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(旧) 小説が書けない君へ  作者: あかいの
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筆に眼球

「あまり捗っていないようだね」

 

 それは間違いなく幻聴だと思った。

 私の部屋には、私しかいない。

 私以外は誰もいるはずがない。


 だからその声がはっきりと聞こえた時、私はついに頭がおかしくなったのだと確信した。

 

 いや、ここ最近の私はそもそもおかしかった。毎日毎日、小説のことを考えているのに一向に文字を打ち込むことができない。イメージがないわけではない。寧ろイメージは常に脳内を渦巻いて、まるで石を入れられた洗濯機のように私の気を狂わしてくる。おかげで夜は寝れないし、食事は喉を通らなし、夜中は発狂して壁を破壊したくなる衝動にかられる。

 そんな私の精神状態であれば幻聴がいつ聞こえてきてもおかしくないと思っていた。だからやっぱりその声は幻聴だと思った。


「おーい、僕の声聞こえているだろ?」


 聞こえるはずがないのだ。改めて、ここは私だけの家の私だけの部屋だ。私以外はいないし、私だけはいる。デカルトが「我思う故に我あり」と言ったように、それだけを唯一確実に言える真実としたように、この部屋には私だけがいる。それだけが唯一の真実であるかのように思い込む。


「あれ、僕の声本当に聞こえていない?」


 しかし、その唯一の真実が今崩れ去ろうとしている。

 その声は明らかに私の後ろから聞こえてきているものだ。つまり方向性があった。はじめは私の頭の中で響く声が後ろから聞こえるように感じるだけと思い込もうとした。しかし、その声を聞けば聞くほど、その声がもつベクトルと鼓膜を振動させる物質性を確かにさせるのだ。その声は本当に後ろから来るものであった。

 

 これはやはり後ろに誰かがいるということ………。


 いやいやそんなはずがない。碁盤に宿る精霊や、壁をすり抜ける死神でもなければ、私に話かけられる奴なんていない。いや、それらの類が私の本当に後ろにいるという可能性も……。いやいや、それこそ本当に馬鹿らしい考えだ。


 しかし、一度考えてしまうと人は恐怖してしまうものだ。そしてもう後ろを確かめないわけにはいかない。


 私はひとつ、ふたつ、みっつと息を大きく吐き、後ろ方向をバッと振り返った。


 そこには……、

 そこには…………、


 

 誰もいなかった。ぎっしり詰まった本棚と、その棚の上に置かれた家族と祖父の写真、そしてその祖父がくれた万年筆。私は一つずつ部屋のものを確認する。


 あるのはそれだけだ。

 いつもと変わらぬ風景。

 後ろに誰かがいるわけない。

 

 私は声の正体が幻聴であったと改めて確信し、心の底から安堵した。


「やっとこっちを向いたね」

 

 それは確かに前方から聞こえてきた。

 いや、これは私の幻聴であるとさっき確信したばかりではないか。

 いやいや、体の向きを変えたら聞こえる方角が変わったということはやはり……。


 その時、私は一つの違和感に気づいた。

 それは祖父の万年筆に起きていた僅かな変化であった。万年筆の中央に白くて丸い物体が付いていたのだ。恐る恐る近づいてみると、生々しい光沢と中心部に複雑な模様をもつ球体であることが分かる。さらに近づくと、その模様が瞳孔と虹彩によるものだとわかった。つまり、この球体の正体は眼球であったのである。


 その眼球と私の眼球が一直線で結ばれたとき、


「やあ」


 私は部屋にゴキブリが3匹同時に出現した時よりも盛大に発狂した。


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