15話 炎の兵士
銀色の髪と赤い瞳の女が、魔封じの紐でぐるぐる巻きにされ、跪くように地面に崩れていた。
その上を、支配するように腰掛ける、赤毛の女冒険者、フレイによってその有様にされてしまったのだ。
椅子にされてしまった、銀髪の女の名はマレーゼ。
ラファルドの配下で、主に間者の仕事をこなしてる彼女の実力は、通常兵士の1000人分、戦略兵魔級の力を持っている。
そんな彼女をあっさりと下してしまったフレイは、一介の冒険者が持つ力にしては余りある。
まさか異世界勇者だろうか?
しかしマレーゼを倒した瞬間に放ったフレイの言った言葉。
魔王から逃げられない。
それにあの赤い髪。
その事から、彼女の正体について、もう一つの可能性が頭に思い浮かんでいた。
だがそれを深く考える前に、そのフレイが声をかけてきた事で、意識がそちらに向いてしまう。
「さあ、その女の子…イファリウスの使徒だっけ? 助けたければ、貴方一人の力で、あの兵士たちを全員ぶっ倒さないといけなくなったわね? どうする?」
フレイはそうからかうように言うと、また瓢箪の酒をグビグビ飲み、気持ちよさそうに息を吐く。
そしてこんな言葉をかけてきたのだ。
「もし…彼女を手放すなら、命だけは助けても良いわよ?」
「何だと…?」
命を助ける、突然そんな事を言われ、その怪しさから、つい訝しむような声をあげてしまう。
「いきなりそんな事を言われて信用出来ないのも分かるけど…貴方はどの道、あの兵士たちに殺されるわよ?」
そう言って迫り来る王国正規軍を指さす。
「死にたくはないでしょ? だから大サービス、一言、彼女を手放す、そう言えばこの私が助けてあげるわ…どう?」
フレイは何を思ったか、ルゥイラを引き渡すと言えば、命を助けると言ってきたのだ。
前の外道なレヴィルなら、躊躇なく頭を縦に振っていただろうが…今の私は劉備玄徳の記憶が蘇ったレヴィルだ。
なら返す言葉は決まっている。
「逆に聞くが…私一人であの兵士たちを倒した時はどうする?」
「は? そんな事、弱いあんたには無理だから、助けてやろうって…」
「悪いが、ルゥイラは私の元で暮らしたいと言ってきた民だ。それを自分の命惜しさに見捨てるような、そんな不義を働く訳にはいかん…例え力及ばずとも、私は彼女の為に最後まで戦おう」
「レヴィル様…」
その言葉を聞いたルゥイラは、嬉しそうに笑みを浮かべる。
「なんやねんこいつ、知らないうちに性格変わり過ぎでしょ…あ〜もう分かったわ! あの兵士全員倒す事が出来たら特別に見逃しましょう! それで良いでしょ」
「その言葉しかと聞いたぞ!」
フレイの言葉にそう返すと、兵士たちの前へと跳躍し、地面に降り立つと同時に二刀を構える。
それに兵士たちは、少し怯むようにしたものの、すぐに次々と斬りかかってきた。
途端に始まる銀線の嵐。
しかし一人一人の兵士の剣技はそこそこ。
猛将呂布と切り結んだ時の事を考えれば、捌ききれない物では無かった。
次々来る剣撃をかわし、かわしきれなければ剣で受け止め、弾き、怯んだ隙に蹴り、殴り、そして斬る。
斬られた兵士の断末魔が響き渡る。
命を刈り取る為に最大限力を込めた剣撃。
一人を仕留める事はできたが、次の動きを鈍らした。
一人一人の剣術は並みだが、それでも王国正規軍。
その隙を逃さず、背後から袈裟を入れてくる。
流石にそれをかわすほどの腕前は無く、切り裂かれる背中。
しかし切り裂かれても血が噴き出る事も、痛みを感じる事は無かった。
今も尚辺りを照らす回復光、それがあっという間に怪我を治してくれたからだ。
しかもこの回復光は私しか治さない。
