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第3話 三劣魔族

「それで君は…一体どうしたいんだい?」

 そう言葉を発したのは、金髪赤眼の美丈夫の魔族の青年、そして、ここ放逐領域、魔族側領土デスメソルの領主、この私、レヴィル・グロリアス、マリアルの側近にして親友のラファルドだった。

 邪悪な魔皇太子だったレヴィルが、この私、劉備玄徳の記憶戻り、かつての心、全ての民が安寧出来る国を作る為、ただひたすら邁進していた頃の気持ちを思い出した私は、邪神兵に改造されてしまった哀れな少女たち、その命が無碍に扱われるのを見過ごす事が出来ず、心の思うまま助ける事にした。

 しかしここは魔族の領域。

 正義な行いをしても、それは人間の感覚。

 ましてや人の命、いや自分以外の命など、そこらの土塊より価値の無いと思っていたレヴィルが、邪神兵の少女たちを救ったり、さらには救いを求める者は全て救う、そんは聖人君子のような事を突然言い出した事は、当然だが大騒ぎとなった。

 善王だった者が欲に溺れて悪王になる事はあるし、その逆で、悪が善に変わる事もきっとあるだろう。

 しかし今起きてる問題は、王の心変わり、それ自体では無く、その心変わりにより起きた急な方針変更、それが周りの者に取っては重要な事、心がついていけないと言ったところか、だから大騒ぎになっている。

 大騒ぎになっても当然だ。

 以前のレヴィルの方針は、自身が魔征域(ませいいき)の皇帝になる為、戦災奴隷の少女たちの犠牲の元、邪神ディアザレイドの力を手にし、魔皇帝として相応しい力を得る事により、父親、魔帝ルード・グロリアスに皇位継承権を認めさせるのが、外道だったレヴィルの方針で目標だった。

 それを叶えるべく自分は勿論、部下も巻き込み、悪事の限りを尽くしてきた。

 思い返すと、なんとくだらない事に執着し、自分の価値を貶めるだけの、情けない魔生を送ってきた事か…、だかしかし、他の皇位継承候補の姉上たちの力が規格外過ぎて、それと比べてしまうと、どうしても外法に頼りたくなるかつての自分の気持ちも分からなくも無い。

 私の姉、つまり七皇魔王姫(しちこうまおうき)の事だが、名前が示す通り、七人おり、全てが魔帝の娘で、先に言った通り皆が規格外の強さを持っている。その強さは、神の気まぐれ、もしくは召喚などでこの世界にやってきた稀人…勇者と呼ばれる者たちがいるのだが、その者はたちは皆、並の魔族では到底及ばない力を持っているが、魔王姫はその力すら凌駕する。その証拠に魔王姫がこの魔征域に現れてから、勇者の本土侵攻はただの一度も無い。

 この事実だけでも七皇魔王姫の力が、いかに凄いか分かると言う物だ。

 その中でも特に竜の姉上、彼女は、力だけなら七皇魔王姫最強と言われており、昔その力の片鱗を見た事あるが、その光景は、劉備玄徳の記憶を思い出した今となっても、あれだけとは絶対に戦いたくは無い、そう感じるほど恐ろしい物だった。

 …まあ怖く感じていたのは、力の差だけでは無く、その姉上には、何故か幼い頃より因縁をつけられて虐められていた事が多く、その事がトラウマになっている、と言う事もあるかも知れないが…。

 ともあれ、そんな姉たちと対等の力を得る為、あらゆる悪事に手を染めていたレヴィルが、突然皇位継承権を放棄し、天下万民が安んじられる地を作る為、全霊を尽くすと言う、全く真逆の事を言い出したのだ。混乱が起きて然るべきだろう。

 そしてその混乱を収める為、ここデスメソルに存在する唯一の小城、その一室で、今後の方針を決める会議が、急遽取り行われていた。

 それでラファルドは、いきなり真逆の事を言いだした私に対し、君は一体何がしたいんだい? そう質問を投げかけてきてると言う訳だ。

 その問いに、前までなら自分が人間、劉備玄徳の記憶が戻ってる事を、魔族にバレないようにする為、色々と言い繕ってしまっていたが、しかし戦災奴隷の娘、フィリアと言ったか、あの娘が見せた、死を前にしても自分を変える事は無かった、その勇気ある姿に感銘を受けた私は、自分が思う正義の行いが出来ないならば、その時は、自分が劉備玄徳だった事を魔族にバレても構わない、私は誰にどう思われようと、救いを求めるいかなる民が安んじられる地を作る為、全身全霊を持ってそれに尽くす事を決めたのだ。

 だから、私がラファルドに返す言葉はもう決まっていた。

「…一体どうするも無い、私はここデスメソルに、救いを求め、ここに流れ着くしか無かった全ての可哀想な者達に、平和で安んじられる場所を、私は作ってやりたいのだ」

 そうレヴィルが言うと、円卓にいた魔族たちはざわめき、顔を見合わしていた。

 そんな動揺の中、私はさらに言葉を続けた。

「…今までやってきた事と、全く真逆の事を言い出してしまった事は、すまなくは思う。しかしもう決めた事なのだ。私はその道を進む為なら、私には皇位継承権も放棄する覚悟がある…」

 そう言うと、誰かが「皇位継承権を…!」と言い、それに引っ張られるように、さらにざわめきが大きくなっていた。

「元より、私のような無能が魔帝になる資格…いや上に立つ資格すら無いかも知れん。しかし、それでも魔帝の子として生まれ、お飾りとは言え、ここデスメソルの領主となったのだ。領主になったからには、この地に住む民、そこに救いを求めてやってきた者たち、その全てが平和に、安んじられる場所を作ってやる責任が私にはある。私はその責務を全うしたいのだ」

 そこに暮らす者が常に安んじるよう、また苦しみから救いを求めてやってきた者たちが幸せになれるよう、それを成す為努力するのが、民の上に立つ者のやるべき事だ。

 それをやらずして天子になる事など、おかしかな話だ。

 万民を救い、愛し、そして逆に民に認められるようになって初めて、帝を名乗れる資格が出る。

 それは当然の事、そう当然の事だ。

 …しかし、それは人間の感覚としてだ。

 彼らはやはり魔族だからか、私がそう言葉をかけても、ほとんどの者が首を傾げ、こいつは何を言ってるんだ? と、全く受け入れられてない様子はひしひしと伝わってくる。

 しかし魔族と人で価値観が違うのだから、それは仕方が無い事だし、そこを強要するのも何か違うだろう。

 例えどんな悪しき考えに見えても、人には人、魔族には魔族の、それぞれ価値観と言う物があり、それを自分の嫌悪感から一方的に間違いだと断ずるのも良く無い事だ。

 そう思った私は、そんな魔族たちにある提案を持ちかける事にした。

「…お前たちが、突然そんな事を言われても困るのも分かる。だから強要はしない。もし私の方針が嫌だと言う物がいるならここから去っても構わない。勿論その際はそれなりに手当ても渡そう」

