なぜ小説を書くのか
小説を書くことは初めは楽しかったのだと思う。
頭の中のイメージを具体的な文字にできることが楽しくて、とにかく書き続けていた時期が私にもあった。
でも、ある日気づいてしまうのだ。
自分の文章がいかに拙いかを。
その瞬間、自分の文章に自信が持てなくなり、誰にも伝わらないと思うようになり、そんなことを何度も考えている内に、自然と小説が書きたくなくなった。
それでも、小説を書くことが楽しくなくなってもなお、私は小説を書かなくてはならないと思っている。その理由を未だに私は見いだせていない。
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「おはよう三葉!気持ちのいい朝だね!」
「……おはようヘルメス…」
開けられたカーテンからはうんざりするほど輝く日光が私の顔を照らしていた。カーテンを閉めたくなる衝動をなんとか抑え、私はベットの中から這い出た。
カーテンは最初から開いていたわけではない。かといって私が開けた訳も無い。カーテンを自動で開けてくれる機械がやってくれたわけでもない (そもそも設置していない)。のそのそと洗面台へ移動する私の後をふわふわ浮いて付いてくるこの謎の眼球付万年筆がやったものだ。
この眼球付万年筆は自身のことを「ヘルメス」と名乗っている。万年筆が喋ることにはこれ以上ツッコまない。それは慣れたというわけでもないが、とにかく受け入れられた。それでもまだ受け入れがたいこともある。それは、この万年筆、まるでランプから出た魔人が如くダイナミックに部屋中を動きながら喋るのだ。やかましいことこの上ない。何かと現実離れしていて精神的に参っているのに、そこにさらなる追い打ちを受けた気分だ。
そんなこんなで昨晩は、これまで生きてきた26年の常識を覆させられるそんな素敵な一夜になった訳だが(もちろん皮肉)、おかげで私は肉体も精神もヘトヘト、昨晩は眠れはしたが全然疲れはとれていない。まあ疲れがとれていないのはいつものことだけど。
「こんな天気のいい日は野原に寝そべって日向ぼっこでもしながら書くのがおすすめだよ」
「なかなか素敵な提案ね。でも無理よ」
「どうして?」
「これから仕事だから」
洗面台で顔を洗いそう答えた。
「仕事か。三葉は何の仕事をしてるのだい?小説家?」
「そんなわけないでしょ」
「そうなの?でも昨日は小説を書いていたじゃないか」
「趣味に決まっているでしょ。仕事は別」
「じゃあ何の仕事をやっているの?」
「工場よ」
「工場は場所の名前だよ」
「工場で働いているって意味よ」
「そういうことね。その仕事はやってて楽しい?」
「そこそこね」
これは嘘ではない。今の仕事は案外楽しいのだ。ここ最近こそ睡眠不足で早く帰りたい日々を過ごしていたが、3年間勤務した全体で見ればそこそこ楽しい仕事なのだ。
「小説を書くことよりも?」
「…………小説を書いてて楽しいと思ったことなんてないわ」
「そうなの?なら君はなぜ小説を書いているのだい?」
「そんなの……知らないわ」
ブラシに歯磨き粉をつけて口の中に入れた。
それでこの会話をこれ以上続けさせないことに成功した。
なせ小説を書くのか。
そこに小説があるから、ではないわね。少なくとも私は。
なぜ小説を書くのか……ね。
そんなの私が一番知りたいわ。
2日に1話のペースで更新予定です。(多分)
次話は明後日9月22日に更新予定です。(多分)