14。3人と師
衝撃の話をいったんお開きにして、久しぶりの師との稽古が始まった。
玉は、気持ちを切り替える。頬を叩き、深く深呼吸をした。
まずは基礎である柔軟や肉体トレーニングから始まった。
(懐かしいな。まだ小さかった私たちの基礎ができたトレーニング。)
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玉4歳、月7歳、杏5歳。
「玉、体の使い方が間違っているよ。隙だらけでは、隙をつかれてしまうよ」
雲嵐は、玉の頭を撫でて隣に並んだ。
「はい!」
「いい返事だね。それじゃあ、脇を閉める。
そうしたら、左手をパーにしておでこの高さに持ってきて手のひらを私に見せる向きにする。
そのまま肘を伸ばして。」
「はい」
「そう。次は、右手はぐーにして腰に持ってくる」
「〜〜! できない!! 雲嵐さま」
「玉、雲嵐ではなく師。だ。
それと、できない、ではなくできません。だよ。 ”敬語” を使うんだ。」
「けい、ご? お勉強で教えてもらったやつ? ……です。か?」
「そうだよ。今はまだ慣れなくて難しいかもしれないけど。
そのうち簡単になるよ」
「うんら、 ……し? よくわからない。ます?」
「ははは。そこは、よくわかりません。だね。
大丈夫、ゆっくりやっていこう。」
「はい!」
「じゃあ、もう一度基本の姿勢から。」
雲嵐から玉は、ゆっくりと基本姿勢を教わっていた。その二人に、元気よく杏がやってきて声をかけてきた。パタパタと音を立てて走っている姿が見える。
「ぎょく〜、きょうかも一緒にやる〜」
「杏。君の名前は、叶果ではなくて杏だ。」
「なんで?自分の名前を変えなくちゃいけないの?」
「玉だって、本当の名前ではないんだよ。
ここで生きていくために必要なことなんだ。我慢してくれるかい?」
「ぎょく〜? ほんとうのお名前を教えて! きょうかが、その名前で呼ぶ!
だからきょうかって呼んでよ〜」
「えっ、」
「杏、毎日言っているようにその名前を言うなら肉体トレーニングを増やすよ。
もうその名前を口にしてはいけないよ」
「ええ〜もう嫌だよ〜〜!
ここにきてから、嫌なことばっかり」
杏は、枝を見つけてアリの巣を突っついた。
「師、柔軟終わりました」
「月もこちらで基礎をやるよ。こちらにおいで。
……さあ? 杏は立ってこちらで同じことをするんだよ 」
「は〜い」
「左手をおでこにーーーー」
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まだここにきた時のばかりのことを玉は、思い出していた。
( 本当に懐かしい。なんだかんだ全然変わらないんだよね)
「玉、基礎を怠っていたのかい? 脇を占めて隙を無くすんだよ」
「はい。師」
「ははは。こうして3人が私の横に並んで基礎姿勢をやっていると昔を思い出すねえ。
また、こうしてゆっくり基礎からやれることに感謝しないとだね」
「ちょうど私も思い出していたところです。
言葉遣いが丁寧になった、ぐらいで何も変わりませんね」
「そんなことはないよ。みんなそれぞれに得意分野ができて、成長を感じるよ。
……そろそろ試合方式でやろうか?」
「「「はい」」」
「じゃあ、玉から」
「はい」
基礎の姿勢である左手を開き腕を伸ばし、右手握って腰に持ってくる。
腰をスッと下ろして後ろに引いた右足を一歩だし重心移動を使って右手を師の鳩尾の少し上を狙う。
その玉の右手を内側から左手で払い、そのまま左手を掴む。
そこにすかさず玉は、師の左側から後ろにまわり左足を師の足の間に入れ体を拗らせ、師の体を回して倒した。
「ははは! 怠ってるなんて言ったけど、それは、私の方だったかな?」
「先日、ふたりに稽古をつけてもらったのです。
それと試合形式なので一本勝負ですが、戦場ではこんな上手くいきません」
「君には、銃がある。さらには、ここまで実力をつけた体術の技術も持ち合わせている。
心配することはなさそうだね。さあ、次は月だね」
ゆっくり立ち上がった師は、ぽんと玉の頭を撫でて ”強くなったね” と言ってくれた。
「はい」
月は、いつもは下ろしていいる黒髪を下で結びお団子にしている。首に月の彫り物がはっきりと見える。
師の前に基本の姿勢で月は立ち、師の動きを待つ。
その姿勢のまま一歩踏み出した師の左手首を右手でグッと握り、右足の後ろに一歩進み師の鳩尾に右手をスッと入れ込みしゃがんだ。師はそのまま後ろに倒れる。
「……師、本気でやってください。
この程度のこと、なんということもないでしょう」
「いやいや。もう歳なんだよ私も。腰も足も痛くてね、年齢には敵わないんだよ」
平均寿命が、50代のこの国では雲嵐はかなりの高齢だった。
ぱっぱっと、服についた砂を払って師は立ち上がる。
「杏は…… やらなくても良さそうだね」
「いえ! 私ともやりましょう!」
「……もうじいさんなんだ、手加減してくれないと死んでしまうよ?
杏は、人の急所を狙ったやり方で練習の時にもやるから」
「手加減するなんて、師に失礼ですからどんな時でも真剣にいきますよ!」
「そうなのです。私との時も月の時も急所を狙っての…本格的を超えた訓練でした」
「……はは、杏は、変わらずだね。よし、やろうか」
ふーっとため息をつく師に対して、やる気に満ちた表情で月は目の前に立つ。
さっと動いた杏の両腕を掴み詰め寄りスッとしゃがみ、杏の右足を左足で引っ掛け杏をパタンと倒した。
杏は、受け身をとりぐるんと体を回して立ち上がる。
「師! 私の背中は、まだ地面についてません。まだ一本入ってませんよ!」
「一本には、違いないでしょう」
「師、その手はずるいです! それでは、もう一度やりましょう!」
「老体を虐めないでくれ……
それなら、3人でやってみようか。一旦私は休憩をしたら、剣術をやろうか」
「「「はい」」」
雲嵐は、この国の平均寿命に近いというのに世界一と言われただけある動きだった。
(さすがは、師だ。私もあんな一瞬で技を決められるようになりたい!)