 手当て…金を出すと言ったら、途端に嬉しそうにする魔族の顔がチラホラ見える。

 当然だ、ここデスメソルは、流罪にも使われる辺境の地、それに人が住む神領域から近い最前線、その事からここに住む魔族は、冒険者や王国騎士団、運が悪ければ先ほど言った勇者など、普通の魔族なら、相手にもならない強さを持つ、稀人…勇者に遭遇する確率は高く、まあ簡単に言えばここに長くいればいるほど、死ぬ可能性は高くなると言っても過言では無い。

 だから金を貰って本土に帰れるなら、願っても無い話と言う訳だ。

 まあ、あっさりそう思われてしまう、私の人望の無さも原因だが…。

 そう思いつつも、自分が信ずる事を、誰も耳を傾けてくれなかった事実は、どうしても自分の心の中に暗い物を感じさせる。

 仕方が無い、彼らは魔族、いや…人間であっても、他の者の為に命をかけて戦おうとする者はそうそうはいない。

 そうこれは仕方が無い事なのだ。

 だが、やはり、そうであっても、正義の為、弱き者を守る為に戦う事、それに心を震わし、剣をあげる者が、ただの一人もいないと言うのは…えも言えぬ悲しさを感じさせた。

 そして彼らをそんな性根にしてしまったのは、外道のレヴィル、かつての私なのだから、彼らがその選択を選んだとしても、私には文句を言える資格は無い。

 そう考えてしまうと、自分の情けなさから、つい自嘲気味に笑いが溢れる。

 そしてその考えが、自分の心も、少し投げやりな気分にさせてしまい、その心情のまま、ラファルドに対しても、どうするか、言葉を自暴自棄気味に問いかけてしまう。

「ラファルド、お前も嫌なら、本土…いや本国に帰っても構わないぞ」

 ラファルドも他の魔族と同じで、きっとこんな魔族らしからぬ事には付き合わず、本国に帰る選択をするだろう、そう決めつけて声をかけたのだが、しかしラファルドが返した返答はこちらの予想とは違うものだった。

「ん? 何でだい?」

「…? 何でって…お前も、その、平和な国作りなんてやりたくは無いだろう? 親友だからと言って無理して付き合う必要は無いんだぞ?」

「でも君がやりたいんだろう? だったら僕も付き合うさ」

 レヴィルのやる事に付き合う、ラファルドは爽やかな笑顔を貼り付けて、そう言ったのだ。

 何故魔族の価値観を持つラファルドが? そう疑問に思い、何故なのか、つい聞いてしまう。

「何故だ? 自分で言い出して何だが、こんな事、魔族がやりたがるような事では無いだろう?」

「…何故? そうだね…何でだろうね……ん〜、まあ、それは僕は君の全てを肯定しているからだろうね」

「私の全てを…肯定?」

「そう肯定、正直何をやりたいんだか僕には分からないけど、それでも君とは長い付き合いだしね。友人の君がやろうとしている事を肯定して、手伝ってやりたいと思うのは自然の事だろう?」

「ラファルド…」

 ラファルドの言葉に、目頭が熱くなるのを感じる。

 人間同士でもここまで信頼してくれる者などそうそうは出来ない。

 悪業の限りを尽くしてきたレヴィルだったが、唯一友の選択だけは正しき行いだったと感じた。

「分かった…ありがとうラファルド、これからもよろしく頼む」

「勿論さ、言われなてくても僕は一生君についていくからね」

「一生は…大袈裟だろう」

「そんな事は無いさ…それより」

 笑顔だったラファルドが急に神妙な面持ちになり、何かを言いたそうにする。

「ん? どうした?」

「………いや、今気にするべき事でも無いかな? やっぱり何でもないよ。すまない」

 ラファルドは、少し逡巡したのち、何でも無いと言ってきた。

「…そうか? お前が言いたくなければ無理に聞くつもりも無いが、それでも何かあればいつでも聞くから、気兼ね無く言ってくれ」

「ありがとう。勿論その時は言わしてもらうよ」




 ラファルドとそう言葉を交わした後、今後のデスメソルの運営方針に関しての話し合いは終わり、その結果、この地を種族問わず、行き場を失った者たちの安住の地にすると言う、レヴィルの方針に賛同出来ないと考える魔族は当然多く、ほとんどの者が報奨金を貰って本土に帰る選択をし、デスメソルに残った魔族は、ラファルド直轄の部下数名、後は金と酒さえあれば良いと言った感じの、見るからに信念の無い、素行の悪い魔兵士だけが残る感じとなり、それもさほど人数はいなかったので、城内の兵力は100を切るほどになってしまっていた。

 領内の防衛戦力としては、当然不十分ではあるが、信念無き者を無理して残しても仕方ない事だろう。

 まあ、そこら辺はのちのち考えるとして、次は邪神兵にしてしまった少女たちの事だ。

 彼女たちは、邪神ディアザレイドと言う危険な邪神の魂の一部を融合されてしまった事により、人としての寿命が著しく減ってしまった。

 私には、彼女たちをそんな体にしてしまった責任がある。

 その事からホリザリが彼女たちを、せめて普通の人間と同じ生が送れる体に戻るまで、面倒を見る事を決めた。

 そんな体にした張本人に、そんな気遣い自体されたくは無いだろうが、それでも私は彼女たちに何かをしてやりたい。せめてここにいる間だけでも、彼女たちが安んじられるような暮らしを与えたい物だ。

 その為には、まずは暮らしから何とかしなければいけないだろう。かつての外道だったレヴィルは、当然だが彼女たちのことは人間扱いしておらず、住居に関しては、どうせ死ぬか生きるかの実験に使うのだから、今すぐ死ななければ問題無いと言う考えから、薄汚い地下牢をその場所にしていた。

 年端も行かない少女たちに、私は何と言う事を…。

 それに人間とは言え、身分の高い貴族の娘に対しても、礼を失するにあまりある…今すぐにでも彼女たちにはちゃんとした部屋と温かい食事、人間としての生活を用意させねば…。

