第9話 異世界勇者の新興国家計画
魔法のランタンのが放つ淡い光が照らす中、手を叩く乾いた音が響き渡る。
その音の出どころは、目の前で何故か跪いてる勇者連合筆頭勇者ヤマダ・タカシ、それが力強く拱手をした時に出た音だった。
ヤマダはそのように礼をすると、こんな事を言ってきた。
「劉備玄徳様…2000年間お慕いしていました! どうか私を配下にお加えください!!」
そんな事を言ってきたのだ。
2000年…と言うのはどう言う事だ?
いやそれよりこれは一体どう言う状況なのだ?
魔征域最大戦力である七皇魔王姫、それに唯一迫る実力があると言われてる…神領域最大戦力である異世界人の勇者…それがこんな無能な私に跪いて忠誠を誓おうとしてる。
しかも3人もだ。
ヤマダの後ろには、あの槍の勇者と栗色の髪を持つ女も、習って跪いていた。
ただ後の二人はヤマダほど乗り気では無いようで、ヤマダを嗜めるような事を口にしていた。
「タカシくん? 君が三国志ファンなのは分かるけど、彼が劉備玄徳な訳ないでしょ? 彼はキャラになりきってるただの痛い人だと僕は思うな〜」
「それに2000年間ってヤマダさん…貴方生まれてないでしょ」
呆れたようにサトウが言う。
「2000年間、僕の遺伝子に劉備玄徳様をお慕いする心が脈々と受け継がれてたって事ですよサトウさん! それにスズキさん、この人は劉備玄徳様に間違い無いです!」
「…一体何の根拠があってそう思うの?」
「直感です!」
「…そ、そう…はは」
苦笑いするスズキ…そのまま言葉を続けた。
「まあ…本人かどうかはともかくとして、劉備玄徳のロールプレイしてるなら、彼は転生者って事で良いのかな?」
「…そう結論づけるのは早いですよスズキさん。異世界人から向こうの世界の事を聞いて知っていただけかも知れないし…その可能性は高いでしょう?」
「確かに…僕たちの会話を聞いていた時、彼はその端々で、良く分からないって感じの顔をしていたしね〜」
「それは劉備玄徳様が2000年前の人間何だから、今時の言葉なんか知らなくて当然だろ?」
「ヤマダさん…そうだろうって思わせるのは詐欺の常套手段ですよ? 仮にもブレイブガーディアンの筆頭が、さしたる確証も無いのに簡単に信じないでくださいよ…」
サトウは辟易しながらそう言っていた。
それにしても…。
「ちょっと良いか?」
「? 何でしょうか?」
「その…2000年前とは…どう言う事だ?」
「ああ…それはですね」
その後ヤマダからその疑問に対する話を聞いた。
私が白帝城で死んでから約2000年経っている事。
そして彼らは倭国…今は日本と呼ばれている国から来た事を知った。
記憶の感覚的に、白帝城で死に、意識が途切れた後すぐにレヴィルの中で目覚めたような気がしていたから、正直そんなに時間が経っていた事には驚いた。
そんな感じに驚いてると、ヤマダが不意に声をかけてきた。
「それで劉備様の方はどんな風に転生を?」
そう聞かれたので、今度は逆に記憶が戻った時の事を話し、また劉備の記憶が戻っても、レヴィルの記憶も覚えており、レヴィルが犯した罪は償っていきたい事もついでに話した。
「レヴィルだった頃に犯した悪事も償おうとしてるとは…流石劉備様! 素晴らしい御人徳をお持ちの方だ…!」
「…だからヤマダさん! 簡単に信じないでくださいってば!」
そう叫ぶサトウ。
何故か私が言う事を手放しで信じるヤマダ。
それ自体はこちらとしては助かるが、いきなりそこまで信用される事に少し引く物を感じてしまう…何か…とても奇妙な物も感じる。
しかしヤマダはそんな事はまるで気にせず、こちらにどんどん質問を重ねてきた。
「それより劉備様! やっぱり今後の目標は、漢帝国復興とか目指してるんですか?」
「…い、いやそんな事は考えてはいない」
「え!? 何故ですか…漢帝国復興は劉備様の宿願だったのでは?」
「それは劉備玄徳だった時の事で、レヴィルになった生まれ変わった私には関係無い…」
「…そ、そうなんですか」
明らかに気落ちするヤマダ。
何と無くその姿を見かねてしまい、つい彼の期待に応えるような事をこぼしてしまう。
