第8話 3人の異世界勇者
「まあ…そこにおかけください」
既に卓に座っている黒い服を着た男は、そう言って椅子に座る事を促してきた。
それだけでとてつもない圧を感じる。
間違い無い…彼は稀人にして魔族の天敵…勇者に違いない。
そう考えただけで、どっと汗が吹き出る。
彼の言う事に抗える訳がない。
そんな事を感じ、言われるがまま腰を下ろした。
座った四角のテーブルの対面には、先ほど座るよう言った男、右隣にはマレーゼを圧倒した槍の男、そして左隣には女が座っていた。
ここは人間の軍勢が布陣してる陣地の中。
その中で勇者連合…つまり異世界人が使用してる天幕の中だ。
槍の男に殺されそうになった時、自身が彼らと同じ異世界人であると叫んだ事で、今ここに連れてこられてると言う感じになった。
ちなみにマレーゼだが、同じく殺されずに済んだものの、今私の後ろで、魔法を封じる紐のような物でぐるぐる巻きにされ捨て置かれてる。
口にも猿ぐつわをかまされ、定期的にむーむーと言った声が聞こえてくるが、今は目の前の事に集中しよう。
「…では貴方が私たちと同じ異世界人であるかどうか…テストを始めたいと思いますが、心の準備はよろしいですか?」
そう声をかけてきたのは左隣の女…瞳は黒いが髪の毛は栗色をしていた。
この毛色は…西域の人間か?
彼女の出身を想像しつつ、彼女の問いに頷いた。
「ではテストに入る前に、いくつかの確認事項の聞き取り、そしてテストをやる意味とテスト内容に関して簡単に説明させていただきます」
「よ…よろしく頼む」
「…では早速確認の質問ですが、貴方は魔族ですが、心は異世界人…つまり私たちと同じ世界の人間であると主張してますが、その認識で間違い無いですか?」
「そうだ」
「そして異世界人として、私たちブレイブガーディアンの保護下に入りたいと言う事ですか?」
「その通りだ」
「分かりました…では続きまして、このテストをやる意味を説明させていただきたいと思います」
そこまで言うと女は、一度んん、と喉を整えてから後の説明を続ける。
「このテストをやる意味は、異世界人と偽る人がいるからです」
「偽る?」
「はい…神領域において、勇者が組織したこのブレイブガーディアンは、私たち異世界人が持つ大きな力により、多大な影響力を与える物になりました…それ故組織に関わりを持つ事自体ステータスになるように考えられ、嘘をついてまで組織に入りたがるこちら側の人間が増えてしまっているのが、今の現状となっています」
「嘘? 元々こちらの世界の住人が異世界人だと言ってですか?」
「そうです。私たち勇者の多くは、召喚もしくは転生した国で、異世界人として得た強大な力を使い手柄を納め、その功績から国の王から爵位や領地を貰ったりして成功を収めてる人の割合が高いのですが…その実例から勇者になれば金持ちになれると、そう安易に考える人が増え、結果、異世界人だと偽って勇者連合に入ろうとするこちら側の人間が増えたと言う事です」
「…己が欲で…浅ましい事だな」
「…本当にそう思います。とにかく異世界人と言う申告だけでは、当たり前ですがこちらも信用する事は出来ません…これはその信用を得る為のテストになります…ここまでは良いですか?」
「大丈夫です」
「ではこれからテストの内容についつ説明します…」
神領域でかなり影響力を待つ組織、勇者連合ブレイブガーディアン…。
その組織に異世界人として保護を受ける為のテスト…今までの話を聞いてる限りは厳しそうな感じがするが…一体何をやるのか?