 そう思い、彼女たちがいるであろう地下の実験室へと足を向けた。

 その時だった。

「レヴィル」

 不意に名前を呼ばれ、振り返るとそこにはラファルドがいた。

「ラファルド…どうした? 何かあったのか?」

「さっきで会議室で言いかけた事、ちょっと言っておこうかなと思ってね」

「会議室での事? ああ何か言いかけていたな、なんの話だ?」

 そう言葉を返すと、ラファルドは真面目な顔に変わり、こう聞いてきた。

「いや、方針についていけず、ここを出てく奴らの事だけど…」

 そこまで言うと、ラファルドは周りに聞かせない配慮か、顔を近づけ耳元で囁くように言った。

「どう処理しようか?」

「…? 処理…?」

 処理と言う言葉に一瞬戸惑うが、しかしラファルドから発せられる雰囲気から、そう言った意味で言ってるのはすぐ理解出来た。

「処理とは…何故、彼らを殺す必要が…?」

そう言葉を返すと、ラファルドは真面目な顔から、キョトンとした顔になり、そして呆れたように言ってきた。

「何故って…無駄に金を渡す必要も無くなるし、それに…情報流出も食い止められて良いじゃ無いか」

「情報…流出? ここから出ていくだけの彼らに、何か喋られて困る事があるのか?」

「おいおい、そんな事も分からないのか、ここに種族問わず受け入れる国を勝手に作るって事さ。一応魔皇子の君がさ、そんな人間みたいな事をやるのを、まさか魔帝陛下が許すと思ってるのかい?」

「あ…」

 それは確かにラファルドの言う通りだ。敵対している人間、それに亜人種のエルフやドワーフも受け入れる国を作るなど、魔帝が許す訳が無い。

 この事がもし魔帝が知るところになったら、私はここの領主を降ろされる…くらいで済めば良いが、息子とは言え、能力的に七皇魔王姫の足元に及ば無い無価値な私は、そのまま処刑と言う事もあり得るだろう。

「僕の言ってる意味は理解出来た?」

「あ…ああ」

「だったら君の意思に反する者たちは、ここを出る前に全て処分した方が良いね。何せ、ここからすぐ近くにある魔征域の州は、夜翔州カラミティアル・フェザー、そこを統括してる七皇魔王姫は、あの天翔凰姫(てんしょうおうき)フレイディア・グロリアス・カイゼルだよ? 彼女は力だけじゃ無く知恵も回る。もしこの事が彼女の耳に入り、それが帝国に対する叛逆と取られたら、次の皇帝の座を狙ってる彼女の事だ、謀反を事前に制圧した、と言う手柄を得る為、魔帝の許可を得ず、ここに攻め込んでくる可能性は高いよ」

 …ラファルドの言う通りである。全ての種族を受け入れる国など、全ての種族を支配しようとしている魔族の考えとは真逆な事だし、これは明らかな叛逆行為と言えよう。それに七皇魔王姫…姉上たちが父、魔帝ルード・グロリアスに対して持っている信頼、忠誠、そして愛情は、その態度から見て絶対の物だし、それに加えて次の皇位継承権狙いなのか、皆が皆、魔帝に気に入られようとせめぎ合っている現状なのだ。

 その事から考えれば、賢いフレイディアの姉上の事だ。

 私がやってる事を謀反とし、事前に謀反を阻止する事ができた、と言う手柄にしようとする事は想像に難く無い。

 だからラファルドの言う通り、姉上にバレないよう口封じをする、と言う選択肢は正しい事だろう。

 情報が流れなければ、基本、本土の魔族たちは気にも留めない放逐領域内の事ならバレる事は無いだろう。

 だからその情報が漏れないように、それに関する者たちをここから出さない、叶わないなら殺してしまうと言うのは正しい選択だ。

 しかし…。

「ラファルド…お前の言いたい事は分かる。だが私は、それでも彼らを殺すつもりは無い」

「………はあ?」

「ここから出ていきたい者を、無理に止める気も無いし約束通り金も払う。当然殺しは無しだ」

「ちょちょ、ちょっと待ってよ。え? いいのそれで? 本当に? 多分数日で夜翔州の兵が攻めてくるよ?」

「その時はここデスメソルを放棄して、…神領域(しんりょういき)にでも逃げようか…亡命先は…神帝国シンス・ティアなんかどうだ? 宗教国家だけあって、哀れな民を受け入れてくれるかも知れない」

「…レヴィルくん? それは本気で言ってるのかな? 宗教国家が魔族の亡命者なんか絶対に受け入れる訳ないじゃないか、それに僕たちはあの国の聖皇女にあんな事をしたんだよ? あの事がバレたら亡命させてくれるどころか戦争ふっかけられてもおかしく無いんだよ?」

「…! あ〜…そ、そうだったな。確かにそれを考えれば、私たちが亡命を頼める立場では無かったか…」

 ラファルドに言われて、自分がシンス・ティアの聖皇女にした事を思い出す。

 そしてそれが原因で冒険者ハルビヨリ・ユメルに恨まれてしまい、私は殺されかけたのだった…すっかり忘れてしまっていた。

 レヴィルと劉備玄徳の記憶が混濁してるせいか、つい最近あった事が言われないと思い出せない事が多々ある。

 ともあれ、それから考えれば、確かにシンス・ティアに頼める立場では無い。

 ならばフレイディアと事を構えれば、戦う力も無ければ、当面の亡命先も不透明と言う事だ。

 これでそもそも脅威の原因となる、フレイディアへの情報漏洩、それを防ぐ為の口封じをしないと言うなら、いよいよ八方塞がり、自殺行為に等しい行いだろう。

 …だが、それでも…。

「…ともかく、殺しは無しだ」

「…レヴィル、なんで君がそんな考えになったか分からないけど、とにかく、理想だけでは世界は動かせない。考えろ、分かるだろ?」

「分かっている。しかし私が目指してる物は、誰もが苦しまず、犠牲にならず、平和で安寧に暮らしていける国作りだ。そんな国作りをするには民がついきてくれなければ叶わない。そして民がついてきてくれるような者になるには、己に一点も曇りない生き方をし、ただひたすらに正しき行いをし、それが認められるようになって初めてなれるのだ。だから私は、自分が困るからと言って、罪の無い者を犠牲にするような、天道を外れる行いは………もう2度としたく無いのだ」