味方だけを認識して回復するフィールドなのだ。
それを可能にしてるのは、癒しの女神イファリウスの加護を持つルゥイラのおかげだった。
彼女は祈るような手を組み、回復させる空間の維持に務めていた。
イファリウスの使徒が最盛期だった時代、その使徒がいた国ミリヴァームでは、この仲間だけを回復するフィールドを使って、不死身の騎士団を作り上げていたそうだが、今その不死身の騎士団に自分がなってる、そんな気分になる。
これなら多少の兵数差でも、死ぬ事は無いんだ…これなら勝てるかも知れない。
…そう確信した時だった。
「たった一人に何をやってるんだ! 数はこちらの方が上なんだぞ! 数で押し込まんか!」
カイゼル髭の貴族がそう叫んだのだ。
そう指示が飛んだ瞬間、兵士たちはこちらを包囲するように取り囲んできた。
さらに腕にはめてるリングから、魔法で作り上げたマジックシールドが展開される。
魔法光で形成された盾、そして魔法剣を向け、兵士たちはジリジリと間合いを詰めてきた。
確かに死なないとは言ってもこちらは一人、大人数で一気に囲まれ、押さえ込まれたらどうしようも無い。
ここは詰められる前に、この囲いを突破するしか無い。
そう判断した瞬間、迫る兵の一点に向かって走り出す。
当然、迎撃するように剣とマジックシールドを構える兵士。
それにわざと先に攻撃させるように身を乗り出していく。
誘われた兵士は突くように剣を振るった。
その攻撃は脇腹を貫き、肉を焦がす。
再び襲う激しい苦痛、だが攻撃に転じた瞬間が最大の隙。
勢いのまま兵士にぶつかり、兵士の態勢を崩してやった。
そしてそのままよろめく兵士を斬りながらすり抜け、囲いを突破すると、さらに近場の斬りかかる。
既にこちらに意識が向いていた兵士は、当然反撃してきたが、どうせ回復するんだ。
敵の斬撃を受けても、構わず斬り込んだ。
今は一分一秒でも早く敵を減らす事が優先だ。
このいくら攻撃されても回復出来る状態が続くうちに、出来るだけ数を減らすんだ。
数さえ減れば、自分一人でも何とかなる。
そう思っての捨て身の攻撃だったが、敵も愚かでは無い。
「回復役を先に押さえろ! このままではこちらがやられる一方だ!」
兵士の一人がそう叫んだのだ。
すると何人から列から離れ、ルゥイラの元へと向かっていってしまう。
突然迫ってくる兵士の姿に、ルゥイラは恐怖で顔を歪めいた。
すぐに助けに行こうと、ルゥイラの元へと向かおうとするが、それをさせまいと盾を構え、徹底的な防御態勢で迎え撃とうとする兵士たち。
それに斬られる事覚悟で、ぶつかるように斬り込んでいく。
しかし完全に防御に徹した兵士には、捨て身で攻撃しても、命を刈り取る攻撃を入れる事難しかった。
何度も撃ち込む剣は、魔法光で作られたマジックシールドで、尽く防がれてしまう。
そしてそうこうしてる内に…。
「きゃあ!」
ルゥイラの叫び声が聞こえ、回復光のフィールドが消えてしまう。
見ればルゥイラが兵士たちに、手首掴まれ拘束されそうになっていた。
「ルゥイラ!」
それに気を取られた一瞬だった。
肩から腹にかけてまで裂ける感触が走る。
その隙をついた兵士の袈裟斬りを、まともに受けてしまったのだ。
「ガハッ!」
瞬間、激しい吐血。
「レヴィル様…!」
ルゥイラは目を閉じ、再び回復フィールドを展開する。
瞬く間に傷は治ったが…しかし。
「こいつ、やめろ!」
「ああ…!」
ルゥイラを拘束していた兵士が、髪を掴み上げ、回復魔法をやめさせようとしたのだ。
「や、やめろ!」
「やめて欲しいなら、武器を捨てて、大人しく殺されろ!」
ルゥイラが乱暴に扱われ動揺した私に、貴族はそんな事を言ってきたのだ。