「漢帝国を復興する気は無いが…私は放逐領域にどんな種族も受け入れ平和に暮らせる国作りをしようとはしている」
ついそんな事を言ってしまい、先ほどのヤマダの態度から、また食い気味に来られるかと構えたが…ヤマダは大きく目を見開き、驚くような…期待するような、そんな顔をし、そして大きく両の手を広げるとさも嬉しそうな声でこう言ってきた。
「それは都合が良い!」
「都合が良い…?」
「はい都合良いです! ねえサトウさん!」
ヤマダはそう言うとサトウに会話ふった。
それにサトウは溜息で返すと、渋々と言った感じに話し始めた。
「実はですね…私たち勇者連合は、今は神領域を拠点に活動をしてますが、近々神領域を出て、国を立ち上げようと思っていたんですよね」
「神領域を出て国を…? 一体どうして? 其方たちは神領域でかなりの地位と立場を得ているのだろう? それが何故」
そう言うとサトウは困ったような顔をして笑うと、その問いに答えた。
「私たち異世界人は勇者として、その力を使っていろいろな人の力になってきましたが、所詮は異世界人です」
「所詮は…異世界人?」
「先ほども言いましたが、異世界人は勇者の力で地位や名誉を打ち立てられる割り合いが高いです…それに憧れを待つ者がいれば、その逆、嫉妬する者もいます…そんな彼らからしたら私たち異世界人は、違う世界の人間の癖に自分が得るはずだった益を奪う侵略者…そう考える者もいるんですよね」
「異世界人は部外者の癖に私たちの益を侵略者…そう言う事か」
「はい…と言う感じで、神領域でも一定の地域では、私たち異世界人を迫害する運動が起こり始めて…それなのに今も異世界人は増え続けている物だから、ますます神領域の人たちと対立は深まってっているのが、今の現状です」
「異世界人が増えている? 何故?」
疑問を聞くと、サトウの代わりにヤマダが答えてきた。
「軍拡の為ですよ」
「軍拡?」
「神領域の野心ある国が、自分の国の軍事力を高める為に、安価でお手軽に強い兵士を生み出す為に、召喚魔法を使ってバンバン異世界人をこちらに呼んでるんですよ」
「何だって…相手の意思に関係なくか?」
「はい…しかも召喚した直後に、反抗しないよう奴隷術式もかけてるえげつない国もありますよ」
「…何だそれは、無理矢理呼び出して奴隷にしてると言う事か? …何と言う非道な行いを」
神領域でもそのような悪事が行われていたとは…。
信じられず、否定するように顔を横に振っていた。
そんな風にしていると、またサトウが話し始める。
「勇者連合は冒険者ギルドより上の組織みたいに考えられてますが、元々は意に沿わずこちらの世界に来てしまった異世界人を、保護する為に立ち上げた物で…そんな困っている異世界人の拠り所的な組織にするのが目的だったんですよね」
「なるほど…この世界の圧力に負ける前に、異世界人同士で集まって防衛する事にしたと言う訳か」
「そんな感じです…ですが、最近保護や組織に加入した異世界人がかなり増え、組織が拡大した事で、神領域内ではかなり危険視されるようになりました」
「危険視?」
「その国じゃ無い者の数が増えると怖くなってきません? ましてや大きな力を持つ異世界勇者の集団…警戒して然るべきですよ」
どこか他人事のように言うスズキ。
その言葉の後を引き継ぐように、またサトウが口を開いた。
「こちらからしたら召喚を止めろって話ですが、まあ…ともかく私たち勇者連合は神領域にはもう居づらくなっていましてね。…まあそれで神領域の外に新しい自分たちの国を作ろうって話が以前からあったんです…そこでレヴィルさんのデスメソルが、種族関係無しに受け入れてくれる国なら、私たち勇者連合も是非移住を検討したいと、そう言う話です」
サトウはそう話終えると、こちらの返答待つかのようにじっと見つめてきた。
「勇者連合の…移住」
突然申し出された勇者連合のデスメソルの移住希望。
こう言ったら浅ましくなってしまうが、異世界人の勇者たちが、デスメソルの住人になると言う事は…とんでもない軍事力を得た事になるのではないか?
