16話 かつての配下たち
突如背後から炎が噴き上がった。
いや噴き上がると言うより、そこから現れた者、それがまとっていた炎がそう見させたのかも知れない。
そうやって炎をまとった者たちが、いきなり背後から溢れ出すように現れたのだ。
さらにその炎をまとった者たちは、背格好は人のそれだったが、普通の人の形はしてなかった。
炎をまとってる時点で普通では無いが、とにかく肉が無いのだ。
それは剥き出しの骨、それが鎧や剣に盾、中には槍や弓などの武装した骸骨…炎をまとった骸骨兵士。
それがいきなり何十も、私の後ろから溢れるように現れたのだ。
…これはアンデットか?
しかし本来火属性に弱いアンデットが、炎をまとうなど、あまり見た事が無い。
古代のダンジョン、その奥深くになら、そう言う個体もいると聞いた事があるが…そんな強力なアンデッドが何故突然?
と言うより何故私の背後から?
いきなり事でとにかく理解が追いつかない。
そうこうしてると、兵士が悲鳴を上げてるのに気づいた。
私に斬りかかってきたあの兵士だ。
その兵士は炎の骸骨兵とでも言おうか、それに腕を掴まれていたのだが、そこが炎で燃え出し、焼かれる痛みから悲鳴を上げていた。
炎の骸骨兵は、そんな兵士の腕を引き上げ宙吊りにすると、痛みで悶える事などお構いなしに、ひょいと言う感じに敵の方へと放り投げていた。
突然降ってくる味方を受け止めきれず、倒れる他兵士たち。
人一人を簡単に放る膂力、単純な力はかなりありそうだ。
そんな炎の骸骨兵は、私の後ろに何かしらのゲートがあるのか、今も出続け、100は超える勢いで出て、そして一斉にこちらを向いてきた。
今度の標的は自分かと身構えるが、だがそれとは裏腹に、炎の骸骨兵たちは全てが跪き、私に向かって拱手をしてきたのだ。
その姿は主君に忠誠を誓うそれ。
そしてまた、炎の骸骨兵が出てくる前に聞いた、あの声が聞こえてきたのだ。
『劉備様…劉備…玄徳…様』
先ほど咄嗟の事で気づかなかったが、声は頭の中に直接響いてるようだった。
「…私の事を知ってるようだが、お前たち…一体何者だ…? 私は死霊術を使った覚えはないぞ?」
アンデットと言えば死霊術、しかしそんな魔法を一度も使った事は無い。
私はアンデットを使役した事など一度も無い。
なのに私に従うような態度を取るこのスケルトン…一体どう言う事なのか…。
深く考えてもその答えは出ない。
だが…彼らスケルトンを見ていたら、ある事に気付いた。
それは確かに私に繋がる共通点。
それは彼らの格好にあった。
彼らが着ている装束…鱗状の鉄板を幾重にも繋げて作った造形の鎧、その色は、鎧を含めた全てが深い鈍色で統一されている…。
私はこの鎧…見覚えがあった。
それを思い出すと、記憶に浮かぶのは巻き上がる炎。
それが一番に思い出されるのは当然の事。
その炎とは、私が夷陵の戦いで大敗した時、受けた火攻めの物なのだ。
そしてこの鎧と兜は、あの戦い時に、私が引き連れていた蜀軍が着ていた武装に似ている。
いや、似てるどころでは無い…その物だ。
炎をまとい、アンデット、そして夷陵の時の兵装…まさかこの骸骨兵士たちは…。
「お前たち…まさか、蜀軍の者…なのか?」
そう言葉を発すると、それを肯定するように、スケルトンたちは一斉に腕を掲げた。
そしてその真ん中あたりいる一人が、顔を上げると、またあの声が頭に響いてきた。
『…は、そうでございます。あの戦いで死んだ蜀軍30万、あの日以来、玄徳様のお側にずっとおりました』
「30万!?」
唐突に知らされた大軍の存在に、声を上げて驚く。
「…しかし、ここにいても100ほどだが…残りはどこに?」
『残りは玄徳様の中におります』
「私の中に…?」
『恐らくは玄徳様の魂の中、我らはずっとそこにおりましたが、先ごろ玄徳様の助け…兵士が欲しいと言う心の叫びを聞き、馳せ参じた次第でございます…残りも望めば呼び出せると思います』
「なんと…」
多くの兵士に囲まれていた窮地。