固唾を飲みながら女の言葉に耳を傾ける。
「テストは…私たちとこれから雑談をしてもらいます」
「雑談?」
「はいただの雑談です…歓談やディスカッション形式にするような気を使う必要はありません…普通に、気楽に話をしてくれればそれで大丈夫です」
「そ…そうですか? と、ところで」
「はい?」
「で、でぃすかっしょん…とはどう言う意味の言葉でしょうか?」
女が話す言葉の中に聞きなれない言葉があったので、どう言う意味なのかと、つい聞き返してしまったのだが、その瞬間女の顔が明らかに不審な顔になっていた。
そして対面の黒服の男に顔を向けると、こんな事を言っていた。
「ヤマダさん…これテストするまでも無いんじゃ…」
黒服の男はヤマダと呼ばれていた。
この中でも只者では無いと感じていたが、やっぱりあの勇者連合筆頭勇者ヤマダ・タカシだったのか…。
いやそれより、何だ? でぃすかっしょんと言う言葉は、それほど知ってて当たり前の言葉なのか?
しかしそんな言葉…劉備玄徳だった頃、漢帝国周辺では一度も聞いた事がないが…西域の言葉だろうか?
何か噛み合わない気がする。
…彼らは本当に私と同じ世界から来た異世界人なのか? …もしかしたら違うのでは…。
もし違っていたら勇者連合に協力を仰ぎ、この戦局を打開する、と言う策自体出来なくなるのでは?
そんな不安が湧き上がり、鼓動が強く早くなっていくのを感じる。
そんな時だった。
「まあまあサトウさん…ディスカッションなんて、僕も高校生の時にここに来た時には、馴染みの無い言葉だったと思いますし、それに僕より年上のリュウジさんも多分知らないですよ? そう言った意味では言葉の一つ二つ知らなくても当然だと思います。なので…たったそれだけで断定するのはちょっと早いかな? と思います。…ここは、せっかく場も用意した事ですし…一応やるだけはやりましょうよ」
ヤマダがそんな事を戯けた感じに言ってきた。
「…ヤマダさんがそう言うなら…」
勇者連合筆頭なだけあって発言力があるのか、ヤマダがそう言うと、渋々ながらも女は承知していた。
勇者連合筆頭勇者ヤマダ・タカシ。
異世界人の中で一番強いと言われてるだけあって、どんなに恐ろしい男かと思っていたが、存外話せる男なのかも知れない。
…そう思ったのだが。
「嘘だったら殺しちゃえば良いだけだしね」
そんな恐ろしい事をさらっと言ってきたので、再び狼狽してしまう。
「…その時はヤマダさんがやってくださいね…ではテスト…雑談を始めたいと思います」
そう言うと女はこちらに向き直り、こんな感じに会話を始めた。
「ではまず自己紹介からさせていただきますね。私はサトウ・リナ、前の世界では女医をやってました。回復魔法が存在するこの世界ではあまり役に立ちませんが、向こうの世界の医療は一通り出来ます」
女は自分の事をそう紹介していた。
医療…と言う事は医者なのか? 女が医者と言うのは珍しいな。
「次は私ですね。私はスズキ・タクマ、あっちの世界ではブラック企業でSEをやってました。そのおかげか、こちらの世界の魔法の術式…スペルコードを早く理解できて、結構魔法は得意になっちゃいました」
次に自己紹介してきたのは、マレーゼと揉み合っていた時に現れた槍の勇者だった。
その時にも言っていたが、ぶらっくきぎょうとは…どう言う意味だ? えすいーも分からん。
「最後に僕はヤマダ・タカシ…高校の時に来たから二人より異世界歴は長いけど、向こうの世界にいた時は何処にでもいる普通の高校生だったから特に語る事も無いかな…まあ歴が長い分勇者筆頭なんて肩書きはあるけどね」
最後にヤマダがそう自己紹介する。
こっちも、こうこう? と言う知らない単語が出てくる。
…何というか、いくら何でも知らない言葉が多すぎないか?
や、やはり彼らと私がいた世界は違うのだろうか?
