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第2話 魂の奴隷たち『ファントムスレイド』

 周囲に、石と革靴の底がぶつかり合う時に生まれるカツカツカツと言う音が響き渡る。

 その音は、焦燥から早る自身の心音と重ねるように早かったが、駆け出す足は、その心音を超える勢いで走り抜こうとしていた。

 私は焦っていたのだ。

 その原因はラファルドが言っていたディアザレイド…、その言葉を聞いたからだ。

 ディアザレイド、この世界において前の世界、第四旧世界を滅ぼしたとされる、あらゆる「滅」をふり撒く、死滅にして放滅の邪神、それがディアザレイドだ。

 それは劉備玄徳の記憶が戻る前の外道だったレヴィルが、偶然発見した遺跡から、その邪神の魂を手に入れた事から関わりが始まった。

 レヴィルはその力を利用できるよう、ある魔学者にその方法を研究させ、そして恐ろしい制御方法を見つけ出してしまう。

 その方法とは魔力の高い人間の魂に、邪神の魂を融合させると言う物で、つまりは人間を触媒にする方法なのだ。

 その方法の恐ろしいところは、邪神の魂と融合させた後、適合するかどうかは被験者の運や元々の素質次第となっており、もしも適合出来なければ邪神の魂に元の魂が食い尽くされ廃人、それでも体が残ってればまだ良い方で、だいたいが邪神の力に体が耐えられず、肉体が壊れて死ぬ。また運良く適合出来ても、1年生きられれば良いと言うくらい寿命が減ってしまう…つまり邪神に魂融合された時点で遅かれ早かれ死んでしまうのだ。

 こんな非道、人間にやって言い訳が無い。

 それなのに外道だったレヴィルは、愚かにも分を超えた力を得る為に、平気でそれを支持したのだ。

 そしてその犠牲者になってしまったのは、人間の領域、神領域にある国と国の戦争で負けて、このデスメソルに逃げ延びてきた戦災難民を実験体にし…やってしまったのだ。

 たたでさえ戦争で傷つき、苦しんでいる者たちに、私は何てことを…。

 罪悪感から、実験体にしてしまった者たちの顔が鮮明に過ぎる。

 その中で、特に印象に残っていた者の顔が浮かび上がった。

 それは人間の女性。

 年の頃は10代半ばくらいだろうか、容姿は美しい金髪に碧眼に白い肌、戦争から落ち延びて来たからか、肌は少々泥汚れがついていた。

 しかし彼女の目は力強く自信に満ち溢れていた。

 それは私たちに捕まって変わらず、その目を見たレヴィルは、その娘の目に、自分に無い強さを感じてしまい、少し気圧されてしまった事を覚えている。

 彼女は、その戦災難民たちが住んでいた領主の娘で貴族だった。

 そして彼女は、貴族と領主の娘の責務として、戦争に負けて国を追われてしまった民の命と自由を守る為、このデスメソルまで来たと言っていた。

 だから彼女は言った、自分が邪神の魂と融合する実験体になる、だから民の安全と自由は保障してくれ、彼女はそう言ったのだ。

 民を預かる者として素晴らしい自己犠牲の精神…劉備玄徳の記憶が戻った今の私には、深い感銘を受ける物だ。

 …今となってだが。

 あの時外道だったレヴィルは、その言葉を聞いて思った事は、愚かにも、この女に思い知らせてやる、その事だった。

 レヴィルはその貴族の娘に気圧された事を、たかが人間如きにと…激しい屈辱を感じされられてしまったのだ。

 それがプライドの高いレヴィルに、激しい怒りとなった事は言うまでも無い。

 だからレヴィルは、その汚辱を払拭する為、女の提案を受け入れたフリをしたのだ。

 そうした理由は、貴族の娘に、一時は民が助かると安堵させ、しかし実は全員実験体にされていたと言う事実を最後の最後で知れば、希望の絶頂からより深く絶望の奈落へと蹴落とす事が出来る。

 そんな誰も救えなかった無力感と絶望を貴族の娘に与え、自分の気を晴らそうとしたのだ。

 くだらない虚栄心で何てことを…。

 だがやってしまった事は今更後悔しても仕方が無い、いまさら間に合うか分からないが、それでも、一人でも多く助けねばいけない。

 その思いが走る足を早めた。

 そしてついに実験場の扉が目に入る。

 その扉の前に立つと、勢いよく開け放ち、中へと進んだ。

 そんないきなりの訪問者に驚いたのか、中にいた研究者たちが、一斉に視線を向け固まっているのが見えた。

 しかししばらくすると、いち早く放心状態を抜けた女が、にたりと気味の悪い笑顔を向けこちらに向かって歩いてきた。

「これはこれは領主様、大怪我したと聞いてましたが、そんな勢いで来られて大丈夫ですか? ひぇひぇひぇ」

 そう言葉をかけてきた女は、年の頃は若そうだが、肌には生気は感じられず目の下にはクマ、髪はくねくねのボサボサで、女としてはどうなのかと思ってしまう容姿と言動。

 彼女は邪神の魂を融合させる方法を確立した学者であり、この研究の要となっている重要人物で、名前はホリザリ・フェン・トルエン。

 元は魔族が支配する魔征域、その帝王として君臨する魔帝ルード・グロリアス、つまり今の我が父親の元で、様々な術式やマジックアイテムの開発に成功させた有能な魔学者らしく、それがどんな経緯があったか分からないが、魔帝の機嫌を損ねて死刑になりそうになったところを、この放逐領域デスメソルに落ち延びてきたのだが、そこを外道だったレヴィルが保護と言う形で確保し、その技術力を利用する為に匿う事にしたのだった。

 劉備玄徳の記憶とレヴィルの記憶が混濁してるせいか、いまいちレヴィルだった頃の記憶がさっと引き出せない、その事からかつい最近あった事でも、いちいち記憶を探るようにしないと思い出せないでいた。

 そんな感じでいるとホリザリは、おや? と言う感じを見せると、傾いていた眼鏡をクイっと直し、こんな言葉をかけてきた。

「領主様…肩から、その滲んでますが…大丈夫さねか、それ?」

「何…? っ!」

 何をと、彼女が指差した肩の方に意識を向けた瞬間激痛が走る。

 見れば血が滲んでいた。

「ひぇひぇひぇ、そう言えばあの人間の冒険者に手酷くやられたと聞いていましたが、それがその傷ですか、魔族の再生力が追いつかないとは、これは随分派手にやられましたな」