それを救ってくれる援軍が自分の中、すぐ側にあった事に自然と喜びが湧き上がった。
しかしそれと同時に心苦しさも湧き上がっていた。
「…しかし、私はあの戦いで、采配を誤り、お前たちを死なせてしまったのだぞ? …恨んではいないのか?」
彼らが夷陵の戦いの時に死んだ兵士ならば、その大敗した理由を作った私を恨んでいておかしくない。
そう思ったのだが…。
『確かにあの時戦いは無念なれど、それでも劉備玄徳様を慕い、ついてきたのは自分たちです…恨みなどございません』
彼らは恨みなど無いと言ってくれたのだ。
それでも彼らに力を借りる事に躊躇を感じずにはいられない。
しかし、今はルゥイラの身の安全を守る事の方が優先だ。
「…すまないお前たちの力を借りるぞ! …ルゥイラ、あの娘を助けるんだ!」
『はっ!』
最後にその念話が聞こえてくると、かつての蜀軍の兵士は、王国正規軍へと一斉に向き直り、盾を剣で打ち鳴らした。
唐突に現れた、炎の骸骨兵士の集団に、明らかに動揺する王国正規軍。
「ル、ルヴェルト様…! こ、この数は流石に抑えきれません! お逃げください!」
「何だと…! イファリウスの使徒は、あいつにかけられた懸賞金はどうするんだ!」
「死にたいのですか!? 早く!」
「ちっ…ならあの女を殺すと言え!」
貴族はなんと、人質にしたルゥイラの命を盾に脅そうとしてきたのだ。
そうだった、ルゥイラは奴らに人質に取られていたのだ。
彼女は今、脅しの為に指を折られそうになっていた。
突然現れた多くの蜀軍の兵士の事で、それをつい失念してしまっていたのだ。
慌てて彼女の方へと目を向けた。
たがそこにはルゥイラを抑える兵士の姿は無かった。
側にはあの赤い髪の冒険者、フレイがそこにおり、兵士たちは苦しむように地面に転がっていた。
「あんたら…女の子にやりすぎなのよ」
様子から察するに、兵士たちの暴力行為が彼女の目にも余ったのか、フレイはルゥイラが指を折られる前に助けたように見えた。
「貴様! 裏切る気か! この冒険者風情がっ!!」
「はあ? あんたの仲間になるなんて言った覚えは無いですけど? つか散々こき下ろしておいて何言ってのよ…覚えておきなさい、人生いつどこで立場が逆転するか分からないの、その時助けてもらえるかどうかは、その時積み上げた信頼次第、…今度からはどんな相手にも礼儀正しく接するようしておきなさい。…まあ次があればだけれど」
「くうう…」
「ルヴェルト様! 早く!」
「ええい! 分かったから急かすな!」
カイゼル髭の貴族は、諦めの悪い顔をしながらも、自身の不利を悟ったか、兵士に言われた通り、その場から逃げ出すようにしていた。
「前列は防御陣形で迎え撃て!」
そう王国正規軍の隊長らしき男が叫ぶと、前列の兵士が、魔法で作ったマジックシールドを構え、迫り来る骸骨兵士たちに備えた。
瞬間、衝突する骸骨兵士たち。
そこから兵士同士の押し合いが始まるかと思ったが、実際に目の前に起きた光景は、木の葉のように宙を舞う王国正規軍の姿だった。
骸骨兵士たちの方が力があったのか、抵抗する間も無く、王国正規軍の前衛は吹っ飛ばされていたのだ。
「あ…あ…あひぇーーーーーっっっ!!!」
目の前で自身の兵が吹き飛ばされ、激しく狼狽えるカイゼル髭の貴族。
その光景を垣間見て、ようやく自身の身の危険を感じたのか、なりふり構わず逃げ出し始めた。
それを見て、王国正規軍も我先にと逃げ出し始める。
骸骨兵士たちも、それを追撃しようとしていたが。
「逃げる者は追わなくて良い!」
そう叫ぶと、骸骨兵士たちはすぐに足を止め、こちらへと戻ってきた。
『玄徳様…こちらは如何いたしましょうか?』
貴族の方に集中してると、不意にまた骸骨兵士の念話が聞こえてくる。
見れば、あの4人の冒険者も骸骨兵士たちが取り囲んでいた。
「その者たちも同じだ…戦う意志が無い者に、これ以上は何もしなくて良い……これでよろしいですかな?」
そう言ってチラリとフレイの方を見た。
