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(旧) 小説が書けない君へ  作者: あかいの
9/32

うっせぇわ

「ハアァァァ〜〜ー!!ゔっせぇ!ゔっせぇ!ゔっせぇわ!あなたがヴォもうよりげんこうです!」


 自宅出た私が近所のカラオケにいた。

 カラオケで叫ぶことはフラストレーションが限界になった時の私の処世術である。音程は気にしない。そもそも気にするような曲を選ばない。頭の中が全て空っぽになるまで吐き出し続ける。


「問題はなぁ〜し!!」

 歌いきった。頭の中は、

 

「君の持つ熱は明らかに君自身を苦しめている」

「160キロを投げようと無理に足掻いているみたいだよ」

「君はなぜ小説を書いているんだ?」

 ヘルメスのセリフがまだ響いていた。


「ゔっせえんだよ!!」

 私はマイクを投げつけてやりたい衝動に駆られた。マイクを振り下ろす途中で何とか我に帰り、ぐっと堪えて何とか投げずに済む。


「落ち着け。マイクを破壊して出禁にでもなったら、次フラストレーションが溜まっとき死ぬぞ」

 私は自身にそう言い聞かせた。一旦我を忘れたことで、ようやく頭の中も落ち着き始めた。一度危ないところまでいきかけると自分のことを冷静に見えるようになる。平均台で落ちかけた直後が一番慎重になるように。


「………コーラ飲みたい」

 私は部屋を出て、数メートル先のドリンクバーコーナに移動した。

 

  小説を書くようになってからコーラを飲む量が増えた気がする。健康に良くないとは重々承知している。一度成分を調べたことがあるが、二度と見ないと決心するぐらいの砂糖が入っていた。コーラZEROに代えればよいとも思ったが、あれは人工甘味料が腸内細菌を殺しまくるので普通のコーラより不健康になるのだとか。

 いい加減節制した方が良いとは自覚しているつもりだ。まだ26歳とはいえ、そろそろ健康のことを意識しないと30ごろには不調をきたしそうで怖い。だけど、そんな将来のことより今この瞬間の快楽を味わいたいのが人間の嵯峨だ。コーラは私にとってその象徴なのかもしれない。コーラ好きは女子ではマイノリティーらしいが、自分の感覚では信じられないことだ。

 一応私も、昔は女子らしくお洒落なティーカップで紅茶なんかを嗜んでいたが、最近はめっきりしなくなった。単純にめんどくさくなったのと、そういうお洒落なものを何となく辟易しだしたからだ。

 ドリクバーには健康そうな飲み物から不健康そうなものまで一律に並んでいる。少し前まで、ドリクバーの一番人気は長年コーラが独占してたと記憶しているが、最近は健康リテラシーが高まっているせいか烏龍茶がその座に居座っている。 

 今も私の前にいる健康リテラシーの高そうな美少女が烏龍茶のボタンを長押して、ん?、この後ろ姿どこかで……。


「あっ先輩、こんなところで奇遇ですね」

「色羽ちゃん?」

 健康リテラシーの高そうな美少女は色羽ちゃんであった。普段は工場着姿しか見たことがなかったので、後ろ姿で彼女と気づかなかった。それにしても、私服姿だと後ろ姿だけで美少女見えるなこの子は。本当になぜうちの工場で働いているのだろうか。彼女にはもっと相応しい仕事があると思うけど。例えば小説家とか。いや、この場合は小説家ではないか……。


「色羽ちゃんもカラオケ来るんだね。ちょっと意外だな」

「私だってカラオケくらい行きます。私からしたら先輩が来ている方が意外ですけど」

「そうかな?私みたいに友達いない奴が遊ぶとしたらカラオケになると思うけど?」

「一人カラオケが当たり前の前提で話さないでください」

 そういえば、カラオケは二人以上で行くものだったな。ここ数年一人でしか行っていなかったから忘れていた。よく見なくとも、他の客は大抵集団だ。

 

「じゃなくって、小説はどうしたんですか?仕事後は小説を書く為に家にいると言ってたじゃないですか」

「まあ、それから逃げてきたって感じかな」

「なるほど…。サボってたわけじゃなさそうですね」

「ん?逃げてるからサボっていると思うよ」

「逃げるのとサボるのは全然違いますよ」

「……そうなのかな?」

「ええ、そうですよ」

 逃げるとサボるは違うか……。正直、分かるようで分からないって感じだけど、色羽ちゃんはちゃんと理解しているのだろう。でも、逃げるほうが多分駄目なんだろうな。


「先輩、何か飲まないんですか?なんなら、不詳この私が入れて差し上げても良いですよ」

「あはは、なにその言い回し。それじゃあコーラで」

「承知!」

 そう言うと色羽ちゃんは、棚から新品のグラスを取りだし、氷をグラスの半分程度まで入れて、機械の一番上のボタンを押す。シュワシュワと注がれる黒い液体。グラスのフチまで上がってきた気泡はやがて下に降りていき、2cmぐらい下がったところで止まる。グラスの8割ぐらいが黒で満たされている。機械からグラスを取り出したら、機械横にあるストローの束から一本指して完成。