 ホリザリは、こちらを小馬鹿にするようなしたり顔で言うと、後ろを振り向き、「おい」と声をかけていた。

 しかし返事は返ってこない。

 それに腹を立てたのか、ホリザリはさらに声を大きくして言った。

 「聞こえないのか! お前だよ、ヒトカスの奴隷!!」

 そう怒鳴るようにホリザリが言うと、一人のメイド姿をした女が、はっとした顔をして、慌ててホリザリの元へと駆け寄ってくる。

「アタシは同じ事を二度言うのと、大きな声を出すのが嫌なんだ! 呼ばれたらさっさと気づいてこっちに来ないか! グズのヒトカス風情が!!」

「す、すみません! ホリザリ様申し訳ありませんでした!」

 怒鳴られたメイド、見てるこっちが可哀想になるくらいひたすらぺこぺことホリザリに謝っていた。

「ふん…次は無いよ、それより」

「はい? な、なんでございましょうか」

「見て分からないのか? 領主様が怪我をしてるんだ」

「そ、それが何か…」

そうメイドが言うと、ホリザリは面倒くさそうに頭をかいてから、こう言葉を続けた。

「全く…頭の悪いヒトカスは、一から説明しないと理解出来ないのか…、いいか? 人間族は脆くすぐ怪我して魔族のように再生能力が無い事から、回復魔法を習得してる傾向が高いと聞く。それでお前は使えないのかって話しさね」

「…!」

「?」

 回復魔法が使えないのか、その言葉を聞いた瞬間、メイドの顔が怯えるような顔をしていた。

「す…すみません、お貴族様なら学校に通って当たり前に覚える事も出来ますが、私のような平民の中でも下の者では…そ、そんな機会もなく、も、申し訳ありま…せん」

 メイドはガタガタと震えながら消えいるような声でそう言った。

 人間が魔族に囲まれてあのような恫喝をされたら恐ろしくてしょうがないだろう。

 と言うより、一級の魔学者の癖に、お前は回復魔法使えないのかと思うところだ。

 その時だった。

 そんなやり取りをしてる二人を見ていると、メイドの左頬にアザがある事に気づいた。

 そしてそのアザでまた一つ自分がした悪事を思い出す。

 彼女…このメイドは、人間同士の争いで滅んだ国から亡命してきた難民者で、あの金髪碧眼の貴族の娘と同じく戦災奴隷だ。

邪神の魂を融合する実験の被験者の一人だったが、何故か邪神と魂の波長が反発しあうくらい悪かったらしく、それで使い物にならないと言う事で、とりあえず奴隷兼メイドとして使う事にした少女だ。

 …そして彼女にある左頬のアザは、確か…ハルビヨリ殿に悪事を邪魔された外道なレヴィルだった頃の私が、…八つ当たりで殴った物だ。

 …女を腹いせで殴るとは、私は何と言う事を…。

 過去の小人な行いでメイドを傷つけてしまった事を思い出した事で、また激しく後悔の念を感じ、罪の意識でさい悩まされる。

 しかかそんな事を感じていた時だった。

 それを遮るようにホリザリが大きな声を上げた。

「回復魔法も使えないなんて、実験にも使えないし、なんて役立たずな人間だよ、お前は!」

 隣で驚くくらいの大声を上げるホリザリ…、どこが大きな声を出すのが苦手なんだ。

「お前のような役立たず、生きてるだけでこっちが損になる。いっそ開発中の魔獣兵器の餌にでもしようかねぇ。ひぇひぇひぇ」

「…! そ、それだけはお許しを…ホリザリ様、私の知ってる限りのお手当てを、レヴィル様にさせていただきますので、ど、どうか、どうか…命ばかりは…」

 土下座して命乞いをするメイド。それでもホリザリを執拗にメイドを責めていた。

「いーやダメだね。実験体としても使えないお前なんか、やっぱり生きてる価値も無い、おいお前らこいつさっさと、私の可愛い魔獣ちゃんの生き餌にしろさね!」

 そうホリザリが声をかけると、この部屋の警備をしていた二人の魔兵士がメイド捕縛しよう歩み寄ってきた。

「ひっ…!」

 いよいよと言う事を感じ取ったのか、メイドは顔面蒼白しガタガタと震えていた。そんな様子など気にする事もなく、魔兵士は容赦なくメイドへと手を伸ばす。

 その現実から目を背けたいのか、メイドはぎゅっと目を瞑り、それに押し出されたのか大粒の涙が地面へとポタポタと落としていた。

 …見ていられない。

「…っ、やめないかっ!!!」

「…ひぇ?」

「!?」

 あまりの見るに耐えない状況に、とうとう我慢できずつい声を上げてしまう。

 唐突の怒声に周囲は静まり返る。

「りょ…領主様…? ど〜しました? と、突然…」

 ホリザリは呆気に取られながらもそう声をかけ…向かっていた魔兵士たちも訳が分からないと言った様子で顔を見合わせていた。

 …しまった迂闊だったかも知れない。以前のレヴィルならこんな非道行為は日常茶飯事にやっていた。

 それに魔族に取って人間の命や尊厳など、そこらの畜生にも劣ると言うのが常識、それなのに輪にかけて悪党だったレヴィルが、急に情けをかけて人助けをするような正義の行いをしたら、周りの連中はおかしく思うに違いない。

 もしも変に思われて、今のレヴィルが後天的転生して人間記憶、この劉備玄徳の記憶が蘇った事を知られたら、魔族がこの世で最高の存在だと驕り高ぶってる連中の事だ、私をここの領主とは認めないどころかこの身も危ういかも知れない。

 ただでさえ私は人間との半魔で、元々ここにいる奴らからの求心力は低いのだ。

 そんな私が放逐領域とは言え、このデスメソルの領主たらしめてるのは、末席とは言え、魔帝グロリアスの血を引いてるからに他ならない。

 …レヴィル自身に、他の者に認められるような特別な力は無いのだ…、いや、自分の境遇に嘆く事しか出来なかった負け犬の末路、今の現状は当然の結果か…。

 …とは言え、そんなお飾りの身分でも、このメイドを助ける手助けになるかも知れない。

しかし人間に情をかけてると悟られず、助けるにはどうすれば…、高貴な立場を使って何とか…高貴? 高貴…そうだ! 

 …これなら変に思われずメイドを助けられるかも知れない。

 ある事を思いついた私は、ごほんごほんと、誤魔化すように咳払いした後、こう言ったのだ。

「私はその女を気に入った、妾にしようと思う。だから一切の危害を与える事は、魔帝グロリアスの子である。このレヴィル・グロリアス・マリアルが許さん! …いいな?」

 私が言った事は、この人間の女に子供を産ませると言う事だった。お飾りでも皇子の私が女として気に入ったと言えば、流石に手荒に扱う事もないだろうし、それに正室ではなく妾程度に済ませておけば、人間に過度な情をかけたようには見えず、私が…人間の頃の記憶が戻っているようには見えないだろう。

「え…え…? め、妾」

 レヴィルの言葉を聞いたメイドは、一瞬惚けていたが、すぐに顔を青ざめさせ、まるでこの世の終わりのような顔をしていた。

 まあ好きでも無い男の慰み物…ましてや自分を殴った相手にそんな事を言われてはさぞ嫌であろう。

 …しかし、今この娘の安全を守るにはこう言うしか無いのだ。

「…ま、まあそう言う事だから、この娘に絶対に乱暴な真似をしてはならん! 破れば….切る! 分かったな! ほらそこの暗黒騎士! 何剣を抜こうとしてるのだ! そんな物騒な物はさっさとしまえ!」