そうなってくれれば、民が平和に暮らしていける国作りは多いに前進する…これは願っても無い話だ。
だがそんな事を前面に出したら、ただでさえ異世界人として迫害を受けている彼らに対し、あまりにも誠意が無い。
ここは欲を出さず、ただひたすら彼らの事を思い、言葉をかける事にしよう。
「私は頼ってくる民いれば、誰であろうと受け入れるし、見捨てたりはしない…其方たちがデスメソルに住みたいと言うなら好きにすると良いだろう」
「おお…! 流石劉備様だ! ありがたい…ありがたい!」
ヤマダはそう言うと、拱手をしながら嬉しそうに呟いていた。
「神領域にあんまり留まってると、嫁さんの実家にも迷惑になってたので、本当に助かります」
「実家?」
「あ…はい、僕の嫁さん、リーヴェリゼ王国の元王女で、その国とはその関係で懇意にしてもらってるんですけど、それが勇者連合を独占して周りの国を侵略しようとしているって言いがかりつけてくる奴がいましてね…そう言うの神領域を出て国から離れれば無くなるかなって思いましてね」
ヤマダはそう言うと、照れくさそうに頭を掻いていた。
異世界人は迫害されてると言っていたが、受け入れてる国もあるのか…。
元々魔族だったから、神領域の事は正直そこまで詳しくなかったが…中々複雑な人種問題が起きているらしい…。
ともあれ、2000年も後に生まれた勇者筆頭のヤマダ・タカシが、何故だかよく分からないが…とにかく私を慕ってくれた事により、何とか彼らとは良い関係を結べた感じになれた。
このまま本来の目的を頼んでみる事にした。
「何とゴブリンを助ける為だけに、敵地に頼み込みに来るとは…流石劉備様! 何と情け深いお人なんだ!」
ヤマダはうんうんと頷きながらそんな事を言っていた。
「では力をお貸し頂けるのだろうか?」
話の流れからこちらに協力してくれそうな雰囲気を感じ、そう聞いてみたが。
しかしその予想と反し、3人は少し困った顔をしていた。
「だ…ダメなのか?」
その問いに対し、サトウが申し訳なさそうに言ってきた。
「こちらとしては協力してあげたいのですが、私たち勇者連合は雇われてこの戦争の助っ人に来た立場なので、その仕事を放棄する訳にいかないんですよね」
「ダメなのか?」
「さっきも言いましたが、私たち異世界人は神領域じゃもう肩身が狭く、仕事もあまり回して貰えなくなってるんですよね…それで任務を放棄するなんて事をしたら、さらに勇者連合に対する風当たりが強くなる可能性があります…そうなると、私たちだけなら別に良いですが…神領域内にいる他の異世界人が色々と困る事になってしまうので…」
「そうか…それは無理を言う訳にはいかんな」
「すみません…移住を頼んでおいて、こちらばかり勝手な事を言ってしまって」
「其方たちも生きるので必死なのだろう…私の事は気にしなくても良い」
勇者とは言え、ここに居場所が無い異世界人、いまだ神領域内にいる、他の仲間の事を考えれば迂闊な事は出来ないと言う事か…。
「全く…結局ギルドが仕事くれなきゃ稼げないんだから、本当勇者連合なんて名前だけの…体の良いブラック派遣ですよ!」
そう吐き捨てるように言ったのはスズキ…相変わらず言葉の意味は分からないが、とにかく今の待遇に不満があるように伺えた。
そんなスズキの横で、溜息つきながらヤマダが後の言葉を続けた。
「今すぐ勇者みんなに招集かけて、劉備様のところに引越し出来れば良いんですけどね…」
「…其方たちがすぐに行動に移せない立場なのは分かった…そんな事で私が移住を受け入れないなど言わんから、その事はゆっくりやっていけば良い…それよりヤマダ殿」
「何でしょうか?」
「他の者の前では、劉備玄徳と呼ぶのはやめてもらえるだろうか?」
「え? 何故ですか?」
「先ほども言ったが、私はレヴィルがやってきた悪事を真摯に償いと考えている…だから害した者に、今の私が劉備玄徳、以前のレヴィルでは無い事を知られれば、その憎み方も変わってしまうだろう…私はレヴィルの犯した罪はレヴィルのまま償いたいのだ…だから私を呼ぶ時はレヴィルで頼む」
「…そこまで誠実に罪と向き合うとは…流石劉備様です!」
ヤマダはさっき呼ぶなと言ったばかりなのに、また劉備と呼ぶので少し顔をしかめてしまう。
「あ…すみません! レヴィル…様ですよね? 了解です!」
ヤマダは誤魔化すように笑うと、お詫び代わりにこんな事を言ってきた。