「テ…テンドウ? い、いや…だがしかし…」

「もう良い、これ以上は話す事は無い。とにかく去る者を殺してはならん! もしも手を出した事が分かったら、お前とは縁を切る!」

「分かった、分かった! もうこれ以上は言わないから、そう興奮するな…本当にどうしたんだよ君は…はぁ…」

 こちらの剣幕に押されたのか、両手をあげて降参の姿勢を取るラファルド。

「分かれば良い、無理に私の考えを強要する気は無いが、それでも私についてくると言うなら、お前も正義の行いをするようになるのだ」

「正義の行いねぇ…、まあとにかく、フレイディア姫殿下にバレる事もやむなしと言うなら、戦っても勝てないんだ。逃亡先はちゃんと決めるくらいは現実的に考えないと」

「ん…、まあそれはそうだな」

「分かってくれて嬉しいよ。とにかくシンス・ティアは現実的じゃ無いから…そうだな、北のダークエルフの地、ナルフェルンなんか、とりあえずの亡命先に良いんじゃ無いかな?」

「ナルフェルンか…」

「ああ、あそこは近くの人間の国と戦争状態になってて、結構国内は無茶苦茶になってるみたいだからね。少し難民が流れ込んでも手が回らないと思うから、逃げ隠れるのには丁度良いよ。それにあそこは一応神領域、魔征域に属さない中立域だからね。いくらフレイディア姫殿下でも、外交問題に関わる事は、魔帝の許しを得ないで勝手な行動はしないだろうから、とりあえずの時間稼ぎも出来る」

「なるほど…それは名案だな。だが相手が大変な時に、勝手に領内に入って居座ると言うのは…良くは無いな、亡命する際は、ちゃんとダークエルフの長と話し、許可を得る事にしよう」

「いやいやいや…そこは勝手に亡命しちゃいましょうよ…と言うか、多分君…凄い嫌われてるから話し合いなんて出来ないと思うよ」

「私が嫌われてる? 何故だ? もしかして私はダークエルフにも何かしたのか?」

 何故かダークエルフにも嫌われてるらしいが、言われても原因が思い起こせない。

「…いやいや、何かしなくても、君は元々悪評が凄いんだからさ、ここの近くで君に好印象持ってる都市や村なんか一つもないよ」

「う…」

 過去のレヴィルが行っていた悪事や非道は、本人は気にして無かったが、直接関係無い周辺諸国にもかなり悪い印象を与えていたらしい。

 劉備玄徳の記憶が無かった頃にやってしまった事とは言え、それは紛れもなく自分がやってしまった事には変わらない。

 まさに返す言葉も無いと言う感じに言葉を詰まらせてしまう。

「その中でもダークエルフなんて、ダークとか言ってる癖に、君の言う正義の行いって奴? そう言うのを厳格にやってる奴らだからさ、君とは関わり合い持ちたく無いどころか、賞金首にされてるよ?」

「なんだと!?」

 なんと過去のレヴィルも知らないうちに、賞金首にされていたらしい。

 まあそれほどの悪事をやってきた自覚はあるから、周りの国が悪く思われてしまう事は然るべきだが、それでもいきなり賞金首になっていた事には驚きを感じてしまう。

「まあ、そう言う事だから、そこら辺の事よ〜く考えた方が良いよ。君はね、君が思ってる以上に、周りから悪党だって思われてるんだから」

「あ…ああ、それは確かにそうだな。私の不徳の致すところだ…、返す言葉も無い」

「うんうん…じゃあ、まあ、聞く事も聞いたし、そろそろ僕は行くかな」

「そうか」

「ところで、そう言えば君は何処へ行くつもりだったんだい?」

「ん? ああ…邪神兵にしてしまった少女たちのところへな」

「邪神兵たちの?」

「うむ、彼女たちの体を元に戻すまで面倒を見なくてはいけないからな。その間不便が無い生活を送れるよう様子を見に行くところだ。お前も来るか?」

「…いや、遠慮しとくよ。じゃあまたね」

 そう言うと、ラファルドは踵を返しその場去っていった。




 ラファルドと別れた後は予定通り、邪神兵の少女たちがいる部屋へと向かう。

 彼女たちがいるのはあの実験室で、フィリアが死んでしまう実験を止めた後、方針変更の会議でバタバタしてしまった事から、後の事はホリザリに任せていた。

 ホリザリは、非道な実験を平気でやる悪人だが、奴には奴自身が作った最強の精神支配術、ファントムスレイドを使い、彼女たちを無碍に扱う事は禁止したので、傷つけたり、殺すような事はもはやしていないだろう。

 そんな事を考えているうちに、あの実験室の大扉の前へと辿り着く。

 扉を開けて中に入ると、そこは実験をやっていた時とほぼ同じ顔ぶれがそこにいた。

 ホリザリが邪神兵として完成品と言ってた貴族娘と合わせた4人、失敗作と言っていたフィリアを合わせた少女たち、それとホリザリの助手の魔学者。後そこに警備の魔兵士はも居たはずだが彼らの姿は無かった。

 恐らく方針変更の会議の行って、そのまま辞める事にし戻らなかったのだろう。

 だが、あの金で雇われていた暗黒騎士だけはそこにいた。

 金で雇われてるだけあって、ここの方針がどう変わろうと、彼には関係無いのかも知れない。

 そんな感じに周りを見渡していると、それに気づいたホリザリがこちらを見てくるが、「ちっ」と舌打ちした後、すぐに顔を背けていた。

 そんなホリザリの様子に、近くにいた貴族娘も気づいてこちらを見るが、私の顔を見た瞬間険しい顔となり、こちらもすぐに目を逸らされてしまう。

 分かってはいたが、どっちにも随分嫌われた物だ。

 しかしこう言う態度を取られると、声をかけづらくなる。どうしたものか…。

 そんな感じに困っていると、何か様子を察したのか、今度はフィリアがこちらに顔を向けてくる。

 彼女は目が見えないから、私が来た事など分からないだろう。そう思ったのだが…。

 「あ、領主様!」

 意外な事に、フィリアは私だとすぐ分かり、パタパタと足音を立ててこちらに向かってきた。

 その際「あ、こら! フィリア」と、当然憎き相手に妹を近づけさせまいと、フィリアを窘めようとするフィリアの姉である貴族娘だったが、フィリアは止める間もなくこちらに来てしまっていた。

 何故か嬉しそうな顔をして…。

 何故笑顔なのだ? 私は人としての命を限りなく縮めてしまう、そんな恐ろしい邪神兵に改造する事を指示した男だと言うのに、姉同様、憎くはないのか?