「………」

 レヴィルがそう声をかけた魔兵士の中に一人混じっていた、暗黒騎士クラスの兵が剣を抜こうとしていたのでそう声をかけた。

 恐らくメイドを拘束する為に剣で脅そうとしていてのだろう。

 暗黒騎士はレヴィルの言葉を聞いたのち、何故かすぐには剣を納めず、少し逡巡したのちに、ようやく静かに剣を納め後ろへとゆっくり下がった。

 こいつは確か、私が連れてきた本国の正規兵では無く、金で雇われた傭兵的な暗黒騎士だったか…。

 そこそこ腕が立つらしいが、この放逐領域にやってきたと言う事は、この者も何か並々ならぬ訳あるのだろう。

 そんな事をレヴィルの記憶から思い出していた時だった。

 なるほどそう言う事か、と不意に声をかけられた。

 声の方に振り向くと、そこにはいつの間にか追いついていたラファルドの姿があった。

 ラファルド・ネグロヴィア、この者は幼少の頃からのレヴィルを知る人物だ。

 もしかしたら今一番、レヴィルが以前のレヴィルでない事に気づく恐れがある人物かも知れない。

 そう思うと自然に冷や汗が流れてしまう。

 そんな状況の中、ラファルドが何を言うか、緊張しながら耳を傾けていると、彼が続けた言葉は少し予想から外れた物だった。

「人間の娘に執着するのは、やはり自身に流れる血のせいかい?」

 血…? 私に流れる人間の血の事か…?

 しばらくラファルドが言った言葉を逡巡していたが、彼のニヤニヤする顔を見て、はっと言葉の意味を理解する。

 どうやらラファルドは、自分に流れる人間の血のせいで、私が人間の女に興味惹かれたと勘違いしたのだろう。

 もしもそう思っているなら、こちらも都合が良い。

 私は作り笑いをすると、ラファルドの言葉に乗っかるように返答した。

「…ま、まあな、女ならやはり魔族が最高だが、人間の女も捨てた物じゃ無いぞ」

「まあ、僕には獣姦の趣味は無いんでね。共感は出来ないけど、君の好みを否定はしないさ、僕は君の全てを肯定してるからね。…まあ後でゆっくり楽しむと良いさ」

 そう言うとラファルドは肩をポンポンと叩いてきた。

 魔族の感覚では、家畜と思ってる人間を、性の対象するのは特殊な性癖持ちだと思われるらしい。

 そう言えば前のレヴィルもそんな認識だったかもしれない。

「あ、ああ…そうだな、ははは」

 …変わった性癖待ちの好色家に思われるのは…いささか不本意だが、彼女の身の安全を守る為だ、仕方ない。あえてそう思われる事を受け入れよう。

 …そしてここからだ。

 私は彼女のような、虐げられる民を一人でも多く救い、今度こそ心から民が安んじられるような国を作れるよう努力する。

 これはその一歩なのだ。

 胸の内でそう決意を新たに固める。

 その時だった。不意にラファルドが思い出したかのようにこう言ってきた。

「まあそんな事より、怪我の身を押してここに来たのは、アレの開発状況を見に来たんだろ?」

「…? あれ?」

「…おいおい女に気を取られて忘れちゃったのかい? アレだよアレ、邪神の魂を融合させた実験体を見に来たんだろ?」

「…あ」

 そうだ、私はあの貴族の娘やその民たちが実験の犠牲になるのを止めに来たのだった。

 一刻も早く実験を中止させ、1人でも犠牲を減らさねば…。

「…そ、そうだ、ホリザリよ! も、もうあの貴族の娘は、…その邪神兵にしてしまったのか!?」

「ひぇひぇ…そんなに焦らずともちゃんとご領主様の指示通り、邪神兵は完成させておりますよ」

「…な!」

 遅かった。既に邪神ディアザレイドの魂を人に融合させると言う、悍ましい試みは成されてしまったらしい。

 間に合わなかった歯痒さからか、ギリリと奥歯を鳴らしてしまう。

 ホリザリはその表情を見て、思った反応と違ったからか、頭に「?」浮かべてそうな顔をして首を傾げるが、しかしすぐに何か思いついたのか、ポンと手を打ち鳴らすと、こう言葉を続けた。

「…ああ、ちゃんとあの貴族娘が喜ぶよう、サプライズは用意してありますのでご安心を」

「サプライズ…? 何だそれ…」

「おいお前たち! 邪神兵の実験体01から04をここに連れてくるんだよ!」

 何だそれは? と聞こうとする前に、ホリザリは邪神兵にしてしまったらしい実験体をここに連れてくるよう、魔兵士に指示を出していた。

 あの貴族の娘が喜ぶサプライズ…とは一体何の事だ? 外道なレヴィルだった頃の私が、そんな指示を出すようには思えないが…何だ一体…。

 ホリザリが言った言葉の意味が分からず、考え込んでいると、不意にガチャガチャと複数の金属音が聞こえ、音の方へと顔を向けると、あの貴族娘、その後ろにも若い娘が3人ほどついてきており、その全員が邪神兵になった証か、皆禍々しいフォルムの鎧を着ており、また顔、それに衣服の隙間から見える肌などに、見た事が無い呪印が刻まれていた。

 あれは滅びし第4世界で使われていたスペルコード…ロストコードと言う奴だろうか?

 見た事ない旧世界の技術に興味を惹かれ少し心を奪われてしまうが、すぐに頭を振って我に返ると、邪神の魂を融合されてしまった少女たちを見やった。

 その中には当然あの貴族の娘もおり、彼女は私の姿を見ると、キッと目を吊り上げ吐き捨てるように言った。

「…貴方は、魔族とは言え魔帝の皇子、その誇りに賭けて言った事は守ると思いましたが、私の思い違いのようでしたね…民の安全は守ってくれると言ったのに…私の友人たちにまでこんな酷い事をするなんて…貴方は…貴方は本当にしょうがない……げ…す…げす、げすげす…ゲスゲスゲスゲスゲスゲスゲスゲスゲスゲスゲス!!」

 彼女は貴族で育ちが良かったのだろう、汚い言葉遣いは慣れて無いのか、最初は辿々しくゲスと言っていたが、私に対する怒りが、貴族が当たり前に持つ礼儀を失する抵抗、その自制も失わせたのか、途中から堰を切ったように、「ゲス」と連呼罵倒してきた。

 その姿に、あの凛々しく感じてた面影はもう何処にもなく、ただ悔しさと怒りで顔を歪めながら泣き叫ぶ彼女の有様に、つい耐えられず目を背けたが、それでも彼女は叫び続ける。