「もしこのまま抵抗を続けると言うなら、おいお前ら! 顔と腹意外、死なない程度なら痛ぶって良いぞ!」
何とルゥイラを傷つけるような事を言う貴族。
「待て! 分かった、武器は捨てる…ルゥイラには手を出すな…」
ルゥイラに危害を及ぼす訳にもいかず、言われた通り、剣を地面へと放り投げた。
辺りに響く投げ捨てられた剣の金属音。
それを見て、笑いながら躙り寄る兵士たち。
それに自然と後ずさってしまうが。
「下がるな…! 下がったら…」
後ろから聞こえる貴族の声、視線はルゥイラを見ていた。
それは少しでも意に反する事をしたら、ルゥイラを傷つけると言う意思表示。
そう理解した私は、そこで踏み止まるしか選択肢は無かった。
そうして足を止めた瞬間、兵士の袈裟が体を裂いた。
もうまな板の魚と思ったか、その兵士の一撃は浅く、こちらを痛ぶるだけの一撃。
しかしその瞬間、再びあの回復光が辺りを包む。
ルゥイラが兵士に乱暴されても、回復魔法を使って助けてくれたのだ。
だがそんな事を、あの貴族が許す訳もなく。
「おい! 回復魔法を使わせるのをやめさせろ! やめないなら指の2、3本折っても構わんぞ!」
そう暴挙に出る貴族。
「ま、待て! ルゥイラ! こっちの事は気にするな! 回復魔法を止めるんだ!」
ルゥイラに傷ついて欲しく無く、咄嗟にそう叫ぶ。
しかしルゥイラはニコリと笑うと。
「レヴィル様をお救い出来るなら、私はどんなに傷ついても構いません!」
そう言って彼女は回復魔法をやめなかったのだ。
その姿を見て思った事は、何故そこまで? その事だった。
例え最近良くしていたとは言え、過去の外道だったレヴィルの時は、腹いせに殴ったり、酷い扱いをしてきた男だったのに、何故身をていしてまで救おうとするのか?
その疑問の、答えとなる理由は思い浮かばない。
しかしそんな事を悩む暇も与えず。
「ちっ…おい! 指を折れ! 痛みできっと回復魔法など使えなくなるだろう」
貴族は容赦なく、彼女を傷つけるよう命令を飛ばした。
それを受け、指を折ろうと彼女の指を掴み、逆の方に曲げようとする兵士、
その瞬間、痛みに耐えるよう歯を食いしばるルゥイラ。
その痛々しい姿を救いたくて、無意識に彼女に向かって手を伸ばしていた。
だがその手は届く事は無く、この手に触れようとしていたのは、伸び切った腕を斬ろうとする兵士の剣だった。
ゆっくりとした時間の中、私の腕を落とす為近づいてくる銀線。
だが腕が落とされる事などどうでも良い。
そんな事より体を張って、私を助けようとした彼女を守りたかった。
そして思う。
後少し、兵が…この私にも兵がいれば、彼女を危険に晒さず、この窮地を脱する事が出来たかも知れないのに…。
しかしこの場で私に従う兵士など当然無く、いくら夢想しようとも、現実は変わらない。
そんな事を考えてる内に、ついに剣が腕に振り下ろされる。
刃が食い込み、肉を裂き、腕が寸断される感触。
腕は飛ばされてしまった。
…そう思った。
だが違ったのだ。
剣は腕に当たる前に止まっていた…いや掴まれていた。
いつの間にか剣を掴む腕がそこにあったのだ。
しかもそれは普通の腕では無かった。
メラメラとゆらめく炎をまとった腕だったのだ。
そしてそれを認識した瞬間だった。
自身の背後から突然の熱風を感じたかと思ったら、瞬間、炎が噴き出した。
そしてさらに驚く事に、その中から、炎に包まれた鎧の兵士が、すごい勢いで何人も飛び出してくる。
そして現れた炎の兵士たちは口々にこう言っていたのだ
「劉備様…」
突如現れた炎の兵は、前世の私の名前を呼んでいたのだった。




