなじだね」
その言葉を聞いた玉がぱっと顔を上げて、初めて月と目があう。
「おしえてくえる、ひと。あのひと。にする。つよおい、にならない、と。
しんじゃう。から。……いきる。から」
玉は、雲嵐を指を指して言った。月は、言葉のおかしなこの子は本当になにかがあるのだと感じさせた。元々、長女だ。その血が騒ぐかのように、この子のことを助けてあげたいそう感じる様になった。それを、自分もあなたと同じなのだから一緒に頑張ろうと伝えることにした。
「私もつよくならないと、おかあさんたちのおはか、いけないの」
「え、え、私はきょうか。いっしょにいい?」
そう言って3人は、雲嵐のもとへ駆け寄って水本に渡された紙を見せた。
「「でしにしてください」」
水本に教えられた言葉を玉と月が言った。その隣で叶果は、うんうんと首が取れそうなほど頷いていた。雲嵐は、渡された紙に目をさっと通した。
「付いてきなさい。まずは、湯浴みをしてきれいにしようか」