「ゲスゲスゲス…このゲスやろう!!」

 息が続く限り言ったのだろうか、罵倒が終わると彼女の呼吸はかなり荒くなっていた。

 そんな彼女の様を見て、胸が罪悪感で胸を貫かれるような心苦しさを感じていたが、それとは逆に、隣にいたホリザリは、彼女のその言い分を鼻で笑い、馬鹿にするような口調でこう言った。

「馬鹿だね、なんで魔族の私たちが家畜の人間なんかの約束を守る必要があるさね。皇位の魔族が約束を聞くのは、同じく高位の立場の魔族だけ。お前ら人間は私たち魔族に取っては三劣低級魔族以下の存在、人間で言えば…そうさね。王様と豚みたいなもんだよ。王様が豚の言う事なんか聞くかね? そう言う事さ…ひゃひゃひゃ」

「私たちが…ぶ、豚…ですって…?」

「そうさ、人間の領域でも戦争に負けて逃げて来た敗北者、お前たちはもう人間でも無い、豚野郎さね!」

「…! この…!」

 我慢の限度を超えたのか、貴族の娘は高貴な立場を忘れて、ホリザリに向かって唾を吐こうとした。

 …しかし不思議な事に、貴族娘がいくら吐き出そうとしても唾は出ず、タコのような口をしたまま顔を顔を前に突き出す事しかできなかった。

 それを見たホリザリはニヤリと笑うと、説明するような口調でこう言った。

「えーこのように、既にファントムスレイド、魂の奴隷術式を組み込んでおりますので、絶対に私たちに危害を加える事は出来ません。これは意志の力で抵抗できる精神支配系の魔法とは違って、魂に組み込む事により無意識レベル、つまり体の血が巡るように、また息を吸うように、自分の意思では止められない無意識でやってしまうレベルで従わせる事が出来るので、絶対に逆らえないようになってます。ひぇひぇひぇ」

 そうホリザリが言うと、貴族娘は逆らえない事を理解したのか、諦観の面持ちでがっくりと項垂れていた。

 …意思では抵抗出来ない奴隷術式とは、見下しているとは言え、言葉を話せる者にここまで平気に出来てしまうホリザリに激しく嫌悪を感じる。

 しかしそんな心中など察する事もなく、ホリザリは説明を続けてきた。

「そしてこれがこのヒトカスどもをコントロールする術式のマスターコードです」

ホリザリはそう言うと、指先から魔力で生成したらしき、発光文字を空中に浮かび上がらせると、レヴィルの手首の辺りに腕輪のようにして巻きつかせた。

「…な、何をしている」

「ご安心を、コピーですが、マスターコードを領主様にも使えるようにしてます。これであの邪神兵は全て貴方様の思うがままに従える事が出来ますさね…ひぃひぃひぃ」

「…ま、待て! そんなのは…」

 望んで無いと言おうと思ったが、止める間もなく、そのマスターコードと呼ばれるスペル文字は手首に吸い込まれて行き、一際強い光を放った後、光もスペル文字も手首に吸い込まれるように消えていった。

 実感は無いが、そのあの娘たちを自在に操るマスターコードが、私の体の中にもこれで植え込まれてしまったらしい。

 そんな事はしたく無かった私は、眉間に皺を寄せながら、マスターコードを埋め込まれた手首をさも嫌そうに見つめてしまう。

「ご安心を、私も体内に術式を取り込んでますし、変な副作用はありませんよ」

 私が嫌そうな顔をしてるのを見て、体の変調を気にしたのかと思ったのか、ホリザリはそんな事を言ってきた。

 そして彼女はさらに狂気じみた顔をすると、こう言葉を続けたのだった。

「さあ! そしてここからが最高の実験ショーですよ? ご領主様」

「何…さ、最高の実験ショーだと…?」

 ここまで性格が捻くれているホリザリの最高のショーなど嫌な予感しかしない。

 …こ、こいつ、一体何をする気なんだ…。

 ゴクリと固唾を飲みながらホリザリに聞いた。

「しょ…ショーとは、なんだ?」

 そう聞くと、ホリザリは醜悪に口角を上げ「サプライズですよ」と答えた。

「サプライズ…?」

 そう言えばそんな事を言ってたような…、一体なんだ? ホリザリの言葉の意味を考えていたが、ホリザリは私が答えを導き出す前にその解答を見せた。

「おいお前たち、改造した残り全実験体を、この馬鹿なヒトカス元貴族女に見せてやるさ〜ねぇ」

「…え、残り…全部って………」

 ホリザリの言葉に、絶望で項垂れてた貴族の娘が顔をあげる。

 その瞬間、実験室の奥にあった大扉が大きな音を立てて開いた。

 開いた扉からは、十に満たなそうな小さな少女たちが、邪神兵に改造された貴族娘のように禍々しい装束着せられ…当然邪神の呪印も体に刻みつけられ…そこにいた。

「…そ、…んな、…こん…な子供まで」

 貴族の娘はカタカタと震え、信じられない物を見るような口調で、かすれかすれに言っていた。

 そんな貴族の娘を見て、ホリザリはより醜悪に口角を上げると、娘の耳元でつぶやくように言った。

「そうさね…戦争に負けたあんたが、この子達だけ…この子達だけは、と言う思いで命懸けでこの地に着くまで守り続けた、尊くて愛しい、そして逆にあんたを信じて慕って疑いもせずついてきた、お前が大事に大事にしてた子供たちだよ〜…くひ…くひひひ!」

「あ…あ…」

 絶望すら生温い目をしながら、声にならない声を漏らす貴族娘。

「ヒトカスとは言え、恐らくは貴族騎士の娘、そんなお前の事だ…我が身に代えても子供達を守ると心の底から、固く、かた〜く誓っていたのだろう、その誓いが全部、ぜぇーんぶ無くなっちゃたね? ダメになっちゃったね? 誰も守れなかったね? 今どんな気持ち? ねえ今どんな気持ちさね?」

 ニィー、と笑いながら言うホリザリ、すると。

「あ、あ〜、ああぁぁぁぁ〜」

「ん?」

「……あっ! あっ! あっ! あっ! あっ! あっ! あぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

 貴族の娘は壊れたかのように騒ぎ出す。

「あっはっはは! 壊れた! 壊れた! ヒトカスの娘が壊れた! 見てくださいよご領主様、あの生意気な貴族娘のこの無様な顔! この顔が見たかったんですよね? くひゃひゃひゃ!」

 ホリザリは貴族娘が抵抗出来ない事を良い事に、髪の毛を乱暴に掴み上げると、狂わんばかりの怒りと悲しみで叫び続けてる貴族娘の顔をこちらに見えるよう向けてきた。

 思わず目を背け、そして思い出した。

 外道のレヴィルだった頃、ホリザリに自分に劣等感を感じさせた貴族の娘に、最高の屈辱を味合わせる方法を考えさせてた事を。

「…っ貴様ぁぁぁっっっ!!! 子供になんて事をぉぉおおぉお!! 殺す殺す殺す殺す殺して、やる、殺してやる、殺してやる、殺してやるぅゔゔゔっっっきゃああ!!!」

 もはや体裁も何もかも忘れ、ただひたすらに怨嗟の言葉を叫び続ける彼女。

 一体なんだこれは? 何なのだこの状況は? 私はこんな醜悪な世界を今まで、平気で、生きて…きたのか?

