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(旧) 小説が書けない君へ  作者: あかいの
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ヘルメスのいる家

 午後の仕事も私は集中してこなすことができた。16:45になったので、帰りの仕度を始める。

 17:00発のバスに乗る。行き同様、小説は書かず睡眠に徹する。色羽ちゃんの言う睡眠負債をここで少しでも解消するように務める。仕事が終ると急に疲れを自覚してしまう。

 自宅から最寄りのバス停につくと目を覚まし、定期券を運転手に見せる。運転手の目を見てお辞儀をし、バスを降りて自宅へ歩を進める。

 ここにきて、ようやく私はヘルメスの存在を思い出した。自宅に帰れば、あの眼球付万年筆のワーワーとした喋りをまた聞かないといけないのか。

 私は行きの時も見た弁当屋を一瞥する。今日も15:00に閉店したのだろう。中の明かりは行きと同じく真っ暗である。本当にこの店は営業しているのか何となく心配になる。近くにあるコンビニやスーパーを思い浮かべるが、帰路かろ外れるので行くのが億劫である。結局私は寄り道をぜずに素直に自宅に帰ることにした。


 鍵を開けて、無言で自宅を敷居を跨ぐ。玄関で靴を脱ぎ、執筆を行う自室の扉を開ける。すると……、


「やあ、三葉。おかえり。随分と遅かったじゃないか。君が戻るまでにもう20冊は読み終えてしまったよ」

 そこにはペン先使って器用に使って本のページをめくり、眼球をギョロギョロと動かしながら文字を追うヘルメスがいた。一瞬こちらに目を向けたが、すぐさま本のページに目線を戻す。それは大変不気味………、特殊な光景であった為に目がを奪われたが、その周辺の有り様にすぐさま私の目が移った。


 部屋の中は震度7の地震でも起きた後みたいに、本棚の中身のほとんどが床へと吐き出されていのた。本当に震度7の地震が起きて、私がそれに全く気づかなかったという可能性もあるか?その場合私の工場の耐震性には甚だ脱帽するばかりであるが……、いやそんなはずないか。100%ヘルメスがやったに違いない。おそらく、本棚の本を耳かきで垢を取るような要領で書き出して床に落としたのだろう。


「君がいつ帰ってくるか分からないからね、誠に勝手ながら君の本棚の中身を物色させてもらったよ」


 "誠に勝手ながら"と本気で思っている奴は、他人の本をこんなぞんざいな扱いするはずがないのだが。仮にも本の妖精を自称するなら本を丁寧に扱って欲しいものだ。


「素晴らしいね2023年。この時代においても小説の素晴らしさは健在だね。なかなか面白い小説がたくさんあって興奮が止まらないよ」

「何を言っている?今は2025年よ」

「そうだったのか。君の本棚にある本で一番新しいのが2023年だったから、つい勘違いをしてしまったよ」


 そう言われて私は気づいた。そうか。私はもう2年間も新しい小説を買っていないのか…。


「ヘルメス、あなた以前は私と違う人のところにいたの?」

「そうだよ。よくわかったね」

「口ぶりから何となくね」

「その通り!僕は色んな時代の色んな小説家の元で、小説が完成する瞬間を見守ってきたのさ!本の妖精だからね!君もその僕に見守られる光栄ある一人に選ばれたというわけさ!」

「………なるほどね。それでヘルメスは、これまで数々の小説家が名作を作るよう導いてきたというわけね」

「全然違うよ!!」

 全然違うのかい。


「小説は所詮一人で作るものだよ。外野が色々アドバイスをしたりはできるけど、結局は一人で作るしかないのさ。導くなんてとんでもない。僕がするのは見守ることだけさ」

 ……私は誠に勝手ながら、役に立たねぇーと素直に思った。


 一応ヘルメスの魂が宿っている("憑依している"の方が正しいかもしれないけど)万年筆は私の祖父が就職祝いにくれたものである。後で知ったのだが5万円ぐらいするそこそこ良い品だ。貰った時は内心、工場勤務だから使わなそうだな思い、使う機会がないのにそんな高価なものをもらってもしょうがないと考え返そうとしたのだが、多分それを察した祖父は「何かの役に立つかもしれないから」と言って少し強引に渡してくれたものだ。

 おじいちゃん、あなたのくれた万年筆は今やきもい眼球が付いて役に立たない変な妖精が宿っております。でも、おじいちゃんは全然悪くないから安心して。多分、私の日頃の行いが悪いか何かだと思うから。


「それより三葉。帰ってきたのだからそろそろ小説を書いたらどうだい?」

「そうね。それなら机に行けるよう床にある本を片付けてもらえないかしら」

「僕の体で本棚に戻せるわけないだろ?そこら辺は言わなくても気づいて欲しいね。そこら辺にある本は既に読んだから、適当に片しちゃっていいよ」

 と、ヘルメスは筆先で部屋の片隅に置いてある本を指し示す。

 おじいちゃんごめんなさい。あなたのプレゼントは近い内、燃えるゴミになるかもしれません。

 私は素直に部屋を片付けるのを釈だったので、床が見えている部分に本を踏まないよう足を運び、自身の机まで体を移動させた。

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