 そんなフィリアの反応に戸惑いを感じながらも、会話を続ける事にした。

「よ、よく私だと分かったな」

「え? あ…はい! 私目が見えないから、そう言うのが鋭くなったと言うか、なんか雰囲気とかで分かっちゃう感じなんですよね」

「そ…そうなのか? それは凄い才能だな」

「凄いですか? えへへ…そう言われるとなんか照れちゃいます」

 フィリアはそう言うと、頬を染め、照れ隠しなのか床をつま先でクリクリしていた。

 正直、罵詈雑言を浴びせられる覚悟をしていたので、この柔らかい反応には助かる物を感じる。

 しかしそれに対し姉の方は、いまだこちらを睨みつけるようにし、厳しい態度を崩さないでいた。

 それも当然であろう。

 私が非人道的な実験を指示して、彼女たちを化け物にしてしまい、さらに寿命も1年も生きれない体にしてしまったのだから。

 人間の尊厳も、そして人として当たり前に生きれる時間を奪われ、それが自分だけでは無く、自分が愛する妹、そして貴族の責務として守ってきた民にも類が及ばされたのだ…彼女の私に対する怒りは推して知るべき物だろう。

 一応ホリザリに命じて、彼女たちを普通の人間に戻す為の方法を研究するように計らったが、だからと言って一朝一夕で許される事では無い。

 そんな、許されざる事をした私とは、話などしたくは無いだろうが、しかし彼女たちがここにいる間の待遇に関して、領主として説明しておく責任があるだろう。

 そう思い気不味いながらも、貴族の娘に向かって声をかける事した。

「…そう言えば、まだちゃんと名乗った事は無かったな。私はレヴィル・グロリアス・マリアル、一応、魔族側の放逐領域デスメソルの領主をしています」

「…」

「…名前が示す通り、末子だが魔帝ルード・グロリアスの息子です」

「…」

「そちらは…確か、ファルラルド王国に属している、ディグラード伯爵家の者でしたな」

「…」

「もし宜しければ、貴方様の名前を教えてもらっても…」

「…」

「あー…」

 何を聞いても答えない彼女。

 その雰囲気に、流石に言うべき言葉を失い、しばらく気不味い沈黙が流れてしまう。

 とても気不味い。

 その気不味い空気を察したのか、間にいたフィリアも、いつのまにか私と貴族の娘の間で、オロオロとしていた。

 そんなフィリアの様子には耐えられなかったのか、貴族の娘は盛大に溜息を吐くとこんな言葉をかけてきた。

「名前? そんなの、おいでも、お前でも、…もしくはそこのクソ魔学者みたいにヒトカスとか、何でも好きに呼べば良いでしょ」

「いやいや…それはいくら何でも」

「それに、聞かなくても、知りたいなら命令すれば良いでしょ? 私は貴方に言われれば逆らえないのだから」

「む…」

 逆らえない、確かに今、貴族の娘には、無意識レベルで従えてしまうと言う、絶対的な精神支配術ファントムスレイドがかけられており、私が名前を言う事を強要すれば、貴族娘の名前を言わせる事は容易だろう。

 だがそんな形で名前を教えてもらっても意味は無い。

 あくまで彼女自身の意思で言う気になってこそ、人と人との信頼が結べた証となり価値があるのだ。

 …信頼を結ぶなどと、そんな事を考える事すら許されない事を彼女たちにしてしまったが、しかし、それでも、それを得る為の努力を、私は諦めたくはない。

 とは言え、すぐには無理であろう。ここは本題である、彼女たちの待遇に関して伝えるだけに留めよう。

「言いたくなければ、無理に言う必要は無い。ただ貴女方の、ここにいる間の待遇の事に関しては説明させて頂きたいのだが」

「待遇…?」

 興味が惹かれたのか、貴族娘は、ほんの少し表情を緩むのが見えた。

 しかしすぐに失笑し、皮肉めいた事を言ってきた。

「待遇とは、今まで通り、住む所は日も当たらないジメジメした地下牢で、野菜の屑が入ってれ幸運の、冷えて味も無いスープが3日に一度頂ける、素敵な素敵な待遇の事かしら?」

 最大限の嫌味を込めて、そんな事を語る貴族娘。

 戦災奴隷をどんな扱いをしていたか、外道だった頃のレヴィルが、気にも止めてなかった事でその実体は知らなかったが、そんな酷い扱いになっていたとは…。

 勿論、そんな酷い扱いにする訳が無いので、慌てて否定する。

「そ、そんな扱いはもうしない。ちゃんと温かい食事を用意するし、部屋も地下牢では無く、普通の部屋を用意しよう。人数が多いから、一人一部屋とは流石にいかんが、そこは我慢してくれ。後、人の個室以外は自由に城内を移動して構わない」

「何…?」

 私の言葉に、貴族娘は目を丸くして驚いてた。

 無理も無い、今まで私がしてきた扱いもあるが、それ以前に、難民や奴隷は、宗教国家のシンス・ティアならともかく、同じ人間の国でも人間扱いしない事がほとんどだ。

 それなのに、より人間扱いしないはずの魔族が、手厚く保護すると言い出したのだ。驚いて然るべきだろう。

 そう言われた事で、しばらく驚き戸惑っていた貴族娘だったが、気を取り戻すように顔を横に振ると、再び睨むような視線を送り口を開く。

「…っざけないで…! そんな事…信用」

 信用出来るか、貴族娘はそう抗議しようとした時だった。

「…あったかいご飯…食べられる…ますか…です」

 貴族娘の言葉を遮るように声を上げる者がいた。

 その声を上げた者は、邪神兵としては不完全とされていた、少女たちの一人で、彼女は指を咥えながらそんな事をボソッと言っており、その様相からお腹を空かしているのは良くわかった。