 ここから民が安んじる国を作るだと…? この状況で…? こんな罪を重ねてきた私が…?

 無理だ…。

 吐き気がするような悪事が、かつての自分の指示で行われている、その凄惨な光景を目の当たりにし、自分がそんな正義の行いをするなどそんな資格とても無い。

 …そうだ例え私が劉備玄徳の記憶が蘇り、正義に目覚めたとしても、かつてのレヴィルが行った悪事は、罪は…消える事は無いのだ。

 そんな悪の限りを尽くしてきた私が、民を導くなど…そんな事が出来る立場なのか? そんな事あの悪事を尽くした董卓が、突然聖人になるくらいおかしい事ではないか? 非道な事をしてきた董卓が今日から民のために尽くしますで許されるか? 否、許される訳が無い。

 その事実に愕然とし、先ほどまで民の為に立ちあがろうと奮い立っていた心が、すーっと冷めてくのを感じた。

 そして眉間に皺を寄せながら、何故もっと早く劉備玄徳の記憶が蘇らなかったのか…。

 痛烈な後悔、無念。

 レヴィルが今までやってきた悪事の数々が脳裏にとめどなく溢れ出し、後悔してもし切れない罪禍が、身を焦がすほどの苦悩と自責となり責めたてて来る。

 そして思ってしまってのである。

 今更ーーー、と…。

 そんなレヴィルの心境など知らないホリザリは、さらに実験の成果を説明する為か、解説口調で語り続けていた。

「…とまあ、こんな感じに、気が狂うくらい怒らせても、私たちに一切危害を与える事が出来ない事から、ファントムスレイドでの支配力がいかに完璧か証明された訳ですが、しかし人間は度々、我々魔族と違って仲間を想い合う、心の力とでも言いましょうか? 理屈では測れないとんでもないパワーを引き出す事があり、我々驚かす事がありますが、ファントムスレイドはそんな心の力すら抑えられる事の証明に、今この怒り心頭なヒトカス娘の心をさら〜に追い詰める為、こいつの家族にきつ〜い実験をして、それでも手を出せないか観察してみたいと思います…くひひ!」

「…私の、家族…だと? ま…まさか…フィリアの事か…!?」

「そうさね、その、ま、さ、か、あんたの妹さ!」

 その言葉を聞いた貴族の娘は、瞳孔が開くのでは無いかと思うくらい大きく目を開くと、顔を横にゆっくりふり、懇願するようにホリザリ言った。

「お願いだ…頼むからやめて、妹は生まれた時から目が見えず、体も弱くて、それでも弱音一つ吐かず、前向きに頑張ってここまで生きてきたんだ…そんな妹に酷い事はしないで…頼む、いや、お…お願いします。ほ…ホリザリ…様、お願いしますぅ…!!」

よほど大切な妹なのか、貴族の娘は先程の怒りを忘れたかのように、土下座する勢いで懇願していた。

 そんな貴族娘の様子に気をよくしたのか、にっこりと微笑みながら、ホリザリは貴族の娘に語りかけていた。

「随分、素直な態度を取れようになったじゃ無いか〜、アタシはそう言う素直な豚ちゃんは大好きさね」

「…! じゃ、じゃあ…」

 貴族の娘は、ホリザリの優しい口調と言葉に希望を見出したのか、嬉しそうに顔を上げた、しかし…。

「でもダメ」

「…え?」

「そんな上辺だけ服従なんて興味無いね。ファントムスレイドが、対象者の心が引き裂かれる物を壊しても、支配出来るか〜…出来ないかの実験なんだから、それを証明するには、そこまで大切にしてるあんたの妹を、目の前でいたぶる以外ないじゃ無いか、はーい、ダメダメダメェー」

「…」

 目が点になるとはこの事か、先ほど大きくなっていた時とは打って変わって、目の中心を小さくし、絶句する貴族娘。

 その様子に、ふふんと鼻を鳴らすと、魔兵士に向かって合図を送るかのように、指をくいっとする。

 すると合図に応じた魔兵士が、先ほどの邪神兵に改造されてしまった少女の中から、1人の、目を瞑っている少女の手を引き、目の前に連れてくる。

「フィリ…ア」

 少女の姿を見た貴族娘は、かすれるような声で名を呼んでいた。

「…お姉様?」

 貴族娘の名を呼ぶ声に、少女は声の方へと耳だけを傾け、存在を確認するように声をかけると、次の瞬間、ぱぁっとした明るい笑顔を綻ばせ、こう言った。

「ああ…これは間違いなくお姉様の…良かった生きておられたのですね」

 貴族娘の妹らしいフィリアと呼ばれていた少女は、目が見えないせいか、いまいち今この場恐ろしい状況が出来てないらしく、これから自分が何か恐ろしい実験をされると言うのに、呑気に姉の存命を喜んでいた。

 しかしそれが貴族娘の中での、いつものフィリアだったのか、先ほどまで、絶望していた顔も、つられて笑顔となり、フィリアの問いに応えていた。

「ああ…ああ…私は大丈夫だ、フィリアこそ酷い事は…辛い事はされなかったか?」

「はい! 少しバチバチーって痛かったですが、病気の痛みに比べればへっちゃらです! またまた死にぞこなってしまったので、生きれるところまで生きる所存です!」

 フィリアそう、フンスと鼻息荒くしながら得意げに言っていた。

「そうか…良かった、良かったな…これからもずっと…ずっと一緒生きていこうな…」

「はい!」

 元気よく返事するフィリア、しかしこの後のフィリアの運命を理解してる貴族の娘は、顔は笑顔だったが、今にも泣き崩れそうになるほど体をわなわなとさせていた。

 それは側から見れば、口にせずとも、まるで死別を意味するかのような会話に見えた。

 ホリザリが一体なんの実験をするか分からないが、きつい実験と言っていたので、下手をすれば、いや体も弱いなら、きっと高い可能性で死んでしまうような実験なのだろう。

 きっとそれは貴族の娘も心のどこかで感じているに違いない。

 本来なら切り死にしてでも、あの貴族の娘は妹を助ける為に戦うだろう。

 しかしファントムスレイドで支配された彼女にその術は無い。

 無いから、せめてフィリアの気力が持つように、共に生きようと、前向きな言葉をかけているのだ。

 …何と哀れな、何とか救ってやりたい物だ。

 だが罪に塗れた私が今更誰かを救うなど…。

 …それに、変に止めて、私が劉備玄徳、人間よりの思考になってる事か魔族たちにバレてしまうより、どんな形にせよ領主の立場があれば、のちのちあの貴族の娘たちくらいは、ここから逃してやれる方法はいくらでも作れるかも知れない。