「それよりゴブリンの村の事ですが…確かに今はりゅ…レヴィル様と一緒になって戦って守るって事は出来ないですが…まあ一日くらいなら、何とか足止めくらいはしますよ…でもその後はどうします?」
「どうとは…?」
そう聞くと、ヤマダが続けて答えてきた。
「分かってると思いますが、ゴブリンの村はただ進路上にあるだけで目標じゃありません…最終目標は魔征域の防衛線の要…夜翔州カラミティアル・フェザー、そこを攻める為の拠点奪取…までが第一段階の目的、そしてその拠点として狙われてるのは…」
「デスメソルか…」
「その通りです…と言うか、よくよく考えたらデスメソルが攻め落とされちゃったら移住も出来なくなるよな…どうしよ」
「計画性も無く性急に話を進めてたら、そりゃ色々ボロが出てきますよ」
呆れるように言うサトウ。
「でもレヴィルさんも軍勢が迫っていたのは気づいていましたよね? どうするつもりだったんですか?」
そう聞いてきたのはスズキだった。
「その時はデスメソルは放棄して、ナルフェルンへ亡命するつもりだった」
スズキの問いに端的に答える。
ゴブリンの村を助けたらそうしようと思っていたが、親友のラファルドが私を死なせない為にと、無茶をしようとしていた私を拘束する為に迫ってきた事で、うやむやになってしまっていたが…あの後どうなったのか…。
いやそれよりも…。
「そう言えば…デスメソルに向かったハルビヨリ殿は呼び戻せ無いのか?」
ハルビヨリ・ユメル、ヤマダと同じく異世界勇者。
過去のレヴィルは、彼女の親友ファティムに対し、邪神の魂を留めておく器にする為から拐ってしまった。
邪神の魂の器にしてしまった事は、恐らくは知らないだろうが、しかし親友を拐われたハルビヨリ・ユメルの怒り凄まじく、それは私を殺すほどにもなっていた。
彼女は今、奪われた親友の奪回そしてそれの報復、それを成し遂げる為単独でデスメソルに向かっているらしい。
その復讐する相手がここにいる事と言うのにだ。
私に恨みを晴らすのは良いが、今デスメソルにいる者に危害は与えて欲しくない。
中には邪神兵にしてしまった元人間もいるのだ。
勘違いで衝突させては申し訳が立たない。
そうならないよう、何とか呼び戻す事は出来ないものか…。
そう思い聞いてみたのだが…。
その問いに、ヤマダが期待に応えられない事を申し訳なく思う、そんな顔をして答えた。
「すみません…単独潜入するので通信は遮断するって言ってたから…多分連絡はつけられないと思います」
「そ、そうか…」
呼び戻すことはどうやら無理らしい…。
ならば何とかデスメソルに向かって止めたいところだが、ゴブリンたちを見捨てる訳にもいかない…一体どうすれば。
そう悩んでいた時だった。
『レ、レヴィル様…聞こえますか?』
突如頭に声が響いてきた。
これはゴブリンのガスに渡していた通信の魔呪具の物だ。
『どうした? 何かあったのか?』
声が切迫してる事から慌てて聞き返すと、あの体格が良いガスらしからぬ、不安げな声で、驚くべき事を言ってきたのだ。
『冒険者が村に近づいてきてて…』
「何だと!」
突然の冒険者の襲撃。
あまりの事態に、念話で話す事を忘れ声を上げてしまった。
それに驚いたヤマダが声をかけてきた。
「突然、ど、どうしましたレヴィル様?」
「冒険者がゴブリンの村に向かってきてるらしい、もう進軍を開始したのか?」
「い、いえ…そんな話は聞いてませんが」
ヤマダも何故そんな事になってるか分からないでいると、その横でサトウが何か勘付いたように言ってきた。
「…多分低ランクの初心者冒険者が、本格的な戦争が始まる前に、ゴブリン討伐の手柄を独占しようと勝手に動いたのかも知れませんね…」
…そうかこの人間の軍勢は冒険者ギルドも含めた複合軍…人手を集めるのを優先した為か、ランク上げに躍起になってる程度の初心者冒険者も混じっていて、それがゴブリンくらいなら自分たちだけでも倒せると判断し、そのような行動を取った…と言う事か…。
何にしても急いで戻らねば….。
「スズキ殿! 貴方はさっきマレーゼの瞬間移動を封じた…その技術があると言う事は、貴方自身も瞬間移動を使えますか!?」
「え? …まあ使えはしますけど」
「では頼む! 私をゴブリンの村まで瞬間移動させてくれ!」
私は椅子を蹴る勢いで立つと、スズキに向かって力強くそう言うのだった。