 その姿に憐憫の情を感じた私は、すぐに少女が安心するよう問いかけに答える。

「…魔族の食事が口に合うか分からないが、出来うる限りの食事は用意するので安心しなさい」

「…ほんと?」

「ああ、何ならこれから食事にしようか? 今までロクな食事を取っていなかったんだ。お腹が減っているだろう?」

 そう言うと少女たちは、パッとした笑顔を見合わせ喜んでいた。

 その姿から、よほどお腹が空かせていた事を察した私は、すぐにでも彼女たちをお腹を満たしてあげようと、食事の準備に取りかかろうしたが、その瞬間だった。

 風を切る感覚が、自身の首の横を通り抜けたのだ。

 その感覚があった場所、首の横、首筋に視線を移すと、そこには光で形成された剣のような物があった。

 その光剣の色は白色だったが、少し暗みががった白色で、魔力とは違う、邪悪…ともまた違うが、とにかく何か良く無い力で作られてる事を無意識に感じる物だった。

 見ればこの光剣を握っていたのは、貴族の娘で、その事から、これが邪神のディアザレイドの魂を融合させて出来た邪神兵…いや完成品の邪神騎士の能力なのだと気づく。

 なるほど、先ほどから感じていた忌避感のような感情は、邪神の波動を本能的に恐怖してしまったからか。

 第四世界を滅ぼした力…その生き残りである我々は、見た事が無くても、世界が滅ぼされた恐怖が体に染み付いているのかも知れない。

 そしてこの力は実際恐ろしい力を秘めている事は、肌に当てられた光剣からも、ビリビリと感じる。

 よく見てみれば、光剣が当てられた首の周囲は、空間が歪んでるように見え、歪み引き伸ばされた首筋が、光剣のある一定の位置まで行くと、砂粒のように粉状になって消えていき、そこから少しずつ皮膚が裂けていた。

 裂かれた皮膚の傷口からは、当然血が噴き出し、その血は皮膚と同じく、砂状に細かくなると光剣に吸い込まれように消えていった。

 この威力、魔族の魔法防御力を簡単に貫通し、私の首を落とす事は容易だろう。

 これが邪神ディアザレイドの魂を融合させた人間の力…恐らくはまだ使いこなして無いで、これだけ強力な力を出せる事に、末恐ろしい物を感じる。

 そんな恐ろしい光剣を握る先にいる貴族娘は、こちらを殺すような眼光を向け、吐き捨てるように言う。

「…何ふざけた事してるの?」

「ふ…ふざけてるとは、何の事かな? ただお腹が空いているだろうと思って私は…」

「黙りなさい!」

「ぐ…」

 光剣をさらに近づけ威圧する貴族娘。

「私たちをこんな体にしておいて、少し良い生活を提供しただけで…許されると思ってるの?」

「そ…そんなつもりは無い、だが、少しでも其方たちにしてしまった事の贖罪になればと思い…」

「は…贖罪? 贖罪ですって? だったら死んで」

「…!」

 貴族娘が提示した許される為の条件は死だった。

 いきなり死ねと言われて正直動揺してしまったが、私は彼女にそう言われても仕方の無い事をしてしまったのだ。

 そう仕方の無い事。

 ならばそれで彼女の気が済むと言うなら、ここで果てるのも仕方の無い事か…。

 そう思った私は、一つ、深く深呼吸をすると覚悟を決め言った。

「分かった…それで其方の気が済むなら、この首…取るが良い」

「………はぁ?」

 予想外の返答だったのか、間の抜けた声を出す貴族娘。

「ふ、ふざけないで! 貴方のような非道が、贖罪の為に死を選ぶなんてする訳が無い…! 適当な事を言ってると許さないわよ!」

「適当などでは無い。私は己が重ねてきた罪が許されるなら、自分の命など安い物だ…さあ、やるが良い」

 そう言うと、貴族娘からギリと歯軋りの音を放つと共に甲高い叫びを上げ、光剣を振り上げた。

「だったらお望み通り殺してやるわよ!」

 そう貴族の娘は言うと、こちらの首めがけて剣を振りおろす。

 その時だった。

「そいつを殺したら、アタシの呪縛も解けるよ」

 その声に貴族娘はピタリと光剣を止めた。

 そんな制止に繋がる言葉をかけたのは、意外にもホリザリだった。

 そしてホリザリは続けて貴族娘にこう言ったのだった。

「…私にファントムスレイドをかけたそいつを殺せば、もう私に命令を下せる者はいないから、あんたらの延命治療の研究もしなくて良いし、何より、私があんた達にかけたファントムスレイドは有効だから、元の木阿弥、アタシに生殺与奪権を奪われた奴隷ちゃんに逆戻りになるから、是非殺して欲しいもんだねぇ…ひぇひえひぇ…」

「く…」

 悔しそうに歯噛みする貴族娘。

 どうやらホリザリにかけたファントムスレイドは、私が死ねば解けるらしい。そうなれば確かにホリザリが言った通りになるだろう。

 その事を理解したのか、貴族娘はゆっくりと光剣を自身の手のひらに吸い込ませるようにして消して行くと、こちらに不敵な笑みをこぼしこう言ってきた。

「運が良かったわね悪党さん? 言え…こうなる事を知ってた卑怯者かしら? 私に殺させない理由を予め用意しておいて、死で贖罪する?  はっ! …笑わせないで」

 吐き捨てるように言う貴族娘。

 確かに、彼女たちにかけてあるファントムスレイドによる支配権、つまり自由をホリザリから守る為には、私がホリザリにかけてあるファントムスレイドが有効である事が必要だ。

 私は彼女たちを守る為、思いつきでホリザリにファントムスレイドをかけてしまったが、それが結果的に、彼女たちに対して、自身の命を守るカードになっていたとは考えもしなかった。

 しかし、知らなかった事とは言え、この状況では、私がそれを盾にしていると思われて仕方が無い事だろう。

 しかし私には、彼女たちにしてしまった罪を償う為に、それで気が晴れると言うなら、自身の命を差し出す覚悟は決めてある。

 なんとかホリザリに支配権を与えず、彼女たちに殺されてやる方法は無いものか………。

 そう思い記憶を探ってると、過去にホリザリがやっていた事である事が思いつく。

 そうだコピーすれば…。

「…聞きているの?」

 とある事を思い出した直後、黙考していたのを聞いてないと捉えたのか、貴族娘が不機嫌そうに声をかけてきた。

「とにかく…私はもう貴方の言う事は何も信じない…命をかけるなど軽々しく言わないで…聞くだけで虫唾が走るわ…!」

「…私は嘘は言ってはいない。其方の気が晴れるなら、私は死を辞さない覚悟は決めてある」

「まだ言う気…!」

 貴族娘はさらに文句を言おうとしたが、その言葉を待たずして、私はホリザリの方へと向く。

「ちょっと聞いてるの…!?」

「ホリザリよ」

「…は? なにさね?」

「お前は以前、彼女たちを支配するファントムスレイドのマスターコードを、私にコピーした事があったな、あれはどうやるんだ?」

「マスターコードのコピー…? ああ…コピーのコピーを作るって事ですか? それなら転写した手首のあたりのアストラル体にコードが組み込まれてるから、そこを意識すれば、勝手に脳内スペルコードが浮かび上がりますので、後は、魔力でそのコードを、空間スペル文字式で起こし、それを対象者に、私とした時と同じように植え付ければ出来ますよって………あんたまさか…!?」