 それを考えれば、フィリア…あの子1人を犠牲にした方がより救える命も増えるし、そちらの方が………良いかも知れない。

 それにホリザリは死ぬ実験とは明言していなかったし、運が良ければ実験をしても生き残れるかも知れない。

 自分でも分かるくらい恐ろしく打算的に考えだ…呆れて自嘲気味に笑ってしまう。

 彼女たちを今すぐ救う力も無い。

 そもそも罪に塗れて救う資格の無い。

 そんな私にはお似合いなやり方だろう。

 そんな事を考えていた時だった。

 もしかしたら実験をしても死なない、そんな淡い希望を持つたちの考えが、あっさり瓦解する事をホリザリは言ってきたのだった。

「な〜んか、運が良ければ生き残れるみたいに思ってるけど、この実験はやれば確実に死ぬさね」

「….え?」

 そう言うホリザリを、信じられない物を見るような目で見る貴族の娘。

 それを嘲るかのように、くひくひっと笑うと、口角を醜悪吊り上げ、ホリザリは言葉を続けた。

「この実験は失敗作の邪神兵が、どこまで力を使えるかの実験なんだよ」

「し、失敗作だって…?」

「そうさね、あんたは魔力が高かったから、邪神の力に耐える事が出来る完全な邪神兵…いや、邪神騎士になれたけど、耐える事が出来ない魔力が低い奴は、邪神の力を使った瞬間、まあ大抵が体が耐えられず死んじまうのさ」

「…! なんだって!」

「でも死ぬ前に、短い時間でも邪神の力を使って戦えるなら、少しは戦力として使えるからね。まあ一回こっきりの爆弾兵士みたいなもんさ。この実験はね? 失敗作が邪神の力を解放した時、どこまで体が持つか、その時間を測る実験で、死ぬまで力を開放するから助かる事なんてないさね、ひっひっひ!」

「そ、そん…な」

 再び絶望の表情に変わる貴族の娘。、

 何と言う事か、あの貴族娘の妹にやる実験はやれば確実に死ぬ物だった。

 そうさっさと言わなかったのは、きっとホリザリは、先程言っていたファントムスレイドが、心の力でもどうしようも出来ない支配力がある事を証明する為に、より貴族の娘の心を追い詰めても、抵抗出来ないところ確認しようとしているのだろう。

 そしてそのファントムスレイドの効果は本当らしく、貴族娘は見てて痛々しいほど、自分の無力に打ちひしがれてるような嗚咽を漏らしていた。

「…何で、何で動かない、動かないのよぉ!! あぁぁぁあぁ!! 動いてよ! 動いて、動いて、動いて…うあぁああぁぁぁ!!」

 口ではそう言っても、ピクリとも動かない貴族娘の体。

 今、最愛の妹が殺されようとしてるのに、身震い一つも出来ない。

 愛する者を守る為に討ち死にする覚悟で戦う事が出来ないその無念、悔しさ。

 それに彼女は人間の国のディグラード領の貴族だったか、あそこはここ魔征域に近い人間領。

 その事からあそこは軍人、騎士の家系、そしてその彼女もまた騎士。

 騎士としての誇りを持っている彼女が、命を賭けて戦う事すら出来ないなんて、今彼女は、頭がおかしくなりそうなくらいの屈辱を感じている事だろう。

 非道な…何とかこの姉妹を助けてやりたい。

 助けてやりたい….だが、ここで今この場いる全員を撃ち倒すだけの力が無い私が、ただ心に流されるまま助けに入って良いのか?

 それは本当に正しい事なのか?

 …あの時、夷陵の戦いの時も、私は、私は…関羽、張飛、最愛の義弟たちを殺された個人的な怒り、恨みを晴らす為、軍師…孔明の言う事を聞かず、呉に戦いを挑み、多くの兵を灼熱の炎にさらしてしまい、死なせてしまった…。

 今もあの時と同じように、救う手立ても無いのに、ただただ助けたいの一心で動こうとしまっている。

 フィリア1人犠牲にすれば、確実に多く助ける好機は得られる、だがあの姉妹を見捨てる事は私の心が耐えられぬ、私は一体どうすれば…どうすれば…どうすれば良いのだ!!

 …分からない、何が正しき行動なのだ。

 答えを出せない己の無能さに、奥歯を無意識にギリリと鳴らすも、やはり答えは出ない。

 その時だった。

「あの〜私死んじゃうんですか?」

張り詰めていた空気を破るように、間の抜けた声で間の抜けた質問をする者がいた。

 それはフィリアだった。

「…そ、そうさね、お前はこの実験をやれば確実に死ぬね」

 緊張感の無いフィリアに、狂気じみた言動をしていたホリザリも、流石に気後れしたのか、言葉に動揺が感じられた。

 そんなホリザリの様子もお構い無しにフィリアは言葉を続ける。

「…では、姉上に最後のお別れの言葉を言っても?」

「…は? え? あ、いや、好きにすれば良いさね。流石のアタシもそこまで無粋じゃ無いさ」

「そうですか! ありがとうございます! では早速、お姉様!」

 フィリアはそう言うや否や、くるっと貴族娘に振り返り姉に呼びかけていた。

「フィ、フィリア?」

「とりあえず最初に、こんな目も見えない出来損ないの妹に、ずっ〜と良くしてくれてありがとうございました!」

「え、あ、はい…」

「でも死人に口無しになる前に言っておきますが、私が殺された事で復讐の鬼になるとかは、そんなお姉様見たく無いので、止めてくださいね!」

「え…?」

「お姉様はそんな事より、お姉様を信じてついてきた民…あの子達を守る事をこれからも尽力してください! それがお姉様を信じてついてきたあの子達の為、そして貴族としての責務です! 良いですね! 本当の意味で妹からの一生のお願いってやつですから、聞いてくださいね!」

 フィリアは、人差し指を突きつけて、子供を言い聞かせるように言う。

 それに貴族娘は少し間を置いたのち、呆れたように笑い、そしてこう返した。

「…全く、お前は、こんな状況でも変わらないのだな…分かったよ」

 その言葉を聞いたフィリアは、柔らかく微笑むと、意を決したのか、「お姉様、それではお先に…」と言い、ホリザリの方へと踵を返していた。

 …こらから殺されると言うのに、まるでちょっと小事を済ませるかのように臨むとは、なんと腹が据わった娘なのか、それに比べて私は何だ、正体がバレる事や、上手くいかないかも知れない事を気にしてクヨクヨと、あの子に比べて、私は何と意気地の無い男だったのだ。

 まさに目が醒める思いだった。

 …私は…私は…決めたぞ。

 どんなに後ろめたくとも、私の力が及ばぬとも、私はこの者たちを救う為、その努力はし続ける事を…!