彼女は骸骨兵士に手のひらを向けて、何かをやろうとしていたのだ。
何をやるかは分からないが、マレーゼを一瞬で倒した相手だ…とにかくただでは済まない事をされるだろう。
「おやおや…自惚れ家のあんたが、随分相手の事を見れるようになってるじゃ無いか…そっちの方がお姉さんは好きよ?」
フレイはそう言うと、魔力を収めるように、手のひらを閉じる。
「まあ変わった理由は、この子たちを見て確信したけど…」
そう言うとフレイは、チラリと骸骨兵士たちを見たような気がした。
「…貴女が言ってる意味はわかりませんが、王国正規軍は撃退しました…約束通り見逃してくれるんですよね?」
そうフレイに約束した事を確認した。
王国正規軍よりヤバいのは、恐らくフレイで間違いないだろう。
30万のアンデッド蜀軍兵士をぶつければ、対抗出来るかも知れないが、無駄に戦う必要も無い。
「んー…、まあ約束したし、私は手を引いても良いんだけどね…」
フレイはそう歯切れ悪く言うと、チラリと冒険者たちの方を見る。
その視線に気づいた女の魔法使いが、意を決するような表情をすると、こんな事を言ってきた。
「私たちに彼女を…イファリウスの使徒を返してください!」
「イファリウス…ルゥイラを?」
「はい…私たちの祖先は彼女の一族、イファリウスの使徒に酷い迫害をしてしまいました…私たちはその過去の過ちを反省し、そして贖罪のため、イファリウスの使徒を全力で守りたいと考えています。どうか彼女をこちらに返して貰えないでしょうか?」
彼女は祈るような面持ちで、そんな事を言って来たのだ。
イファリウスの使徒を守りたい、彼女の表情からして、その言葉に嘘は無さそうだった。
もしそれが可能ならルゥイラは人間。
人間は人間の領域で暮らせた方が幸せかも知れない。
しかしそれを決めるのは、私や女魔法使いでは無い、ルゥイラだ。
「こう言ってるが、お前はどうする?」
そう問うと、ルゥイラは少し悩むようにして口を開いた。
「……貴女お話は大変ありがたいです」
「では…!」
「けど」
「え?」
「すみません、お断りさせて頂きます」
「な…! 何故ですか!? 貴女を迫害しようとする者は、ギルドが組織を上げてお守りします…貴女に危害が及ぶ事はありませんから心配しないでください」
「…貴女が嘘を言ってないのは何と無く分かります」
「だったら」
「でも無理なんです」
ルゥイラはバッサリ切るように言うと、困ってるような、もしくは自笑するような、そんな笑みを浮かべてこう言葉を続けた。
「私は…人間が…怖いんです」
「え…?」
「貴女が知っての通り私たちイファリウスの使徒は、長い間、迫害の…歴史を歩んできました。それから…隠れるように生きて来た私たちには、いつバレるか分からない恐怖…その怯えが体に染み付いてしまってるのです…今も実際…」
そんな事を話し出すルゥイラ。
今も顔から油汗を滲ませ、絞り出すように言ってる様子が、彼女が本当にそう思ってる事を伝えていた。
「だから私は、イファリウスの使徒だと知ってる人間と暮らす…その事実をだけで恐ろしくて堪らないのです…これは貴女が善人とか関係なく、人間だからそう感じてしまうのです…だから…ごめんなさい…」
「でも私は、いえ私たちは絶対に貴女を傷つけるような事はしない…信じて!」
「…先ほども言いましたが、貴女はきっと本当の事を言ってるとは…思います…けど….それは何処まで行っても…貴女だけの…話なんです」
「私…だけ?」
「人間と言うのは何処までも誰かと繋がってる物です…貴女がそうでも友人が…友人がそうでもその友人の友人から…必ず違う考えの者が出て来ます。人の世界とは…そう言う物なのです」
最後の方は仄暗い口調で言うルゥイラ。
言い方は暗かったが、そこには何を言われても考えは変わらない、そんな意思が感じられた。
確かにその人が正しい行いをしていても、その人のつながりから、何処で、ルゥイラを迫害するような人間に繋がってしまうか分からない。