 なぜだろう。ただコーラを入れているだけなのに、色羽ちゃんがやたら様になって見える。

 

「どうぞ色羽スペシャル158円になります」

「お金とるんかい。しかも妙にリアルな金額だな」

 私はそう笑いながら、彼女の作ってくれたコーラを受け取った。

「なんか……、コーラ入れるの上手いね」

「ドリンクバーに上手も下手もないですよ」

「あはは、そうだね。その通りだね。私何言ってるんだろう」

 本当に何を言っているのだろう。なんだか無理して後輩を褒ているみたいになってしまった。色羽ちゃんなら褒めれるところは他にいくらでもあるのに。


「ささ、ググッといっちゃてください」

「えっ、ここで飲むの?」

 ドリンクバーコーナの前で飲むのはマナー違反っぽくて少し憚られる。

「私のお酒が飲めないって言うんですか?!」

「それ後輩が先輩に言うセリフじゃないから。じゃなくて、今この場で飲むのって聞いてるんだけど」

「そうですよ。感想が聞きたいじゃないですか!」

「感想って、ただのコーラだよ?」

「コーラじゃなくて色羽スペシャルです!」

「………色羽ちゃん、もしかして酔ってる?」

「……実は少しだけ入ってます」

 ここで酔ってないですよ〜とか言い出したらどうしようかと思ったが、酒が入っているといっても理性はちゃんと残っているのだろう。こういったふざけたやり取りでもちゃんと引き際をわきまえているのかうかがえる。酔い方としては一番良い。酔い方まで器用だな、この子は。

 それにしても酔った色羽ちゃんか…。普段はお洒落な見た目に中身は大人って感じだけど、酔っ払うとこうなるのか。さっきの「承知!」も普段なら言わないし。でも、酔ってテンション上がった姿もそれはそれで魅力的だ。酔い方の良さも相まって、羽目を外せるところでは外せる人みたいだ。優秀で頭もいいけど人間らしい部分も失わない、社会人の理想を新卒1年目にして体現している。

 そんな色羽ちゃんが愛おしくて、そして妬ましい。ヘルメスとの会話で自己肯定感が下がっているせいもあるんだろうけれど、今の私に色羽ちゃんの存在は眩しすぎる。


「それじゃあ、せっかくなのでいただきます」

「どうぞ♡」

 私はストローに口を付け、勢いよく吸い上げる。グラスの液体はみるみる減っていき、氷の下にわずかに残った分もスゴゴと音立てながら吸い上げる。

「ごちそうさま」

「別に一気飲みしなくても良かったのですが……」

「そういえばそうゲフッ」

 思いっきりゲップが出た。完全に女子失格の所業である。


「ちょ、先輩汚いですよ」

「ごめ、ゲホッゲホ」

 さっきのゲップで逆流したのか、今度はむせ返ってしまう。大きく咳き込み目元かろ涙も出てくる。


「ちょっ、大丈夫ですか先輩?!」

「ゲホッゲホッゲホ、はぁー、はぁー、ごめんごめん」

「少し焦りましたよ」

「もう大丈夫」

 そう言って私は袖で目元を1拭き、2拭き、3拭き ………。4拭きしても目元の液体はなくならない。


「あれ、なんで?」

 液体は頬を流れ、拭いきれずに床にもこぼれる。止まれ止まれと心の中で命じても体は言う事を聞かない。こんな感動ポルノの演出みたいな涙、色羽ちゃんに見せたくないのに。涙腺が壊れるとは、本当はこのような感覚を言うのだと思った。多くの人が感動とかで壊れる中、私はゲップで壊れた。ただ、老朽化した水道が何かをきっかけに破裂するような、そんな壊れ方であった。


「先輩……」

 戸惑いながらも何かを察した色羽ちゃんは、私のことをそっと抱きしめてくれた。本当に年下とは思えない、人の気持ちをくんでくれる優しい子だ。そんな彼女がやっぱり妬ましくて、本当に愛おしい。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

予告より遅くなんりましたが、何とか投稿できました。

次回は、10/7投稿予定です。

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