 その時だった。

 不意に貴族娘が声を上げた事で、意識がそちらへと向く。

「…やっぱりダメ!」

「…! お姉様?」

 驚き振り返るフィリア。

 その視線の先で、貴族の娘は、懇願するようにフィリアに言った。

「…やっぱり、私には耐えられない…こんな、こんな状況でも私の心を温かく、優しい…お前を失うなんて…それを耐えろなんて…無理…」

 そう言う貴族娘の顔は、恥も外聞もなく、子供のような、クシャクシャな泣き顔になっていた。

 止めどなく溢れる涙を流しながら貴族娘はそう言った。

 それを見たフィリアは呆れるように笑うと、貴族娘にこう言葉をかけたのだった。

「…やっぱり無理でしたか、姉上は私の事が好き過ぎますものね…」

「ああ…好きだ、この世の誰よりも代え難い存在だ。それを殺したこいつらは絶対に許さない。絶対にだ!」

「…しょうがないお姉様、でも私もお姉様の事が好きなので、そこまで覚悟をしたならもうお止めはしません…ただ」

「? 何だ?」

「…もしもこの中に、力を貸してくれる方がいたら、必ず差し伸べられた手を振り払わないでください」

「…! …こんな外道共の中にそんな奴なんか居るはずないだろう」

「いえ、必ずいます! 今も助けたくて思い悩んでるはずです。これはお姉様の身を案じて言ってるのです! 信じてください、妹の最後の言葉を…!」

「…っ、だ、だがしかし…」

「信じてください。その方はとても温かい心を持っていて、お姉様が信じるに値するお方です。その時は禍根は忘れ、手を握ると約束してください! どうか…!」

「フィリア…」

 必死に訴えるフィリアの姿に、意固地になっていた貴族娘も少し考える。

 しかしフィリアは誰の事を言ってるのだ? 魔族の人間に、私のように、彼らを助けたいと思ってる人物がいると言うのか? それは一体誰なのか…。

「そんの奴はいないさね」

 考えていると、会話を割くようにホリザリがそう言ってきた。

「姉を復讐者にしたくなくて、即興の作り話が出来るのは、中々の才がありそうで…殺すのは惜しいが時間だよ。さ、真ん中にある広い台の上まで歩いて行きな」

「あの…台の上」

 フィリアが呟く前に、既に足はホリザリが指差した台の方へと歩き出していた。恐らくはファントムスレイドの力で、目が見えなくても無意識レベルでその場所へと動かされているのだろう。

「やめろ…やめてくれー!! 戻れフィリア! 戻るんだ!」

 何とか妹を助けようと、必死に叫ぶ貴族の娘。しかし無常にもホリザリは、フィリアを殺す為の命令をくだそうとしていた。

「よーし、じゃあ邪神の力を…」

「待て」

「解…ほ、……え? 何ですか、ご領主様」

 もうホリザリを止める私の声に迷いはなかった。

 例え正体がバレても、彼女たちは必ず救う。

 どんなに苦難であろうと、救いを求める者を全て救う、それでも救えなければ共に死ぬ、その覚悟あってこそ、この私が劉備玄徳たらしめるのだ。

 …だが、この悍ましい実験を止める前に、あれだけはしておかなければいけない。

 そう思った私は、問うようにホリザリに声をかけた。

「時にホリザリよ」

「はい?」

「そのファントムスレイドと言うのは、どうやったら使えるのだ? 私にも使えるか?」

「ファントム…スレイドですか?」

 しておかなければいけない事…それはあの娘たちにかけられたファントムスレイドの無効化だ。これをやっておかなければ、例えここで命を取り留めても、ホリザリのような邪悪な考えをする者に、身体の自由を奪われていたままでは、フィリアのように、これからも気分次第で命を奪われてしまう危険がある。

 それを残したままでは、私がここで命をかけて彼女たちを逃す事に成功しても、本当の意味で開放とはならない。

 だからファントムスレイドは、ここで絶対に無効化しなくてはいけない。

 その為には、まずファントムスレイドの情報を上手くホリザリから引き出さなくては…、そう思い聞いたのだったが、突然そんな事を聞いてきたのが不自然だったのか、ホリザリのこちらを見る目は、腑に落ちない時するそれだった。

 そんな目を向けられ、焦り感じるものの、それを何とか誤魔化す為に言葉を続けた。

「いや…、えっと、そのだな」

「?」

 上手い言い訳が思いつかず、言い淀んでると、ホリザリは首を傾げより不思議がる。

 不味い…一級の魔学者で頭の良いホリザリに、これ以上考える時間を与えては、何かがおかしい事に気づくかも知れない、何か良い言い訳は無いか…。

 そう思いながら必死に、その言い訳を探してると、先ほど妾にすると言ったメイドが目に入る。

 メイド…そうだ! 彼女を理由にすれば…、ある事を思いついた私は、こほんと恥ずかしそうに咳払いをすると、その言い訳を語り出した。

「うむ…あの妾にしようとしているメイドが、私を裏切らないようにファントムスレイドで支配しておこうかなと思ってな…」

「え? あ…あ〜はいはい、なるほどそう言う事さね」

 得心がいったのか、ポンと手を叩くと、理解の言葉を示すホリザリ、…メイドはまた顔面蒼白していた。本当にはしないから許せ…。

 またメイドを怖がらせてしまった事に罪悪感を感じていたが、それを他所に、ホリザリは嬉しそうに、自分の懐から淡い黒紫の光を放つリングを出し、こちらに渡してきた。

「これは…?」

「これがファントムスレイドを可能にする、魔呪錬具(マジュレング)です」

 魔呪錬具、魔法、呪術、錬金術、この世の三大魔学の技術を駆使して作られた最先端のマジックアイテムの事だ。

 しかしこのアイテム…触れる事が出来るが、どこか実体が無いような…?

 不思議そうに見てると、ホリザリはニヤリと口角を上げ、疑問に答えるように口を開く。

「実体が無いみたいで不思議でしょう?」

「あ…ああ、何だこれは?」

「これはちょっと特殊な製法で作られた魔呪連具で、対象者の魂に融化しやすくする為、素材を魂で作ってるのですよ」

「魂だって…!?」

 こいつ…これを作る為に一体どれだけの犠牲を強いたのだ。

 非道な事をやっていたホリザリに、そこ知れない怒りを感じていたが、ホリザリはそんな事まるで気づく事なく、機嫌良さそうに説明を続けていた。

「そうです。しかも魂を錬魄(れんばく)出来る悪魔の鍛治師に頼んだ特注品で、ご領主様は運が良い、これが最後の一つさね」

「最後だと? それは誠か?」

「ええ、一応あの失敗作も合した邪神兵全員に、安全面を考えてファントムスレイドは施しておきましたからね。希少な魂製の魔呪錬具ですし、流石に底をつきますさね」

 …なるほど、それで最後の一個か…、それは都合が良い。

「…で、これはどう使うんだ?」

「はい、対象者の首につければ、後は自動的に、支配する為の魂のスペルコードが出力され、そのコードはリングをはめた者に取り込まれ支配完了になります…ひっひっひ」

「そうか」

 言うや否や、そのファントムスレイドの術をかけるリングをホリザリの首にはめてやった。

「そう、そんな感じに首にハメて…って…! ななな何やってるさね! …!」

 リングをはめた瞬間、その部分がバチバチと放電現象を起こすと、それが苦しいのか、ホリザリは海老反りになって倒れていた。その時思いっきり後頭部をぶつけていたが、それよりも首の痛みが勝るのか、そんな事はお構いなしに、首にかかったリングを外そうともがくが、まるで取れる気配は無く、なおもホリザリに苦痛を与えているようだった。