とは言え、ここで引き下がれば私を頼ってきた民を助ける事は出来ない。
知らない言葉はあれど世界は広い…もしかしたら遠く離れた国の者なのかも知れない。
とにかくそれを信じ、何か会話に共通点を見つけ、私が彼らと同じ異世界人であると認めてもらうのだ。
…今私が出来る事は、少しでも長く会話をして、彼らの情報を少しでも多く得る事だけだ。
その為には私も自己紹介をしなくては…。
そう思い彼らに続き口を開く。
「私は…」
「あ…ちょっと待ってください」
「え?」
自己紹介をしようとすると、サトウと名乗った女が、手で制するようにして言葉を遮った。
「貴方の話だと、貴方は召喚では無く転生者ですよね?」
「そう…だが、それが何か?」
「でしたらまず、この世界に転生した肉体の方の名前と立場もしくは身元を教えてもらえますか?」
この肉体という事はレヴィルの方と言う意味か?
何故異世界人かどうか調べるテストの会話で、こちら側の名前を言う必要があるのか?
よく分からないが…レヴィルの名前を出しても大丈夫だろうか?
前にラファルドが、レヴィルの悪名は周りに知れ渡ってると言っていた。
なのでこの名前を出すのは、彼らの心象を悪くしてしまう可能性がある。
だが…これもテストの一環ならば、下手に隠せば、後々それが信じてもらえなくなる原因に繋がっていくかも知れない…ここは正直に言うか…。
そう結論づけると一呼吸入れ、レヴィルの方で自己紹介をした。
「…レヴィル・グロリアス・マリアル、魔帝ルード・グロリアスの末席の息子だ」
「レヴィル…だって?」
名乗った瞬間だった。
明らかに3人の顔つき険しい物に変わる。
その瞬間、放たれた彼らからの圧から、つい固唾を飲んでしまう。
…やはりレヴィルの悪名は、当然だが勇者連合にも伝わっていたらしい。
だが今の私は、外道だったレヴィルでは無く劉備玄徳なのだ。
だからと言ってレヴィルの犯した罪は、私の記憶にも残ってるし消える物では無い。
…だがそうだとしても、まだ彼らには直接的には悪事を行ってはいない。
今の私は、過去の悪事を良しとしていたレヴィルで無い。
その事が分かってくれれば、まだ話を聞いて貰える余地はあるかも知れない。
そう思い、その事を伝えようと口を開いた。
しかし。
「ハルビヨリ・ユメル」
ヤマダがそう名前を言った事で、喉元まで出ていた言葉が詰まった。
そんな私をじっと見つめながらヤマダは言葉を続けてきた。
「ハルビヨリ・ユメル…彼女ね、勇者連合のメンバーなんですよ…だから貴方の事は彼女から良く聞いてます。…貴方がレヴィルなら、この言葉の意味分かりますよね?」
「…ああ」
ハルビヨリ・ユメル…以前の外道だったレヴィルは彼女から激しい怒りを買い、殺されるほど恨まれていた。
今も塞がらない肩の傷が、その時の事を思い出させる。
「…まさかあんた自ら、ここに来るとは思わなかったよ。…しかしユメルは運が無い。あんたを一番殺したいって思ってたのに行き違いになるなんてな」
「行き違い…?」
「ああ…ユメルは単独行動であんたの城に向かったからな…元々勇者連合がこの軍に参加したのは、それをやるのが一つの目的だったからな」
「何だって…!」
ユメルが私を殺しに城へ向かったと言う事は、今頃城は大変な事に…。
不意にラファルドの顔が浮かぶ。
裏切られたとは言え、旧友だ…無事でいれば良いが…。
そんな感じに友の無事を考えてると、不意にヤマダに声をかけられた。
「…それで彼女どうしたんだ?」
「は?」
「とぼけるな…拐ったユメルの友達の事だ!」
ヤマダのその言葉にはっとする。
ユメルの友達…それは彼女の冒険者仲間だったファティム・シンスティアの事だ。
