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(旧) 小説が書けない君へ  作者: あかいの
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小説とAI

 バスに乗り、そこから約30分揺られれば勤務先の工場に到着する。スマホを利用すればこの時間に小説を書き進めることもできるが行わないことにしている。バス酔いが酷くなるのと、単純に寝不足で睡魔が襲ってくるからだ。


 座席に座っているとまた小説を書く意味について考え出そうとしたが、睡魔の来襲によりあまり考えずに済んだ。工場はバスの終点にあるので、睡魔を抵抗する強い理由が無いことが幸いした。


 バスを降りて職場に到着すれば、そこから頭は仕事モードに切り替わる。仕事をしている間は不思議なほど小説のことは頭に入ってこない。それ以外の時は否が応でも考えてしまうのに。


 私の働く工場は、偏光板と呼ばれるTVやスマホの液晶画面の素材となるものを作っている。この偏光板を品質良くかつ低コストで作るために日々様々な試作が行われている。

 

 私の主な仕事内容は、依頼された試作サンプルを作ったり、そのサンプルを使って素材の特性を測定することだ。といっても具体的な業務自体は単純作業の連続だ。どのような試作を作るかなどの頭を使う内容は、私より数段頭の良い人たちの仕事であり、私はその人たちの指示に従っているだけである。


 そう言ってしまうと、大変つまらなそうな仕事に見えてくるが、案外私はこの仕事が好きである。少なくとも小説を書くよりは。単純作業 = つまらない仕事という認識は強いが、デジタルツール発達の反動による毛嫌いが多くなったというだけで、実際にやってみると楽しいものも意外とある。この仕事はそんな例の一つだと思っている。


 方法が定まっているから没頭しやすいし、どんなに仕事量が多くても着実に一歩ずつ終わりへ向かえることはには安心感がある。効率良く行えたら成長を感じれるし、徐々に成長していくことは育成ゲームのレベル上げにも似たワクワク感がある。仕事が終わった時の達成感も感じやすい。よくよく考えると、どれも小説作成には無いものだ。

 

 何より作業中は目の前のこと以外頭に入ってこない。 

 その時間がとても心地よかったりする。

 今日の午前中も大変充実した単純作業ができた。


 まあ、この考え自体はあまり共感されない。

 特に昼食仲間である後輩の色羽ちゃんとって考えられないことらしい。

 

「先輩、今日は顔色いいですね。比較的ですけど」

 昼休憩の時間、鯖の味噌煮定食を机に運んできた色羽ちゃんは私にそう言った。社食の日替わり定食である。ちなみに私は食欲がわかないのでコンビニで買った菓子パンで本日も済ませる。

 

「久々に眠ることができてね。でもまだ疲れが残っているよ」

「それは日頃から寝れていないからですよ。睡眠負債って言って睡眠不足の悪影響って累積しますから。先輩の場合一晩しっかり寝たぐらいじゃ解消できませんよ」

「なるほどね」


 色羽ちゃんは今年入ってきたばかりの新入社員であるが、私より何かとしっかりしている。仕事を覚えるのは早いし、健康や見た目も私よりも気を遣っている。私の方が3つぐらい年上だが、見た目の印象はそれ以上の差ではないかと思う。


「それで、小説の調子はどうなんですか?」

 色羽ちゃんには私が小説を書いていることを既に知られている。昼休憩時に私がスマホに打ち込んでいるところを見られてしまったからだ。それをきっかけに色羽ちゃんとは仲良くなり、たまに小説のことについて相談に乗ってもらっている。


「全然。悩みすぎて一文字も書けていない」

「なにで悩んでいるんですか?」

「色々」

「例えば?」

「キャラクターの名前とか」

「凄い些末なことで悩んでません?」

「やっぱりそう思う?」

「ストーリーの本質でないところに悩んでもしょうがないですよ」

 

 ちなみに色羽ちゃんはかなりの読書家である。私も読書量に関してはそれなりと自負しているが、少なくとも色羽ちゃんには勝てる気がしない。小説はもちろん、学術系の本や専門書、洋書や論文まで読みこなすスペックの高さだ。さっきの睡眠の知識もそういった本を読んで得た情報なのだろう。彼女の膨大な脳内データベースに基づくアドバイスは中々参考になるところがある。


「わかってはいるんだけど、それでも考えちゃうんだよね。名前ってその人にとっては重要なものだから適当に考えるってなると罪悪感が湧くし。読者に覚えてもらいやすい名前にするのも重要だし、その名前をつける時に両親がどのような思いを込めたかまで考えると中々決まらなくなる。可能なら名が体を表していて欲しい。その方がキャラ付けしやすいから。でも、名が体を表し過ぎていれば、そんな名前親がつけるわけ無いって感じの現実味のない名前になっちゃうし……。じゃあ、普通の名前でいいやと考えると、それはそれで味気がないし。拘り過ぎると書き進められないのはわかっているけど、じゃあ名前を考えるのは後回しにしてとにかく書き進めようと思うと、結局途中で気になって上手く進めることができなくなるから」