 私がこれからやる事に気づいたのか、ホリザリは驚きの表情をするが、構わず、言われた手順でコピーコードを空間スペル文字式で起こす。

「ふう…これか…」

 発現した魔力で形成された光文字が、淡い光を放ちながらゆらゆらとしていた。

 お飾り魔皇子だったが、それなりに現代魔学は修学してたので、これくらいはなんとか出来て良かった。良しこれを…。

「フィリア殿、少しよろしいかな?」

「は…はい?」

「…! フィリアに何をする気!? フィリア近づいてはダメよ!」

「其方が想像するような事はしないから安心しなさい…フィリア殿、手を前にかざしてもらってよろしいかな?」

「手…? こんな感じで良いですか?」

「うむ」

 フィリアが手をかざした事を確認すると、ファントムスレイドの支配権であるスペルコードを、彼女の手首に、ホリザリがやったように転写させる。

「な…!」

「こ、これは…」

「…これで、ホリザリを支配してるコードはフィリアも共有して使えるようになった。これで私が死んでも、ホリザリがお前たちを支配する事は無くなるし、元の体に戻れる為の実験を続けられるだろう」

 そう私が持つホリザリを支配してるコードを、彼女たちの誰かに転写させれば、代わりにホリザリを支配する者を作れる…そうなればもう私を生かす必要は無い、大手を振って殺せると言う訳だ。

「さあ…後顧の憂いは無くなった。貴族の娘よ、その胸のうちにある、怒り、恨み、存分に晴らすが良い」

 私はそう言うと、貴族娘に真っ直ぐと向き直り、その場に正座すると、ゆっくりと目を閉じる。

 その際、手に目を当ててるホリザリの姿が最後に見えた。

「…何で…どうして…、私たちにこんな酷い事を平気でした奴が…なんなの? 一体何がしたいのよ…?」

 何故、私がこんな行動をするのか理解出来ないのか、貴族娘は戸惑いの声を上げていた。

 このまま何も言わずに死んでも構わないが、今後彼女が、何故私が死を選んだのか分からなければ、この先心に引っ掛かる物を残してしまうかも知れない。

 何故そこまで心変わりしたのか、それは自分が前世の記憶が蘇る、後天的転生を果たした劉備玄徳であったからだが、それを全てを話しては、レヴィルだった頃に犯した罪まで無かった事にしてしまう。

 例え、劉備玄徳だった頃の正義の心を忘れていたとは言え、レヴィルが積み重ねてきた悪事は、紛れもなく自分がやって来た事…その罪に対し、何か言い訳をして逃げる真似だけはしたく無い。

 だからその事は分からせないように、かつ、私が何故をここで命を断つ覚悟が出来たのか、彼女に伝える事にした。

「…我、天下万民が健やかに…安寧に暮らせる国を作る事こそ、上に立つ者の天命と気づき、その理想を叶えるべく、努力、邁進する覚悟をするも、己が重ねてきた罪、許さるべく無くしてその資格は無し…貴族の娘よ、我が罪許せないと言うなら、遠慮無く首を切り落とすが良い…」

 レヴィルの罪が許されざる無くして、正義の理想を追い求める資格は無い…その思いの丈を、自分が劉備玄徳である事に触れず、貴族の娘に伝えた。

 そう言った後、激しい歯軋りが聞こえていたが、しばらくすると自分を落ち着かせる為か、大きく息を吐くと、貴族娘はその問いに対する返答を返す。

「…貴方の覚悟は…伝わる物はあったわ。その気持ちはもしかしたら本物…なのかも知れない…けど」

 そこで言葉が途切れると、先ほど光剣を出した時にあった空気が震えるような音が聞こえる。

「例え…貴方が本当に正義に目覚めたとしても………それでも私は貴方を生かす事は…許す事は出来ない」

 貴族娘が出した返答は、例え改心してても、死を持って断罪させる、その事だった。

「当然だ」

 その事に当たり前だ、と返すと、少しの間の後、光剣を振り上げるかのような振動音が聞こえてくる。

 …いよいよか、その時に備え、再度気を入れ直す。

 しかしその時だった。

「…お、お姉様!」

 フィリア殿の声が聞こえてきた。

「お待ちください…私たちはとりあえずは生きてはいますし、それにこの体もホリザリさんが治してくれるかも知れません…心を入れ直したと言うなら…な…何も殺さなくても」

 それは私の助命を嘆願してくれる言葉だった。

 自身の体を勝手に改造した相手に、何と慈悲深く、深い懐を持つ事が出来る娘なのか、その心根、この劉備玄徳…恐れ入るばかりだ。

 だがしかし…。

「フィリア殿、お気持ちは嬉しく思うが、口出しは無用、姉上の気が済むようにさせて上げてください」

「分かりました………あ」

 気遣い無用と言うと、フィリアは即座に死ぬ事を了承していた。

 さっきまで人の命を助けようとしていた者が、あっさりそう言ってしまうのは少しおかしく見えたが、恐らく私が持つファントムスレイドの支配でそうなってしまったのだろう。

 その証拠に言った直後、彼女はうっかり言ってしまった失言を隠すかのように、口を手で隠し、そして今も何か言いたげな視線を向けてくるが喋れないでいた。

 そんな彼女に感謝の一礼をし、再び貴族の娘へとに向き直った。

「さあ、お待たせしました。貴族殿…おやりくださいませ。このりゅ………レヴィル・グロリアス・マリアル、謹んで刑を受けましょう」

「…良く言いました。その覚悟に敬意を表し、せめて苦しまないよう一撃で逝かせてあげましょう」

「…気遣い感謝いたします」

「…エゥリィラ・ハラム・ディグラード」

「?」

「貴方を断罪する者の名前よ、覚えておきなさい」

「ああ…覚えておこう」

 その言葉を最後に、今度こそ、あの恐ろしい威力を持つ光剣が振り下ろされた。

 空気を裂き、自分の首筋めがけて光剣が近づいてる事が、肌に伝わってくる。

 後少し、1秒も満たない時間で、私の首は胴を離れて死ぬだろう。

 そしてその場に響き渡る、ドンと言う大きな音。

 …だがそれは私の首が跳ね飛ばされた音では無かった。

 それは研究室の大扉が開く音だった。

 それに気を取られたのか、貴族の娘は振り下ろそうとしていた光剣を止め、私も開いた大扉の方へと視線を向ける。

 するとそこには緑の何か小さい物が見えた。

 よくよく見ると、それは人型をしており、小人くらいの大きさ、緑色の肌を持つ小人…。

「ゴブリン…の子供か?」

 それはデスメソルには割と良く見られる原住魔族、ゴブリンだった。

 何故ゴブリンがこんな所に…?