確かに以前の外道なレヴィルは、ある目的の為に彼女を拐い、今もあの城にいる。
そしてそんな彼女に、過去のレヴィルは、吐き気がするほどの非道を既に働いてしまっていた。
その事を聞かれ、罪悪感からどっと汗が噴き出る。
それでも自分が行った悪事から目を背ける訳にはいかない。
そう決意し、絞り出すように言った。
「か…彼女は」
「彼女は?」
「彼女の神聖な肉体が、神なる者を納める器に適していると知り、邪神ディアザレイドの本体の魂を留めておく肉体に…利用してしまった」
そう、過去のレヴィルは発見した邪神ディアザレイドの魂を、現世に留めておく為の保管場所として、彼女を犠牲にしてしまったのだ。
エゥリィラや他の邪神兵は、そうやってファティムの中に宿った邪神の魂の一部を、移植融合させて作った存在となる。
あまりに非道な行い…これは許されざる行いでは無い。
「お前…!」
そうヤマダが言った瞬間には、目の前に彼がいた。
彼は机を飛び越え、私を座る椅子ごと押し倒し、それと同時に喉元に剣を当ててきた。
「助かる方法は…!?」
「ぐ…私には分からないが…それをやったホリザリと言う魔学者ならもしかしたら分かるかも知れん…」
「…そうか、じゃあお前はもう必要無いな」
「な…!」
「悪党は殺せる時に確実に殺す…それが僕の主義だ…そうすれば余計な後悔をしなくて済むからね」
そう言うと喉元に当てた剣の押し込みを強めてきた。
それを見てマレーゼが、焦ったようにむーむーと抗議の声を上げていた。
しかしその瞬間、マレーゼの顔の横が弾けた。
見れば槍が突き刺さっており、その事でマレーゼは唖然とし言葉を失う。
槍の勇者スズキが槍を突き立てたのだ。
そしてスズキは、そんなマレーゼを見下すように笑うと「静かにしようね」と言っていた。
その言葉に、眉間に皺を寄せるも何も言えなくなるマレーゼ。
そしてそんな中、喉元に食い込む剣も、確実に命を刈り取ろうとしてきていた。
「ま…待て!」
「待たない…まあすぐには殺さないさ、自分がやってきた悪行を、しっかり悔いれるよう…じっくり斬ってあげるから…」
すぐ首を刎ねないのは、私をより苦しめる為らしい。
確かに私は苦しんで死ななくてはいけないほど悪事をやってきてしまった…だが今の私には頼ってきた民がいる…まだ死ぬ訳にはいかない。
自分の罪から逃れるようで嫌だったが、ここへもう自分が以前のレヴィルでは無く、劉備玄徳だと彼に言うしか無い。
「た、頼む…話を聞いてくれ」
「聞かないよ…ここでたっぷり後悔と苦痛を味わってお前は死ぬんだ…!」
聞く耳は持たないとばかりにそう言うヤマダ。
それでも強引に言葉を続ける。
「私は…つい最近…前の世界のいた頃の記憶を思い出したんだ」
「まだ言うのか?」
「ほ、本当の事だ…それでもレヴィルの犯した罪が消えない事は…分かるし、私が害してしまった者たちが望めば、この命差し出す覚悟はある…」
「じゃあ今死になよ」
「死ぬ覚悟はある…が、この首には既に先約がいる。…まだ何もしてないお前に殺されてやる訳にはいかない!」
城に戻ったら、邪神兵に改造してしまったエゥリィラに首を斬られてやる約束がある。
こんなところで死ぬ訳にはいかない。
「…命が惜しいからってそんな嘘を…男として情けなくならないの?」
そのヤマダの言葉に、常に誠実にであろうとしてる自分を全否定されてる気分になり、勢いでついにあの言葉を言ってしまう。
「…! この劉備玄徳! 己が命惜しさに天道に背く事をするか!!」
自分から劉備玄徳と名乗ってしまったのだ。
そしてそう言った瞬間だった。
ヤマダは大きく目を見開くと、突如剣を押し込む力を緩めた。
そしてこう呟いたのだった。
「劉備…玄徳……様?」