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(旧) 小説が書けない君へ  作者: あかいの
8/32

熱量

「あまり捗っていないようだね」

 読書に満足したヘルメスは、私の肩より少し高くまで浮いて、そこから私のPCを覗きそう言った。"あまり"ではなく"全く"の間違いであるが。


「大丈夫かい?変な汗が出ているよ。部屋が暑いのかな?そうだ!エアコンを付けてあげるよ。こう見えてエアコンをつけるの上手いんだよ僕」

「うっせえな。少し静かにしてくれない」

「おお、怖い怖い」

  

 時刻にして21時17分。執筆をしようとPCの電源を入れ、小説を保存しているファイルを開くところまでは順調であった。逆に言えばここまでしか順調でなかった。執筆開始から、いや、執筆をしようとしてから約3時間が経過し、未だに私は一文字も書けていない。


「君が怒るところなんて初めて見たよ」

「出会って一日の相手に言うセリフじゃないわね」

「確かにそうだね。いやはや壁に穴を開けても部屋を散らかしても三葉は怒らないから、てっきり怒らないタイプの人だと思っていたよ」

「自覚あるなら少しは申し訳無さそうにしてよ」

「これでもしてるつもりだよ。僕には人間と違い表情がないから伝わりづらいかもしれないけど」

「なら行動と発言を矯正しなさい」

「手厳しいな」

 そこは素直に了解しとけよ。せめてこの場だけでもいいから、私の機嫌を良くしようとしろ。


「思い悩んで文字を書けなくなる小説家はたくさんいるけれど、一文字書けなくなるまで重症になるのは珍しいね」

「重症って……。病気じゃないんだから」

「確かに病気ではないね。でも病気みたいなものと思ってた方が三葉にとっていいと思うよ」

「……なんで?」

「さあ、何となく、そう思うだけだけど」

「何となくって…あっそ」

 本当に私を混乱させることだけ言うなコイツは。そういえば、今朝コイツからされた質問でも随分脳内を混乱させられたな。まあ、あの程度で混乱する私の性格にも問題はあると思うけど。

 

「とりあえず何か書いてみたらどうだい?悩むのもいいけど悩んでいるだけじゃ作品はできあがらないよ」

「そんなこと私だって分かっているわよ。分かった上でそうできないのよ」

「どうして?イメージがわかないとか?」

「イメージならあるわよ。寧ろ、イメージだけならいくらでもある。それを文章にできないから苦労しているのよ」

「どうしてイメージを文章化できないの?」

「………それが分かってたら苦労していないわよ」

  

 イメージを元に文章を書く。実際に文字に起こしてみると、それが私のイメージを表現しきれていないことに気づいてしまう。そうなるともうその文章を消さずにはいられなくなる。自分の文章の拙さに恥ずかしくなるからだ。 

 だから私は書いては消して、書いては消してを繰り返す。結果一文字も進まずに一日が終る。そんな日々をもう何日も過ごしている。


「三葉、君は焦っているのかい?」

「焦りもするわよ。何日も書けていないんだから」

「その原稿には締切があるのかい?」

「……ないけど…」

「そうだよね。君は趣味で書いているって昨日言っていたもんね」

「分かっているならわざわざ聞かないでよ」

「じゃあ三葉、君は締切もないのになぜそんなに焦っているんだい?」

「…………」 

「君は不思議だね、三葉。趣味で小説を書いているのに、小説を書いている時の熱量は尋常じゃない。僕はいろんな小説家を見てきたけど、君の熱量はプロのそれと遜色がないよ。とても趣味で書いているとは思えない。普通、趣味で書いている人間はもっと楽に書くものさ」

「お褒めに預かり光栄の至りね」

「褒めてないよ。ただの事実さ」

 いや、そこは素直に褒めてるでいいだろ。事実なら尚更褒めろ。


「熱量があることは別に褒められることではないさ」

「はっ、熱量があることは当たり前とでもいいたいの?そういえば、どっかのプロ作家が"一生懸命やるのは当然"って似たようなこと言ってたわね」

「君はプロじゃないから、当然ではないと思うよ」

「………一体何が言いたいの?私を褒めたいの?貶したいの?それとも私を混乱させて楽しんでいるの?」

「褒めてるわけでも、貶しているわけでも、混乱させたいわけでもない。僕は君にもっと楽に書いて欲しいんだよ。君の持つ熱は明らかに君自身を苦しめている。120キロが最大球速のピッチャーが160キロを投げようと無理に足掻いているみたいだよ。それではいたずらに苦しいだけだ」

「……意味分からない。野球と小説は関係ないでしょ。それに、160キロ投げようと思わなかったら一生遅い玉しか投げられないじゃない」

 私は机から立ち上がり、床にある本を構うことなく踏みつけてドアに向かった。


「こんな時間にどこいくんだい?外は暗くて危ないよ」

「うるさいな。あんたは私の母親か。いい、私が戻ってくるまでに床の本をどうにかしておきなさい。さもないと、明日燃えるゴミにあんたを放り込んでやるから」


 私は部屋を出る同時に、勢いよくドアを閉じた。


「三葉!君はなぜ小説を書いているんだ?!君がそんなに苦しむ理由は一体何なのだ?!」


 そんなヘルメスの叫びを聞こえないふりをして。 


次回は明後日10/5に更新予定だす。

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