 辺境のデスメソルとは言え、この城は、魔族領土の拠点、中級以上の魔族が住んでいる場所で、上下関係が上と下で王様と奴隷くらいの差がある魔族社会において、下級より最下級、オーク、コボルト、ゴブリン、最も劣る魔族として、三劣魔族の一つに数えられてるゴブリンの彼らは自らの分をわきまえ、こんなところには普通現れない物だが、一体どうして…。

 しかしそのゴブリンは何か必死な様子で、よく見れば体に細かい傷があるのが見えた。

 あの怪我は一体…。

 その事に気を取られていると、開け放たれていた大扉から、魔兵士が大勢流れ込んできた。

 そして魔兵士たちは、あの傷だらけのゴブリンを見つけると、槍を構え、部屋の隅へと追い詰めていた。

 これは…一体何の騒ぎだ?

「エゥリィラ殿、すまんが…少し待っていただけるかな?」

「え? あ…ああ」

 ファントムスレイドの力もあっただろうが、貴族の娘エゥリィラも、突然の事で毒気が抜かれたのか、言われるまま従っていた。

 その事を確認した後、なだれ込んできた魔兵士に状況を聞く為声をかけた。

「お前たち…これは一体なんの騒ぎだ。それにそのゴブリンは…?」

 そう魔兵士に声をかけると、その中の隊長らしき者が、一礼したのち、説明の為口を開いた。

「これは…すみませんレヴィル様、このゴブリンが身の程をわきまえず領主に会わせろと言ってきたので…追い返そうとしたら勝手に侵入してきて…申し訳ありません、今すぐ駆除しますのでお許しを…おいお前ら!」

 そう隊長が指示をすると、部下らしき魔兵士はゴブリンを殺そうと槍を振り上げる。

 殺されそうになっていたゴブリンは、小さい身をさらに縮め、震えながら身を守るようにしていた。

「やめないか!」

 止める為に慌てて声を上げる。

「は、はぁ? レヴィル様…一体どうしたのですか…」

「良いから下がれ…そのゴブリンを傷つけてはならん」

「ゴ、ゴブリンを? え? 良いのですか? 三劣ですが…」

「良い…下がれ」

「は…」

 魔兵士を下がらせると、今も震えているゴブリンに声をかける。

「我が配下の者が無礼をした」

 そう言うとゴブリンはほんの少しこちらを見、恐る恐ると言った感じに口を開いた。

「あ…あんたは?」

「これは挨拶が遅れて申し訳ない。私はここデスメソルの領主レヴィル・グロリアス・マリアル、私に何か用があったのだろう」

「あ…あんたが、いえ貴方様が…りょ、領主様! どうかおらの頼みを聞いてくれ!」

「こ、こいつレヴィル様になんて口の聞き方を…!」

「…やめよ! それで私に何を頼みたいんだ?」

「は、はい! じ、実は冒険者のやつらが一杯やってきて、おらたちの村を潰そうとしてるんだ。それを領主様に助けて欲しくて…」

「そんなの…死にたくなければ村を捨てて、どこか別のところにまた作れば良いだけの話だろ…あんな木を組み合わせただけの掘立て小屋…失ったところで惜しくは無いだろ」

 魔兵士の隊長は切り捨てるように言う。

 確かにゴブリンが作る家は、我々の物に比べたら、時間や材料をかけなくても作れる質素な物だ。

 それでもゴブリンが必死に知恵を絞って作った物だ。

 私たちの方が良い物を作れると言って、そこに感じる大切に思う気持ちに変わりはないだろう。

 しかし命に代わるほど物では無い…魔兵士の言う通り、死にたくなければ逃げれば良いだけの話だ。

 一体何故、このゴブリンは自分の命を賭けてまで、その村に執着するのか?

 その事を疑問に感じ聞いてみる事にした。

「ゴブリンの子供よ、お前が村を大切にする気持ちは分かる…が、命あってこそだ。村ならまた作れば良い…今回は…」

「そんな事は分かってる!」

「え?」

「村のもんは、もうほとんど逃げ出して誰もいねえ」

「だ…だったら」

「けど、おらの母ちゃんの腹に子供がいて、それが今にも生まれそうでとても動かす事が出来ねえ! だから…だから…頼む領主様! おらの母ちゃんを救ってくれ」

 …なるほど身重の母親の為だったのか。

 動かす事が出来なければ、確かに村を守るしか無い。

 そしてなんと母親思いの子なのか。

 自分も劉備玄徳だった頃、母親をとても大切にしていたから、この子が命懸けでここに頼み来た気持ちは痛いほど理解出来た。

 だからすぐにこの子を助けようと声をかけようとしたが、そこに無粋な言葉を挟む者がいた。

「何が子供だ…それも同じ事だ! お前らの取り柄はネズミ並みに増える事だ! 死んだらまた増やせば良いだけの話だろうが!」

 死んだら増やせば良いか…。

 確かにゴブリンをデスメソルに在留させてる訳は、その繁殖力で、神領域、人間の勢力拡大を阻止する防波堤…それが魔族の認識だ。

 そうそれが魔族の常識だから、この魔兵士がそう言ってしまうのも仕方ない事だろう…だが。

「レ…レヴィル様…!? な…何を」

 気づけば自身の剣を、その魔兵士の首元に当てていた。

「お前にはお前の考えがあるのだろうから好きに考えれば良い、だが考えるだけにしておけ…聞かされるこっちは不愉快だ…!」

「な….何故、い…いえ、分かりました…」

 何か言おうとする魔兵士に、さらに強く剣を押し当て黙らせる。

 そしてその光景を、キョトンとしながら見ているゴブリンの子に、私はこう言葉をかけたのだった。

「ゴブリンの子よ、お前が母親思う気持ちは痛いほど分かった…このレヴィル、全身全霊を持ってお前の村は守ると誓おう、だから安心するが良い」

 そう言った瞬間、部屋には大きなざわめいていた。

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