それは知人では無く、顔を知ってる程度の者から、迫害する者に情報が流れるケースはある、そう考えれば人間の世界で理解者に匿われても、完全に秘匿するのは難しい。
恐らくルゥイラの一族は、過去何回も同じ経験を繰り返し、理解者であっても人間の保護は受けたくない…そう考えるようになってしまったのだろう。
「けど…私は! その…だから!」
それを理解したのか、女魔法使いも言葉を詰まらせていた。
「はいはい、何処へ行くかは彼女が決める事…嫌だと言うなら諦めましょ」
「フレイさん…」
女魔法使いを慰めるように肩を叩くフレイ。
「ところで最後に質問なんだけど、魔族は人間より欲深い生き物よ? 下手しなくても人間より酷い扱いされるかも知れないけど…貴女はそれでも良いの?」
「は、はい! と言うかレヴィル様はそんな事はもうしません!」
「何故そう思える? もうって事は…その頬のアザとか、そいつにやられたんじゃ無いの?」
「こ、これは…」
ハッとしてアザを隠すように手を添えるルゥイラ。
「…そうなのね」
「暴力を受けたの!? …やっぱり魔族の元になんかおいてはおけない。私たちと一緒に来て…ルゥイラ! 私たちは貴女を救いたいの! お願い聞いて!」
「落ち着きない」
「ふぎゃ…!」
フレイは、いきり立つ女魔法使いの鼻を、軽く指で弾くようにして黙らせていた。
「そんな目に遭わされても、貴女はその男の元が良いよね? それは一体何故?」
「何故…と言われても分かりませんが…強いて言えば、レヴィル様には、何か信じられるような暖かさを感じるようになったからでしょうか?」
「暖かさ?」
「はい…最初会った時はとても怖いお方でしたが、いつの頃からとても暖かい物を感じるようになり、それがお側にいると、とても心地よく感じて…何かそれでとにかく信じられるのです…」
ルゥイラは、うっとりしたような夢心地の表情でそう言っていた。
何故そこまで信じてくれるのか分からないが、ルゥイラのこちらを称賛する言葉に、気恥ずかしさを感じ、無意識に頬を掻いていた。
「はあ? そんなの何も根拠は無いじゃない! 何で魔族をそれで信じて、同じ人間は信じてくれないの!?」
「同じ人間だからでしょ…聞いてる限りじゃDV夫に離れられない女そのものもだけど…まあ、どちらにせよ、今はいくら話しても無駄そうね…ここは日を改めましょう」
「けど…」
「言う事聞くのー、それにあの魔族だったら彼女を傷つける事はもう無い…多分ね」
フレイはそう言うと、また骸骨兵士たちの事を、横目で見たような気がした。
「まあ…と言う事だから安心して、今日は諦めなさい」
「………フレイさんがそう言うなら、…はい」
心底納得のいって無さそうだったが、女魔法使いは、フレイには頭が上がらないのか、最後には、絞り出すような声で了承していた。
「良し、じゃ決まり…行こっか君たち」
フレイはそう話を締めると、この場から去ろうとする。
フレイは明らかに格上な存在、私としてもこれ以上関わるのは避けたいところ。
大人しく去ると言うなら、そのまま何も言わず行かせる方が良いだろう。
だがその時の私は、彼女に対してある事が気になっていたのだ。
その事が、リスクだと感じつつも、彼女に声をかける事に後押ししてしまった。
「…フレイ殿!」
そう声をかけると、フレイは背中を向けたまま立ち止まった。
「………何か?」
その瞬間、彼女の圧が高まったような気がして、無意識に固唾を飲んでしまう。
それでも彼女に感じた疑問を解くべく、声を絞り出した。
「…勘違いならすまないが…もしかして貴女は、あね…」
言いかけたところで言葉は止まった。
いや止められた。
いつの間にかフレイは、こちらを見ていたのだが、その目が、こちらの息を呑むくらい見開いてた事に、気圧されてしまったのだ。
そしてそのフレイの目に気づいた時だった。
一瞬で自分の周りの景色が、突如、灰色で塗りつぶされていく現象が襲ったのだった。