 あまりの苦しさに、舌を突き出し、泡を吹きながら「グギギギギギ」と、苦悶の声を上げるホリザリ。

 そうしてるとそのうち首のリングから光のスペルコードが出てきて、それがレヴィルの方に引き寄せられると、先ほどと同じく手首に吸い込まれていった。

 そこまでの現象が起こると、ホリザリの首回りで起きていた放電現象は収まり焼印のような跡が残っていた。

 現象が収まった事でホリザリに与えていた苦痛も治ったのか、ヒューヒューと息は絶え絶えになっていたものの、苦痛でのたうち回るのもやめていた。

 …こいつこんな事を年端もいかない子にまでやってたのか…。

 怒りを通り越して呆れてしまい、侮蔑するように地面に転がってるホリザリを見つめる。

 そうしてると苦痛も完全に治ったのか、ホリザリは虚ろな目を向け疑問を問いかけてきた。

「ご…ご領主…様、一体…何故、私は…貴方の…命令通り…」

 苦痛の余韻があるのか、途切れ途切れに言葉を紡ぐホリザリ。

 こんな状況でも、何故? と疑問をぶつけられるのは、魔学者だからと言ったところか。

 そしてもうここまで来れば隠す必要も無い。

 そう思ったレヴィルは最後の仕上げをする為、ホリザリに命令するように言った。

「ホリザリよ、お前は今後、邪神兵に改造してしまったあの娘たちを無碍に扱う事を禁ずる。そして彼女たちが、せめて人並みの人生を送れるくらい命が持つよう、その研究を取り組むのだ」

 そう言った瞬間、しばしの静寂の後、周りが一斉にざわめいた。

 貴族娘は至っては目を丸くしていた。

「…な、何言ってるさね…ご、ご領主……あ、あんたが、自分の力にする為に邪神兵にしろって言ったんじゃ無いか!! あんたが…!」

 突然の暴挙に怒ったのか、口荒くして叫ぶホリザリ。

「確かにそれを頼んだのは私だ。しかし私は正義に目覚めてしまったのだ」

「………は?」

 流石に突拍子が無さすぎたか、目を点にして、間の抜けた声を上げるホリザリ。

 それでもこころが思うまま、言葉を続けた。

「私は姉上…七皇魔王姫(しちこうまおうき)に比べて無能で、最辺境であるこの放逐領域デスメソルの領主しか出来なかった無能な男だ。しかし情けなくても、私は一つの領地を任された領主、そこに住む者たちを安んじる国作りする責任がある。そんな私が己が我欲の為、そこに戦争で傷つき、救いを求めてやってきた、本来なら守らなければいけなかった彼女たちを邪神兵にしてしまうなど、そんな非道やってはいけなかったのだ…! 良いかホリザリ! 彼女たちは邪神の力以外、何かしらの理由で死ぬ事は当然あるかも知れない。だから絶対に彼女たちを死なせてはならんとは言わん…だが、彼女たちが死んだ時、邪神兵になってしまった事で、満足する死が迎えられなかったと感じさせてしまったその時は、贖罪としてお前も共に死ぬのだ」

「は、はぁ!? 満足する死だって? な、なにさね、それは! ファントムスレイド使われてそんな命令されたら、こいつらが死んだ時、そう感じたら、ほ、本当に、し、死んじゃうじゃないか! ちょ、ふざ、ふざけんな! ふざけんな! ふざけんな! な、何が正義だよ! あんただって共犯じゃ無いか!! あんたは死ぬ事も無いのに、ず、ずるいさね!」

「…安心しろ、万が一お前が死んだら、このレヴィル、自ら首を切って、共に償いのために死んでやろう」

「そ、そんなの死んだ後じゃ、アタシは分からないじゃ無いか!」

「それは……信じろとしか言えん」

「…!」

 絶句するホリザリ、しかしまだ諦めが悪く抗議を続けてきた。

「せ、正義の事はともかく、実際問題、邪神の力を手に入れなきゃ、七皇魔王姫に遠く及ばないあんたに皇位継承権は絶対にありえないさね! 魔帝になれないんだよ!? それでも良いさねか!?」

 魔帝…この巨大な魔征域(ませいいき)に存在する7つの魔王、それすらを支配する圧倒的君臨者に与えられる称号、それが魔帝だ。

 外道なレヴィルだった頃は、浅ましくも、その地位になる事に躍起になっていたが、劉備玄徳の記憶が戻った今、そんな事にはもう興味は無い。

「ホリザリよ、私はそんな、自分自身の努力で得た物では無い力を使ってまで、偉ぶりたいとは思わない。それにその力は、どんな形にしろ得た彼女たちの物だ。使う使わないは彼女たちの意思が決める事だ。私たちがどうこうする物では無い」

 そうきっぱりと言うとホリザリは、いまだわなわなしながら指をさしてきたが、言うことが尽きたのか、何か言いたそうにはしていたが、言い淀むようにしていた。

 しかししばらくすると、急に呆れたように笑い、そしてこう言ってきたのだった。

「いきなりなんでこうなったのか、意味が分からなすぎですが、しかしご領主、今更正義ヅラしたところで、今までやってきた悪事が消えると思ってるのですか? 大量殺害を繰り返してた奴が、正義に目覚めた、って言ったら、遺族は許しますか? 許しませんよね? 罪は消えませんよね? それを残したまま、正義に生きるって…」

 そこまで言うと、これ以上言わなくても分かるだろ、と言う感じに、笑ってない笑顔を向けてくる。

 ホリザリの言う通り、過去にレヴィルが行った罪は、劉備玄徳の記憶が蘇った今でも、それは消える事の無い自分の罪だ。…しかし。

「確かに私がやった罪は、今から正しい行いをしたからと言って消える物では無いだろう」

「そうさね! だからそんな事を今更やっても…」

「だからと言って、悪に流されたままで良い訳では無い」

「は?」

「生きて償う、など都合の良い事を言う気は無い。ただ私が犯した罪で被害受けた者が許してくれている限りは、私は誠実に生きてきたい」

「利己的な魔族が誠実って…じゃ、じゃあ許さない、お前を殺してやるって言う奴が出たらどうするのさ?」

「無論、その者の気が晴れるなら、私は喜んで首を差し出そう」

「…っ! ……………意味がわからない…頭おかしすぎさね…こいつ」

 ホリザリはその言葉を最後に、床にへたり込むと、信じられない物を見る目でレヴィルを見続けていた。

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