「……考え過ぎですよ」

 それも解ってはいるのだけど……。


「他の作品から持ってくるのはどうですか?私の父はラノベのキャラから私の名前つけましたし」

「そうなんだ」

「ええ、大変不快でしたが」

「……ならなぜそんな提案を?」

「まあリアルじゃなくてフィクションの中なら良いかなと。オマージュが元ネタのリスペクトを意味する場合があるじゃないですか?そんな感じ作家へのリスペクトのもありかと」

「そういう考えもあるか。でも…うーん……、やっぱり止めておこうかな」

「どうしてですか?」

「私も有名な映画のキャラクターと名前が同じなんだけど、それで苦労するときもあるから」

「…キャラに気を遣い過ぎでは?」

 本当、こればっかしは我ながら愚かだと思うよ。

 

「ならAIに作ってもらったらどうですか?案外いい名前付けてくれるかもしれませんよ」

「一応試しはしたんだよね。でも納得いかなくて」

「拘りますね。木を見て森を見ずにならないでくださいね。名前に拘っても、ストーリーがめちゃくちゃなら意味ありませんよ」

「いっそのことストーリーをAI作ってもらおうかな」

「そこは拘らないんですか。駄目ですよ。AIは小説を書けるだけで、まだ面白い小説は書けないんですから」

「だよね……。流石にそれはないか」

「確かにAIが小説を書くのが上手くなってますけど、まだまだ中身が無い印象っていうのが正直なところですね。将来どうなるかはわかりませんけど、今はまだ人なしには小説を書けないのが現状でしょうね」


 というかAIが作った小説までこの子は読んでいるのか。どれだけ読書に対するキャパシティがあるんだ。前から思っていたけど、何でこの工場で働いているのだろう?彼女にもっと適した仕事なんて他にいくらでもありそうなのに。例えば小説家とか。まあ、あまり私も人のことを言える立場ではないし、人には人の事情があるだろうからあまり深入りするつもりはないけど。


「ねえ、色羽ちゃんは、人はなぜ小説を書くんだと思う?」

「どうしたんですか急に。哲学か何かですか?」

「まあそんなところ」

「うーん、何とも言えませんね。少なくとも小説を書く人にしか解らないと思いますけど」

「色羽ちゃんは書かないの?」

「私は読む方が好きなので」

 うーん、そうか。色羽ちゃんが小説を書かないのは凄く勿体無く思ってしまうけど…。

 

「そうだね、そしたら色羽ちゃんがなんとなく思うことでいいから、感想とか意見とか何かあるかな?」

「なぜ小説を書くかってことについてですか?」

「そう」

「そうですね……。少し外れたこと言いますけど、昔より今は小説を作る意味って無いのかもしれませんね」

「どういうこと?」

「ほら、今はアニメとか漫画とがいい例ですけど、物語を語れる媒体ってたくさんあるじゃないですか。わざわざ小説にする意味って何だろうとは思いますね。小説になってもそれがアニメ化やコミカライズされた瞬間、小説であることの存在意義が少し下がる印象もありますしね。現在進行系で小説の価値は徐々に下がっているのかもしれません。100年後ぐらいにはほぼ無価値になっているのかも」

「流石にそれはないと思うけどな……。活字の方が好きって人もいるし。色羽ちゃんだって絵より文字の方が好きでしょ?」

「私のような人間は絶滅危惧種ですよ」


 自分のことを絶滅危惧種と言えるぐらい達観できるって、この子は本当に私より歳下なのだろうか?

 

「まああとは、AIが小説を無価値にするって可能性もありますよね」

「AIが小説を量産するからってこと?」

「それもありますけど、もっと単純にAIの方が面白い小説を書けるようになるからだと思いますね。将棋とかが良い例ですけど、AIが人間の能力を超えるのは時間の問題ですので。現状は人が書いた方が面白いですけど、AIが書いた方が面白いって時代はすぐそこかもしれませよ。もしその時代が来たら、果たして小説家はどうなるのかが気になりますね」

「絶望して小説を書かなくなるかもね」

「先輩はどうですか?人より面白い小説を作れるAIができたら、小説を書くのをやめちゃいますか?」

「どうだろうね。実際そうなってみないと分からないし、AIとか関係なくいつかは小説を作らなくなるんだろうけど、少なくともそれを理由にやめることはないと思うな」

「どうしてですか?」

「私より上手く書ける人なら既にいくらでもいるから。今更AIに抜かされたところで順位を一つ落とした程度のことだよ」


 それに、私がもしその理由で小説書きをやめるような人間なら、もうとっくの昔にやめていると思う。私は心の中でそう呟いた。

宣言通りの日程で投稿できて一安心……。

次の投稿は10/1の予定です。

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